中国発のソーシャルメディア「小紅書(RED)」が台湾で突然アクセス不能となった。美容・旅行などの情報発信で若い世代に人気があり、台湾の利用者は約300万人に上る。この小紅書(RED) が12月4日午後、台湾のサーバー経由でアクセスすると「内政部警政署刑事警察局により封鎖された」との画面が表示され、ネット上では批判の声が一気に広がった。
封鎖発表の数時間前、刑事警察局は記者会見を開き、行政院(台湾の内閣)打詐欺指揮センターの指揮官を兼務する内政部政務次長の馬士元氏が中央に立って、小紅書(RED) の封鎖を正式に宣言した。
馬士元氏は「小紅書(RED) では詐欺、わいせつ、児童保護に関わる問題が多発しているにもかかわらず、台湾側の改善要求に応じず、台湾法の管轄を回避している」と指摘。さらに台湾の「デジタル主権」を侵害する、高リスクかつ不透明なプラットフォームだとして、台湾網路資訊中心(TWNIC)に対し接続制限とドメイン解析停止を命じたと説明した。
しかし、野党・国民党の立法院(国会)党団は5日朝に記者会見を開き、与党民進党政権を「緑色(民進党 )の万里の長城」だと批判。「デジタル戒厳」とまで表現し、詐欺対策を口実にした政治的弾圧だと非難した。小紅書(RED) は一体何が「禁忌」に触れたのか。民進党政権はなぜ「非常手段」とも言える封鎖に踏み切ったのか。
行政院打詐中心指揮官を務める馬士元内政部政務次長(中央)が4日午後、中国発SNS「小紅書(RED)」を封鎖すると発表した。(写真/刑事局提供)
捜査件数から「優先リスク」を抽出 最初の標的はFacebookだった 馬士元氏は、行政院・内政部・警察機関が以前から小紅書(RED) を注視していたと説明するが、具体的にいつ、どのように問題視され始めたのか。 警察関係者は『 風傳媒』の取材に対し、Facebook、LINE、TikTok、小紅書(RED) といった主要プラットフォームについて、警察は「同時に監視を開始していた」と説明した。ただし、限られた人員と資源の中で、詐欺発生件数や通報件数の多い順に対応を進めるため、優先度は自然と決まっていったという。
「正直に言えば、海外の巨大プラットフォームに対応するのは並大抵ではない」と担当者は明かす。そのため、警察はまず詐欺被害が最も多いFacebookを対象にし、次にGoogle、LINE、TikTokへと範囲を広げ、既に数回にわたり各プラットフォームと「是正措置」を求める枠組みを構築してきた。一方、小紅書(RED) に関しては通報件数が徐々に増え、「次は小紅書(RED) に着手すべきだ」と判断が固まっていたという。
行政院政務委員の林明昕氏が毎月主宰する省庁横断の「打詐協調会議」でも、小紅書(RED) への不満が繰り返し表明されてきたという。そのため台湾当局は10月14日、海基会(台湾の対中窓口機関)を通じて、小紅書(RED) の運営会社・上海の行吟科技に正式文書を送付した。
行吟科技が公文書を受領したのは10月25日。しかし、その後約50日間、小紅書(RED) 側からは電話連絡もメール返信も一切なかった。警察関係者は「政府はすぐ罰則を科すわけではない。まずは連絡窓口を確立し、改善協議を進めるのが普通だ。カスタマーサービスでも、業界団体でも、とにかく『話ができる相手』が必要だ」と話す。 しかし小紅書(RED) への連絡は「完全に不通」。「ここまで完全に返事がないケースは初めてで、正直驚いた」と警察側は語った。
行政院、内政部、警察当局は、小紅書(RED) の動向をすでに一定期間にわたり注視してきた。(写真/洪煜勛撮影)
Facebook・LINEは幹部が来台して協議 小紅書(RED) だけが「完全無反応」 小紅書(RED) が台湾側の連絡に一切応じなかったのとは対照的に、警察関係者によればFacebookは、詐欺対策の改善要求に対し「数分から数時間以内」、遅くとも24時間以内に返答する体制を整えている。Google、LINE、TikTokも48時間以内に返信しており、対応速度は明らかに異なるという。
担当者は「台湾市場規模は大きくないため、国際プラットフォームの中には当初『対応がそっけない』企業もあった」と明かす。しかし台湾側が根気強く働きかけ、在外公館ルートで本社に直接連絡するなどして協議を重ねた結果、最終的には各社が法律代理人を設置し、窓口を明確化したという。「こちらから連絡すれば必ず反応してくれる。それが最低限の姿勢だ」と担当者は述べた。
