台湾は現在、総額1兆2500億元(約6兆1250億円)の国防特別予算(2026〜2033年)を進めている。過去最大規模となるこの計画は、抑止力の基盤を強化するための長期投資だ。賴清德総統が発表して以降、立法院では早くも激しい政治攻防が展開されているが、ワシントンや国際シンクタンクからは、より「長期的コミットメントのシグナル」として受け止められている。
米国のシンクタンク・RAND(ランド研究所)で台湾政策イニシアティブを率いる郭泓均氏(Raymond Kuo)は、『風傳媒』の単独インタビューに応じ、今回の予算を大国間競争の文脈で捉えるべきだと指摘した。郭氏は台湾が直面する根本的な現実を次のように語る。
「台湾はこの数年、防衛姿勢を強化してきた。今回の国防特別予算もその延長線上にあるシグナルだ。」郭氏が強調するのは、「米国が見ているのは金額の大きさではなく、台湾の取り組みに持続性があるかどうかだ」 という一点だ。
8年間で実施される国防特別予算の「三大特色」と七つの重点領域 行政院が発表した「防衛韌性および非対称戦力強化特別予算」の資料によれば、1兆2500億元(約6兆1250億円)の予算は2026〜2033年にわたり執行され、その重点は七つの領域に置かれる。すなわち、防空、弾道ミサイル迎撃、精密火砲、長距離精密打撃ミサイル、無人機と対無人機システム、AI支援およびC5ISRシステム、そして作戦継続能力を高める関連装備である。
国防部が公表した「強化防衛韌性及び不対称戦力特別預算」の画像 概要資料。(画像/国防部公開資料)
国防部が公表した「強化防衛韌性及び不対称戦力特別預算」の資料。七つの目標が列挙されている。(画像/国防部公開資料)
国防部はさらに「三大特色」を掲げる。重層的な防衛システムの構築(台湾のシールドの形成)、ハイテクとAIの導入による攻撃チェーンの迅速化、および国防産業の基盤強化(非レッドサプライチェーンの構築)である。これらは「多領域における拒否能力を整備し、多層的な防衛作戦体系を確立する」ことを狙いとするものだ。
国防部が公表した「強化防衛韌性及び不対称戦力特別予算」の資料。三つの特徴が示されている。(画像 /国防部公開資料)
郭氏は、この資料が重要なのは、台湾の防衛上もっとも脆弱な領域を明確に指し示している点にあると指摘する。 「『非対称戦力』はしばしばスローガンとして語られがちだが、今回のリストはその核心に踏み込んでいる。限られた資源で中国の優位性を削ぎ、迅速な勝利を困難にするための具体的な策になっている。」
彼が挙げる中国側の主要優位は、ロケット軍による初動の大量ミサイル攻撃、飽和攻撃能力、戦闘序盤での制空権掌握といった、台湾が最も警戒すべき領域だという。
郭泓均氏が分析する台湾の強化の方向性「見える・正確に撃てる・持ちこたえられる」 郭氏は、この特別予算の方向性が正しいと考える理由について、金額の多寡ではなく、国防部が三つのポイントに明確に焦点を当てている点にあると指摘する。
多層的な攻撃が想定される環境では、ISRとC5ISRをどこまで高度化できるかが、指揮系統が生き残れるかどうかを左右する鍵だと郭泓均氏は見る。「台湾が相手の動きをより早く察知できれば、その分だけ相手の作戦テンポを遅らせることができる」。国防部がAI支援による意思決定やスマート監視・偵察を予算項目に組み込んだのは、人民解放軍が仕掛ける戦場の曖昧化や、無人機、サイバー攻撃、海底ケーブル破壊といったグレーゾーン攻撃(軍事と非軍事の中間領域での圧力)に対応するための不可欠な調整だという。
中国ロケット軍は、依然として台湾にとって最も現実的で大きな脅威だ。国防部が弾道ミサイル迎撃能力(遠距離の機動ミサイルを迎撃可能なシステム)、長距離精密兵器、無人機戦力の強化に取り組んでいるのは、近年米国が強調してきた「低コストで、分散可能で、多点展開できる」非対称戦力を拡充する狙いがあるからだ。
郭氏は、ランド研究所内部で検討されている構想の一つとして、「無人機を用いて人民解放軍のミサイル軌道上に金属片や妨害物を散布し、空中に『地雷場』を形成する」というアイデアを例に挙げる。そのうえで、「この種の構想は単一の能力だけで実現できるものではなく、複数のシステムを統合してこそ成り立つ。台湾が無人機能力、対無人機能力、精密火力の強化をさらに進めれば、こうした構想はより現実的な戦術として具体化しやすくなる」と述べている。
