トランプ政権(第1期)による米中貿易戦争の勃発以来、米中両大国(G2)の対立は世界貿易の構造を決定づけてきた。ファーウェイ(華為技術)やZTE(中興通訊)、TikTokから、EV(電気自動車)、半導体、AIに至るまで、ワシントンはトランプ第1期からバイデン政権、そしてトランプ第2期へと続く中で、「中国製造2025」に対抗するための強固な包囲網を築き上げてきた。
しかし、米有力シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)は衝撃的な見解を示している。2026年初頭、カナダと欧州連合(EU)が相次いで北京とEV貿易協定で合意したことは、米国の封じ込め戦略に対する事実上の「不信任投票」であり、西側諸国が掲げてきた「デリスキング(リスク低減)」戦略を根底から揺るがすものだという。
「貿易戦争」回避へ、ブリュッセルの現実的な選択
米ワシントンD.C.のシンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)の専門家、イラリア・マッツォッコ(Ilaria Mazzocco)氏は22日、世界最重要の自動車市場の一つであるEUの動向こそが、西側の対中経済政策を占う重要な試金石であると指摘した。貿易摩擦が激化する中、ブリュッセル(EU本部)は全面的な貿易戦争という強硬策ではなく、市場の予想を裏切る「巧みな抜け道」を選択したのである。
EUの打算 「高関税」に代わる「価格承諾」という妥協点
2026年1月12日、欧州委員会はガイダンスを発表し、中国製EVの輸出に対して「価格承諾(Voluntary Price Undertakings)」と呼ばれる新たな選択肢を正式に提示した。
本来、EUは2024年に実施した反補助金調査に基づき、中国製EVに対して高率の追加関税(上海汽車集団には最大35.3%など)を課す措置を導入していた。しかし同時に、欧州委員会は関税回避のための「代替メカニズム」の存在も示唆していた。今回の「価格承諾」は、一定の価格以上で販売することを条件に関税を免除するものであり、まさにその柔軟策を具体化したものである。
最初の適用者は「中国企業」ではなかった
注目すべきは、この新ルートを最初に試みたのが中国企業ではないという点だ。報告書によれば、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)が、中国で生産するEVモデル「クプラ・タバスカン(CUPRA Tavascan)」について、いち早く「価格承諾」の申請を行った。現時点で申請を行っているのはVW一社のみである。
真の勝者は誰か?
「価格承諾」メカニズムは一見、妥協案に見える。しかし、CSISのマッツォッコ氏は、その利害得失は極めて微妙だと指摘する。関税であれ、価格引き上げの約束であれ、欧州の消費者がより高い車両価格を負担する構図に変わりはない。
ただし、関税収入がEU政府の歳入となるのに対し、「価格承諾」は中国の輸出企業が販売価格を直接引き上げ、その分の利益を自ら確保できる点が大きく異なる。こうして得られた利益は、研究開発や海外展開に再投資される可能性が高く、長期的には中国企業にとって有利に働く恐れがあるとマッツォッコ氏は分析する。
この判断はまた、ブリュッセルの現実路線が単なる政策選択ではなく、欧州と中国の自動車産業サプライチェーンがすでに深く結び付いているという現実を浮き彫りにしている。テスラやフォルクスワーゲン(VW)といった欧米の主要自動車メーカーは、中国の工場から大量の車両を欧州市場へ輸出しており、一方で中国の有力EVメーカーである比亜迪(BYD)も、関税回避を目的に欧州での現地生産投資を積極的に進めている。
こうした「相互依存」の複雑な構図の下では、全面的な貿易戦争は避けがたく自らを傷つける結果となる。EUの選択は、その現実を如実に示している。
オタワの大勝負 カーニー首相の訪中がもたらした市場アクセス
EUの方向転換が現実的な妥協だとすれば、カナダの動きは一種の「賭け」とも言える大胆な転換だ。カナダは2024年、米国に追随する形で中国製EVに最大100%の懲罰的関税を課し、中国EVの流入を事実上遮断していた。