一般には知られていないが、Facebookも2025年初めに台湾から封鎖される一歩手前まで行った。馬士元氏は5月中旬、LINEとFacebookを名指しし「社会的責任として、政府の詐欺対策に協力すべきだ」と公に警告。Facebook幹部にも来台を要請したと語っていた。当時、Facebook内の取引機能「Marketplace」では詐欺被害が急増し、改善が進まなかったため、警察は封鎖を検討。しかしFacebookとMarketplaceのIPが共通であるため、封鎖すると台湾全体でFacebookが利用できなくなる。その事態を避けようと、Facebook本社が急ぎ説明を行い、幹部が来台して協議したという。一方、LINEも韓国・日本の幹部が12月3日に台湾を訪れ、行政院打詐中心で馬士元氏らと直接面談している。 TikTokは中国企業とみなされるが、小紅書(RED) とは全く異なる反応を示した。法定代理人の設置手続きが難航しているものの、デジタル省関係者によれば、TikTokは「詐欺防止計画書を提出し、詐欺広告の削除にも応じるなど協力的」だという。台湾からメールを送れば、シンガポール本社の幹部が即座に対応し、3〜4時間のフライトを乗り継いで来台することもあったという。
LINEが名指しで問題視された後、日韓の幹部が12月3日に来台し、行政院打詐中心で馬士元氏らと面会した。(写真/Freepik)
「賴17条」発表後に小紅書(RED) が封鎖 政治的動機を否定する政府 国民党は、党主席の鄭麗文氏や台北市長の蔣萬安氏、さらに立法院党団や地方議員まで一斉に批判し、「これは『兩岸一家親』(中国寄り姿勢への皮肉)だ」「緑色の万里の長城(民進党によるネット統制)だ」「ネット戒厳だ」と揶揄した。
これに対し、内政部長の劉世芳氏は「政治的な理由は一切ない」と繰り返し否定。総統府と行政院も「内政部の判断を支持する」と表明し、警政署と刑事局も「小紅書(RED) の封鎖は詐欺と偽情報への対応であり、認知作戦とは関係ない」と説明している。
興味深いのは、総統の賴清德氏が3月13日に「賴17条」(中国の認知戦対策を盛り込んだ指針)を発表した後、内政部が中国交流の申告プラットフォームを開始し、中国出身配偶者関連の案件に次々と着手していた点だ。賴17条には「中国がネット・アプリ・AIを通じて台湾に認知作戦を仕掛けることを防ぐため、主管機関は積極的措置を取る」と明記されており、その直後に行政院打詐中心と内政部が小紅書(RED) 封鎖に踏み切った。
内政部長の劉世芳氏(写真)は、小紅書(RED) 封鎖について「党派的な理由は一切ない」と強調している。(写真/顏麟宇撮影)
民進党政権は以前から中国系アプリを警戒 愛奇藝からTikTokまで 実際、民進党政権は蔡英文氏の任期中から中国系アプリへの規制強化を進めてきた。 2020年9月には、中国の動画配信「愛奇藝(iQIYI)」の代理・販売を禁じる「愛奇藝条項」が施行。当時、愛奇藝は台湾で300万人の利用者を抱える人気サービスだったが、NCC(国家通訊伝播委員会)は「中国が台湾のOTTを認めていない以上、台湾も中国資本のOTTを認めない」と説明した。
さらに2019年4月、行政院は公部門に対し「国家の資安を脅かすアプリの使用禁止」を通達。2022年12月には数発部が設立からわずか4カ月で、公的機関の端末と敷地内でのTikTok・小紅書(RED) の使用禁止を発表した。
その後、民進党の林岱樺氏は2024年12月、「反滲透法」に「TikTok条項」を追加する法案を提出。データの台湾国内保管や資本の透明化に応じなければ台湾市場からの撤退を求める内容だった。
蔡英文氏の政権下で、中国の動画配信サービスを禁じる「愛奇藝条項」が導入された。(写真/郭晉瑋撮影)
言論の自由と国家安全のジレンマ 禁じることも使うこともできない民進党 特徴的なのは、民進党内にはTikTokや小紅書(RED) など中国系アプリを全面禁止すべきだという声が以前からあったにもかかわらず、デジタル省の唐鳳前部長や行政院の羅秉成前政務委員は、民間への禁止拡大について「議論と合意形成が必要」と慎重姿勢を示していた点だ。
当時の行政院秘書長・李孟諺氏も、国会答弁で「言論の自由に関わる問題であり、守らなければならない」と述べている。
実際、民進党にとってTikTokは「使うにも使えず、禁じることもできない」存在だった。党としてTikTok公式アカウントを開設していない一方で、「若年層にリーチするには新媒体を活用すべきだ」との意見も根強く、許立明前秘書長は退任前に「禁じることもできず、使うこともできない」と本音を漏らしている。
2025年8月、監察院はTikTokが台湾の児童・青少年の心身に悪影響を及ぼし、国家安全にも深刻な脅威となっていると指摘した調査報告を公表。行政部門の対応が「消極的で不十分」だとして、早急な見直しを求めた。
