世界各地でデータセンター建設が加速する中、多くの国では電力確保が最大の課題となっている。しかし日本では、より根本的なボトルネックが「建物そのもの」だと指摘されている。『日経アジア』 は3日付で、労働力不足や旧来の建設プロセス、そしてコスト上昇が重なり、世界のクラウド大手や中国系テック企業が日本での拠点確保を求めても、建設できる枠が確保できない状況が続いていると報じた。こうした逼迫は、日本のAI競争力を押し下げかねないという。
アイルランド系コンサルティング会社 Linesight の日本統括責任者である湯家武彥氏は、今年8月に東京オフィスへ移転したばかりだ。湯家氏のもとには、米国の大手クラウド事業者、シンガポールの投資家、オーストラリアの運営企業などから毎週のように問い合わせが寄せられる。日本で新規データセンター案件を検討するためだ。中には、主施工業者が決まる前に先に土地だけを押さえる投資家もいるという。
湯家氏は『日経アジア』に対し、日本でのデータセンター需要が急拡大していると指摘し、「この勢いがすぐに落ち着くようには見えない」と語った。
ただ、相談を受けた計画がそのまま案件化するとは限らない。大林組で幹部を務めた経験を持つ湯家氏によれば、開発側が建設を依頼できる施工会社を確保できず、契約に至らない例が相次いでいるという。
日本の建設業界は長年、深刻な労働力不足とデジタル建設技術の導入遅れに直面してきた。加えて、近年は中国系テック企業が米国の半導体規制でデータセンター向けサーバーの調達が難しくなったことから、日本で計算資源を確保しようとする動きが強まり、市場の逼迫を一段と加速させている。
建設供給の逼迫がAI競争力の足かせに 高市早苗首相はAIを成長の柱に据え、ソフトバンクや富士通なども国家主体の「主権AI」構築を掲げる。しかし『日経アジア』は、こうした戦略が、アナログ時代の慣行が残る建設プロセスと逼迫する施工能力によって「立ち上がりを阻害する可能性がある」と分析する。
2025年11月23日、南アフリカ・ヨハネスブルクで開かれたG20サミットに出席する高市早苗首相。(AP通信)
鹿島建設、大成建設、大林組といった大手ゼネコンは、今期の利益が過去最高を見込む状況にある。それでも建設枠の逼迫は深刻で、データセンター開発企業や建設関係者によれば、これら大手は少なくとも2028年まで新規案件を受注できない状態だという。電力設備を担当する一部の下請け企業では、2029年以降まで予定が埋まっているケースもある。
大成建設の相川善郎社長は11日の決算説明会で、「データセンターへの投資が継続的に強い」うえ、半導体・製薬関連プロジェクトが活発であることから、建設供給の逼迫は続くとの見方を示した。
この状況は、巨大な演算需要を抱えるハイパースケーラー(大規模クラウド事業者)にとって大きな課題となる。AI用データセンターには高度な冷却システムや高密度の設備構成が必須だ。Nvidia(エヌビディア)の最新GPUを搭載するサーバーを導入する際も、施設側の仕様が適合していることが出荷条件になるという。
シンガポールのデータセンター運営企業の幹部は、「GPUを収容できるか確証が得られなければ、NVIDIA(エヌビディア)は出荷しない。各社とも、まず設備を置ける場所探しに奔走している」と述べた。
工期の長期化でAIインフラに遅れ懸念 KDDIの技術戦略部門を統括する櫻井敦司氏は、データセンター建設のリードタイムが急速に伸びている現状を指摘する。2020年ごろまでは、一般的な案件で完成まで約2年だったが、現在は3年ほどを要するという。
櫻井氏は「AI時代では、3年後の需要を見通すのが極めて難しい。基盤設備やGPUの進化が速く、建設計画の策定はますます複雑になっている」と述べた。
日本は依然としてアジアの主要データセンター拠点であり、米Equinix、Vantage Data Centers、シンガポール政府系投資会社GIC(Government of Singapore Investment Corporation)など、世界的事業者が国内投資を拡大している。これにより、日本市場だけでなくアジア地域向けの供給能力も高まってきた。
市場調査会社DC Byteによると、2025年11月時点で日本のデータセンター総容量は5年で2倍以上に増え、6.8ギガワット、269施設に達したとされる。また、日本は米国およびアジア各地と結ぶ多数の海底ケーブルを抱え、国際通信網の要衝としても重要度を増している。
DC Byteのアジア太平洋地域リサーチマネジャー、翁靜文氏は『日経アジア』に対し、「地政学的緊張や規制対応により、中国系の大規模クラウド事業者は計算資源の確保を急いでいる」と語った。業界関係者によれば、多くの中国企業が外資系データセンターの利用に切り替えている一方、日本側は経済安全保障上の理由から慎重姿勢を崩していないという。
東京では既存設備の93%がすでに稼働しており、将来の新規案件の約半数も事前予約(プリリース)済みだ。翁氏は「今後2〜3年は東京市場の需給逼迫が続く。プリリース比率が高いということは、新たな供給の多くが完成前から契約済みであることを意味する」と述べた。