しかし、マーク・カーニー(Mark Carney)首相の訪中を機に、状況は一変する。2026年1月16日の北京訪問で、カーニー首相は習近平国家主席と一連の商業合意に達した。
合意内容によれば、カナダは最恵国税率6.1%という低関税で、年間4万9,000台の中国製EVの輸入を認める。この枠は、5年以内に7万台まで拡大される可能性がある。一方、中国側は、カナダ産菜種油など農産品に対する関税障壁を引き下げるほか、カナダへの直接投資を拡大すると約束した。
マッツォッコ氏は、4万9,000台という輸入枠は、年間約180万台(2025年時点)のカナダのライトビークル市場全体から見れば小規模に映るとしつつも、EV市場に限れば話は別だと指摘する。カナダのEV販売台数は、2024年に25万台と過去最高を記録したものの、2025年は11月時点で16万5,000台未満へと大きく落ち込んでいる。
そのため、価格が3万5,000カナダドル(約393万円)を下回る中国製の低価格EVの流入は、冷え込む国内EV市場を刺激する「起爆剤」となり得る。オタワにとって今回の合意は、対中関係の再調整であると同時に、停滞する国内市場を立て直すための現実的な一手でもある。
地政学的波紋
特にカナダが米国への追随を止め、中国製EVに対して市場を再開放したという事実は、将来の「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」再交渉において激しい論争の火種となることは必至である。中国車の主要輸入国であるメキシコの存在も相まって、北米の貿易枠組みに大きな緊張をもたらすだろう。
不透明な合意と「従来の同盟」への不確定要素
専門家のマッツォッコ氏は、EVに関する合意内容の曖昧さを指摘する。具体的には、輸入割当(クオータ)がどの自動車ブランドを対象とするのか明示されていない点だ。ここには重大な疑念が潜んでいる。すなわち、オタワ(カナダ政府)と北京の合意には、米国企業を暗に排除する条項が含まれているのではないか、という懸念である。
総じて、カナダの動きは貿易や商業上の損得勘定を超えている。オタワが国益のために北京とより深層的な経済関係を構築する意思を示したことは、米国が頼みとする「従来の同盟国陣営」に予測不能な新しい変数を持ち込んだことを意味する。
「同盟国経済学」の終焉 現実的利益との衝突
マッツォッコ氏は、EUとカナダの独自行動が、米国の対中戦略に対する深刻かつ共通の課題を突きつけていると強調する。これは、政治・安全保障分野で最も親密な同盟国であっても、自国の経済的利益に基づいて中国との関係を再評価し始めていることの証左である。
ブリュッセル(EU)とオタワの決断の背景には、中国の技術、投資、市場に対する強い関心が透けて見える。彼らは中国からの投資と低価格製品の導入を通じて、自国の雇用創出、イノベーション、そしてエネルギー転換の加速を目論んでいるのだ。ワシントンが提唱する「全面的なデカップリング(切り離し)」や「技術的孤立」戦略は、もはや同盟国を説得する力を失いつつある。
米国の圧力に対する「反作用」と新たな均衡
皮肉なことに、米国内の現状は世界的な潮流と逆行している。米国の自動車メーカーが電動化のペースを緩め、連邦政府がEV補助金を大幅に削減する一方で、世界各国ではEV貿易と協力関係が活況を呈しているのである。
さらに重要なのは、トランプ政権に見られるような、軍事・経済的影響力を背景に同盟国へ同調を迫る手法が、驚くべき反作用(バックラッシュ)を生んでいる点だ。各国の目には、北京との安定的商業関係の構築こそが、米国からの巨大な圧力に対するバランスを取り、リスクを回避する「避難港」として映っている。
西側諸国が直面する外交の岐路
マッツォッコ氏は、ワシントンに対し、より「包括的(Holistic)」な外交政策への転換を提言する。米国は単に圧力をかけるためのレバレッジ(てこ)を探すだけでなく、同盟国固有の利益と動機を深く理解し、一方的な強要ではない「互恵的な協力モデル」を模索すべきである。
EUとカナダが北京との和解に動いたのは、貿易保護主義と中国の技術・投資という果実の間で、新たな均衡点を見出そうとする試みに他ならない。そこには、もはや米国の利益に対する配慮は優先されていない。西側諸国は今、中国とどう向き合うべきかという、決定的な岐路に立たされているのである。