2月8日投開票の衆議院選挙。高市早苗首相は今回の戦いを自身の進退をかけた「信任投票」と位置づけ、その高い個人人気を武器に自民党の議席上積みを図る。自民党・日本維新の会による連立政権での過半数維持、さらには自民単独過半数をも狙う構えだ。
淡江大学日本政経大学院の蔡錫勲(さい・しゃくくん)教授は『風傳媒』の取材に対し、次のように指摘する。「制度上は衆院選だが、政治的実質において、高市氏はこれを『首相指名選挙』へと巧みにすり替えた」。安倍路線を継承した選挙戦術で保守岩盤層を固める一方、野党再編で誕生した新党「中道改革連合(略称:中道)」は、結成の急ごしらえ感と内部の不協和音が否めず、反自民の受け皿として機能しきれていないのが現状だ。
最新の世論調査と選挙区情勢を見る限り、自民党の単独過半数は現実味を帯びている。蔡教授は「これは国際情勢の不透明感が増す中で、有権者が保守路線を選択しようとしていることの表れであり、同時に野党陣営が長期にわたり抱える構造的な分裂という病巣を浮き彫りにしている」と分析する。
高市の選挙戦略:安倍モデルの踏襲と「二者択一」の強要 高市首相は2026年1月19日の記者会見で、解散の理由を「主権者である国民の皆様に、高市早苗が首相にふさわしいかどうかを決めていただく」と説明した。蔡教授によれば、このレトリックは本質的に「私(高市)を選ぶか、否か」を有権者に直接問いかけるものであり、選挙戦を個人のリーダーシップに対する信任投票へと転換させる狙いがある。
高市内閣が掲げる「重要政策の大転換」。その核心的スローガン「日本列島を、強く豊かに。」は、故・安倍晋三元首相が2012年の政権奪還時に掲げた「日本を、取り戻す。」(およびその副題「一人ひとりを強く、豊かに。」)と意図的に共鳴させている。単なる「日本」ではなく「日本列島」という言葉を用いた点について、蔡教授は「安倍第2次政権で多用された『全国津々浦々』という表現に通じるものであり、地方創生や国土の均衡ある発展を強調する意図がある」と読み解く。
政策の主軸となる「責任ある積極財政」も、そのパッケージングは「アベノミクス3本の矢」と酷似しており、分かりやすい言葉 で有権者との距離を縮める狙いがある。
蔡教授は 「安倍氏が『選挙に強い首相』と呼ばれた所以は、こうしたスローガン運用による国政選挙6連勝の実績にある。高市氏は明らかにこの成功体験を再現しようとしている」と指摘する。ポスターへの日の丸カラー採用から、秋葉原駅前での「第一声」に至るまで、若年層を意識した「サブカルチャーの聖地」での動員など、安倍氏が好んだ手法を徹底して踏襲している。
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歴代の自民党選挙ポスター。安倍晋三元首相や高市早苗首相など、党首個人の魅力を前面に押し出すスタイルが特徴だ。(画像/自民党公式サイト、蔡錫勲氏提供 )
さらに、日本維新の会の共同代表2名が高市氏の両脇を固める構図は、「ワンチーム」の視覚効果を演出し、連立政権における維新の「アクセル役」としての存在感を強調する狙いがあると見られる。
過半数割れなら退陣、「高市ギャンブル」の勝算 高市氏はさらに一歩踏み込み、自民・維新連立政権で過半数を維持できなければ、首相を辞任すると明言した。蔡教授は「この背水の陣は、2005年に小泉純一郎氏が仕掛けた『郵政解散』を彷彿とさせる」と指摘する。当時、小泉氏は郵政民営化への「賛成か反対か」という単純明快な二項対立を作り出し、圧勝を収めた。
「高市氏が突きつけているのは、『高市首相を選ぶか、それとも野田首相か、斉藤首相か』という問いだ。本質的には小泉流と同じ戦略である」。蔡教授はそう分析する。この手法は強力なリーダーシップを演出できる反面、諸刃の剣でもある。勝利すれば求心力は盤石となるが、敗北すれば党が受けるダメージは計り知れない。
2026年1月27日、2月8日投開票の衆議院選挙に向け、東京で行われた参政党の選挙演説に集まる聴衆。(写真/AP通信)
「中道改革連合」の誤算:拙速な合流と野合批判 着々と布石を打つ高市陣営に対し、野党陣営の足並みは乱れている。
1月16日、立憲民主党と公明党が電撃的に合流し、「中道改革連合(中道)」を結成した。蔡教授はこれを「政治的リアリズムに基づく選択」と評しつつも、劇薬に近いリスクを孕んでいると見る。「わずか半年前まで自民党と連立を組み、選挙協力を行っていた公明党が、かつての政敵と手を組んだのだ」。この「昨日の敵は今日の友」的な統合劇は、有権者の不信感を招きやすく、2017年の民進党と希望の党の合流失敗の悪夢を想起させると蔡教授は厳しく指摘する。
実戦面でも綻びが見え始めている。新党名の浸透不足に加え、党首討論や第一声では野田佳彦共同代表ばかりが前面に出て、もう一人の顔である斉藤鉄夫氏(公明党前代表)の存在感が希薄だ。党内の権力バランスと統合プロセスの歪みが露呈している形だ。
政策面では、中国の軍事的威圧を背景に、従来の立憲路線を修正。「現実的な外交・防衛政策」を掲げ、安保法制下での自衛権行使容認や対中強硬姿勢を打ち出したが、蔡教授は「政策転換だけでは、選挙区調整の構造的な不利を覆すには至っていない」と分析する。
野党共倒れで自民「安定多数」へ 世論調査と選挙区情勢は、野党の分裂が自民党を利している現状を映し出している。
『朝日新聞』によれば、全289小選挙区のうち133選挙区で、自民党が中道改革連合および参政党と三つ巴の戦いを展開。さらに中道は91選挙区で国民民主党や共産党と競合しており、反自民票が分散する構造となっている。
『ジャパンタイムズ』は、中道改革連合の議席が解散前の167議席から大幅に減り、100議席を割り込む可能性を示唆。対照的に、自民党は26年来のパートナーであった公明党を失い維新と組む形となったが、保守地盤では依然として優位を保っている。
『日経アジア』が引用した日経の世論調査では、自民党は小選挙区の約4割で先行し、山口、徳島、熊本などで圧倒的優勢にある。比例代表でも前回59議席から70議席以上への上積みが見込まれ、「安定多数(243議席)」に迫る勢いだという。
ただし蔡教授は、「三つ巴の激戦区において、かつての公明党の組織票がどこへ流れるかは依然として不確定要素であり、軽視できない」と釘を刺す。
蔡教授は総括としてこう結んだ。「今回の選挙は、日本政治の冷徹なリアリズムを映し出している。高市氏は安倍路線を継承して保守層を固めることに成功した一方、中道勢力は拙速な統合と票の分散というツケを払わされている。中国の脅威が高まる中、高市氏が仕掛けたこの『信任投票』の結果は、単なる内閣の存続だけでなく、今後数年間の日本の経済、防衛、そして国家戦略の方向性を決定づけることになるだろう」。