これまで台湾で最も見過ごされがちだったのが、後方支援と備品の問題だ。郭氏は「兵器を購入すること自体と、それを継続的に修理し、補充し続けられるかどうかは別の問題だ」と率直に語る。さらに、「私はむしろ、予備部品の国内生産を清単に加えたいと思うほどだ。台湾が中国からの反撃に長く耐え続けるためには、予備部品を国産化し、国内で供給できる体制が不可欠だ」と強調する。
国防部が今回、「作戦持続能力の強化」(兵器生産能力の拡充や弾薬備蓄の増強など)を重点項目として掲げたことについて、郭氏は、これこそが「近年において最も重要な方向性の修正だ」と評価している。
中国は2027年に台湾へ攻撃するのか? 短期の焦燥に陥るべきではない 中国の「2027年台湾攻撃 」説が広く議論される中、郭泓均氏はこれを額面どおりに受け取るべきではないと強調する。「中国指導部が2027年と日付を定めているとは思わない。台湾が2027年ばかりに意識を集中させれば、むしろ重要なものを見落とす」と語る。
米シンクタンク「ランド研究所(RAND)」で世界の防衛と東アジア情勢を専門とする郭泓均氏(Raymond Kuo)。(写真/RAND公式サイト)
彼はさらに分析し、2027年とは中国人民解放軍が一定の能力水準を達成するという「目標年」にすぎず、行動時期そのものを示すものではないという。また、人民解放軍の実力を評価する際には、腐敗問題など内部構造の現実にも目を向けるべきだとも指摘する。
郭氏が危険視するのは、「2027年に動くのか否か」を巡る議論そのものではなく、単一の年に執着するあまり、台湾が長期的課題への投資や改革に目を向けなくなることだ。「本当に重要なのは長期的な問題であり、それを軽視するほうがはるかに危険だ」。郭 氏の見立てでは、軍事構造を根本から変えるような投資は3〜5年の時間を要するため、短期的な日付だけに視野を合わせることは戦略的に大きな損失につながる。
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AIの脅威はミサイルではなく偽情報の流れに現れる 人工知能(AI)の軍事利用について、郭氏は「革命的」との評価に慎重な姿勢を示す。「私はAIが単独で戦争の勝敗を決めるとは思わない。重要なのは組織そのもの、そして新技術を運用できる能力だ」。しかし郭 氏は、AIが別の側面で台湾に深刻な影響を与える可能性を認める。それが情報・心理戦領域での脅威だ。偽情報、ディープフェイク、AI生成コンテンツは「ミサイルより早く戦場に到達する」と述べ、戦場に類似した「情報の密度」を社会内部に生み出すと警鐘を鳴らす。
郭氏は、台湾社会は民主的な耐性が高いと評価されるものの、「それでも体系的な防護を構築しなければならない」と指摘する。AIがもたらす情報の混乱は軍事行動に先立って社会内部を揺さぶり、判断の混乱を引き起こしうるため、台湾が最優先で取り組むべき新たな防衛領域だと位置付けている。
AI生成の動画や画像が急増する中、虚偽情報を見抜くリテラシーを高めることが求められている。(写真/Pexels)
台湾の国防費はGDP比10%? それは米国の政策ではない 外部では台湾に対し「国防費をGDPの10%まで引き上げるよう米国が要求している」との見方が流布してきたが、郭泓均氏はこれを明確に否定する。「それは米国の政策ではない。米国が見ているのは台湾の継続性であって、極端な数字ではない」。米国が真に注視しているのは、台湾が政党間の対立を超えて明確な防衛方針を維持できるかどうかだという。
郭泓均氏は、台湾内部の政治的混乱こそがワシントンにとって重要な指標の一つになると説明する。「国防政策をめぐる政治的混乱は、そのまま米国の台湾への信頼に跳ね返る」。実際、立法院の程序委員会では、国民党と民衆党の立法委員が共同で動き、行政院が提出した「防衛韌性および不対称戦力強化計画の特別条例案」を12月5日の本会議議程に入れることを阻止。結果として、関連委員会での審査に進めない状況となっている。
2025年12月2日、立法院で開かれた民衆党立法院党団の記者会見「国防自主が頓挫、軍備調達の引き渡し遅延、国民から賴総統への三つの問い」に出席する黃國昌立法委員。(写真/柯承惠撮影)