一方、インドは2020年の段階でTikTokや微信など59の中国アプリを禁止。米国でもトランプ氏が2020年にTikTok禁止命令に署名し、2024年には「売却か禁止か」の法案を議会が可決。2025年に大統領へ復帰したトランプ氏は、10月の「米中首脳会談」前に「中国側が売却に同意した」と述べ、数カ月以内に進展すると見通しを示していた。
しかし、今回の賴清德政権による小紅書(RED) 封鎖は、こうした米印の国家安全保障懸念とは異なり、「詐欺対策」を理由とした点が特徴的だ。小紅書(RED) は、米国でTikTok封鎖が議論になった際、多くのユーザーが乗り換えたアプリでもある。
米国・トランプ氏は大統領1期目の2020年9月、TikTokとWeChatの利用を一時的に禁じる大統領令に署名した。(写真/AP通信)
習近平氏側近の指名で小紅書(RED) に警戒感 賴清德政権で危機意識が高まる 賴政権が本格的に警戒を強めたのは、詐欺対策だけが理由ではない。2025年5月、習近平氏の「国師」とも呼ばれた上海復旦大学の張維為院長が、武漢大学での講演で台湾問題に言及。「台湾問題を解決する好機が熟しつつある」とした上で、小紅書(RED) を含む中国の短動画プラットフォームが台湾の若者に浸透し「台湾統一後の『統治』は香港より容易になる」と語った。
さらに、国安局は7月2日に中国系5アプリ(小紅書(RED) 、微博(ウェイボー)、抖音(TikTok)、微信(Wechat)、百度クラウド)の検証結果を公表。数発部が定める15項目の資安基準で、小紅書(RED) は「全項目不合格」と判定された。
翌日の記者会見では、内政部長・劉世芳氏が登壇し、内政部職員の端末に小紅書(RED) 等が入っていれば削除し、端末を「初期化」して完全に消去するよう指示した。
その5カ月後、12月3日に数発部が再び会見を開き、小紅書(RED) など5アプリに「6大リスク」があると再度警告。そして翌4日、刑事局での記者会見で馬士元氏が「小紅書は政府の詐欺対策に協力しなかった」として封鎖を正式に発表した。
馬士元氏が記者会見で提示した資料には、国安局が7月に指摘した「15項目の違反内容」が明記されていた。
行政院打詐中心指揮官を務める内政部政務次長の馬士元氏(左)が記者会見で、小紅書(RED) の15項目に及ぶ違反内容を公表した。(写真/鍾秉哲撮影)
小紅書(RED) のユーザー層は若い世代が中心 民進党支持者も 賴政権による封鎖には、民進党支持層からも戸惑いが出た。 党内関係者は「封鎖前に利用者層の分析をしたのか疑問だ。若者が強く反発する可能性がある」と語る。小紅書(RED) のユーザーは若年層に偏るだけでなく、「青鳥」(民主派支持者)や「1450」(民進党系ネット支持層)と自称する人も多い。
多くの利用者は美容・ネイル・旅行などの情報収集に使っており、「詐欺対策の趣旨は理解できるが、生活に影響が出てしまう」「規制は比例原則を超えているのでは」との不満も『風傳媒』の取材に寄せられた。
時代力量(第三政党)は12月6日に声明を発表。行政院打詐中心が「詐欺犯罪危害防制条例」第42条を根拠に封鎖したことについて、この条文は本来「悪意あるドメイン名」や「詐欺サイト」を対象としており、大規模なSNSプラットフォームに適用するのは比例原則に反すると指摘。
政府に対し、デジタルサービス規制を整理する「デジタルサービス法 」の改正を急ぐべきだと求めた。
小紅書(RED) の利用者は若年層が中心で、民進党支持の若者からも封鎖に対する不満の声が上がっている。(写真/AP通信)
封鎖の余波、今後は次の標的も? 政府内では複数省庁が警戒 小紅書(RED) 封鎖が政治的な波紋を広げる中、ある警察関係者は「今回動いたのは我々だが、次は別の省庁が小紅書(RED) に対処する可能性がある」と語る。 実際、張維為氏が「小紅書(RED) は台湾統治を容易にする」と発言した直後、陸委会も警戒を強めた。邱垂正主委は「法制度面で規制が必要な重要局面に来ている」と述べていた。 政府は「どの国のアプリを狙い撃ちしたわけではない」と一貫して説明しているが、民進党の王義川立委は「次はTikTokだ」と投稿しており、緊張感は高まっている。
小紅書(RED) が触れた「禁じ手」は、単なる詐欺対策への不協力にとどまらない。統一戦線への懸念、個人情報リスク、政府間の調整不全が重なり、最終的に警察当局が先陣を切った形だ。 賴政権は「言論の自由」と「国家安全保障」の間でいまだ十分なバランスを確立できていない。そして、民進党の沈伯洋氏が言うように「本当の難局はこれからだ」という見方も根強い。