深刻な人材不足とコスト上昇 あるアジアのデータセンター運営企業の幹部は、人材不足がプロジェクト進行に影響を及ぼしていると明かす。自社が東京で進める建設案件は当初2027年の完成を予定していたが、現在は半年程度の遅れが見込まれているという。
供給が限られる中で建設コストも急騰している。Turner & Townsendの調査では、東京は2年連続で世界で最もデータセンター建設費が高い都市となり、2025年の総建設コストは2020年比で38%上昇。データセンターに限ると費用は2.5倍に達した。また、円安の影響で、輸入の電力設備や高度冷却システムの価格も押し上げられている。
同社の北アジア地域でデータセンター部門を率いるパリシアン 氏(Jin Parisien)は、「このままでは建設費が過度に高騰し、着工が先送りになる案件が増える可能性がある」と述べた。
『日経アジア』によれば、工期が延びる背景には、日本で建築情報モデリング(BIM)の導入が進んでいないこともある。BIMは3次元データを共有しながら、協働設計、法規チェック、施工エラーの最小化などを実現できる技術だ。適切に活用されれば、審査の迅速化や施工管理の効率向上につながる。
人材不足が課題となっていたシンガポールでは、2015年から公共工事および延床面積5000平方メートル超の民間大型案件でBIMの使用を義務化。2025年以降はすべての新規建設案件でBIM審査が適用される。
日本とシンガポール双方で勤務経験を持つ湯家武彥氏によると、50メガワット規模のデータセンターを建設する場合、シンガポールではBIMを使えば約2年で完成するが、日本ではほぼ倍の期間を要するという。耐震基準など日本特有の条件も影響しているが、「設計から施工までのプロセスにおけるデジタル化の遅れ」が大きいとみられている。
重要市場としての日本は依然魅力、ただし案件選別は厳格に 建設費の上昇や工期の長期化が進む中でも、世界のデータセンター運営企業にとって日本市場の重要性は揺るがない。ある海外コンサルタントは『日経アジア』に対し、「日本を捨てる企業はない。日本はまさに『金鉱』だ」と語る。
一方、案件が増えるにつれ施工側の選別姿勢は強まっている。業界関係者によれば、データセンター案件の利益率は20%を超える場合もあり、これは日本の建設業界の平均を大きく上回る。こうした高収益性も背景に、ゼネコンは小規模・単発案件を避け、知名度の高い大手顧客との長期的な関係を重視する傾向が強まっている。
そのため、海外企業も一般的な公開入札より、長期パートナーシップの構築を重視する動きが広がる。シンガポールのデータセンター運営企業プリンストン・デジタル・グループ(Princeton Digital Group)は、今年4月に東京近郊の埼玉県で96メガワット規模のデータセンター開発を開始した。
同社の会長兼CEO、サルガメ 氏(Rangu Salgame)は、この大型プロジェクトが実現した背景について「当社の実績と財務基盤が、日本の大手ゼネコンから高く評価された」と説明した。また、「大規模クラウド事業者にとって、工期の遅延は『絶対に許容できない』」とも強調した。
プリンストン・デジタル・グループ は、現在1.3ギガワットの設備を運営しており、2030年までに3倍以上へ拡張する計画だ。そのうち約4分の1を日本市場が占める見通しで、同社は「今後1年で日本国内の容量を少なくとも500メガワットまで拡大する」としている。
既存施設の改装が最速ルートに 日本で新設データセンターを立ち上げるには、多くの手続きや施工上の制約が伴う。そのため一部事業者は、新築にこだわらず既存建物の改装へと舵を切り始めた。KDDI やソフトバンクは、既存の商業施設や工場跡地を再活用し、AI対応インフラを短期間で整備する方針を示している。通信事業の成長が成熟する中で、新たな収益源としてデータセンター事業が一段と重要になっているためだ。
KDDI は、来年1月に最新のNvidia製 GB200 GPU を搭載したAI施設を稼働させる計画で、今年4月には大阪の旧・堺市工場をシャープから取得した。同工場が既に大規模な電力設備を備えていたこともあり、1年未満で運用開始にこぎつける見通しだ。櫻井敦司氏は「新設も継続するが、既存インフラの改装は容量拡大を加速するうえで極めて重要な手段だ」と述べた。
ソフトバンクは国内18カ所でデータセンターを運営しているが、主権クラウドやAIサービスに対応するため、施設拡張を急いでいる。同社は今年4月、北海道で約70万平方メートル規模の新たなデータセンター構想を始動した。完成すれば日本最大級の開発となる。
ただし、AI需要の急速な変化に対応するため、ソフトバンクのデータセンター開発担当である板忠明氏は、北海道のプロジェクトで段階的に建設できるモジュール方式を採用すると説明。「従来型の大規模施設より迅速でコスト効率も高い。必要に応じて追加容量を即座に稼働させることができる」と述べた。