トップ ニュース 命綱なしで台北101の頂へ アレックス・オノルドはいかにして「恐怖」を飼いならしたか?王者が語る極限の心理と死生観
命綱なしで台北101の頂へ アレックス・オノルドはいかにして「恐怖」を飼いならしたか?王者が語る極限の心理と死生観 2026年1月25日、台北101を命綱なしで登攀する「フリーソロの王者」アレックス・オノルド氏。(写真/AP通信)
赤いTシャツをまとった一つの影が、世界中の固唾をのむ視線を背に、台北101の垂直にそびえるガラスと鋼鉄の構造を這い上がっていく。ロープも、安全装置も一切ない。頼れるのは自らの両手両足と、極限まで研ぎ澄まされた集中力のみだ。
米国の世界的クライマー、アレックス・オノルド(Alex Honnold)氏は、1時間31分43秒という時を経て、高さ508メートルの都市の頂に立った。地上で見守っていた群衆からは、割れんばかりの歓声が沸き起こった。それは単なるエクストリーム・スポーツの成功や死神に対する勝利というだけでなく、見る者の魂を震わせる歴史的な瞬間であった。
Netflixによって全世界に生中継されたこの登攀は、オノルド氏の過去の偉業と同様に、世界的な注目と同時に倫理的な議論も巻き起こしている。果たして、どのような精神構造が、これほど極端な行為を可能にし、支えているのか?登攀の2週間前に行われたディープ・インタビューからは、この「ロープなき男(The No Rope Man)」の内面に広がる、険しくも魅力的な「心の断崖」が垣間見えた。
なぜ「台北101」だったのか オノルド氏はなぜ、今回の対象に台北101を選んだのか。その起源は2013年にまで遡る。当時、最終的に実現はしなかったものの、あるテレビ番組の企画で彼は台北101を下見に訪れていた。その際、この建築物の構造が「驚くほどクライミングに適している」ことを発見し、そして何より、彼の根底にある「遊び心」が刺激されたのだという。
オノルド氏は、ビルを登る行為を、子供時代の木登りや塀登りの楽しさに例える。「なぜなら、それはクールで、楽しいからだ」。彼はかつて、世界一高いビルであるドバイの「ブルジュ・ハリファ」も下見したことがある。結論は「可能だが、あまりに困難」だった。外壁が非常に滑りやすく厄介で、ライブイベントには不向きだと判断したのだ。対照的に、台北101は「挑戦的でありながら、不可能ではない」という、完璧なスイートスポット(最適点)にあった。「こんなにクールな建物を登る許可が下りたのなら、断る理由なんてないだろう?」この言葉には、彼のプロフェッショナルとしての好機への嗅覚が現れている。
恐怖との対話「パニックになる必要はない」
インタビューの中で、オノルド氏は非常に示唆に富む比喩を提示した。「恐怖は空腹感のようなものだ」と。「空腹を感じたとき、パニックになって『なんてことだ!腹が減った!今すぐサンドイッチを食べなきゃ!』と叫び回ったりはしないだろう?普通はただ冷静に認識するだけだ。『ああ、腹が減ったな。後で時間を見つけて何か食べよう』とね」
オノルド氏はこう続ける。私たちは毎日空腹を経験するため、その感覚が存在しても圧倒されることはない。もし人が、空腹と同じ頻度で恐怖を経験したなら、恐怖もまたその神秘性や圧迫感を失い、本質的な姿へと回帰するはずだ。すなわち、「身体の中に生じた一つの感覚であり、理性的に評価すべきシグナルであって、即座に屈服すべき命令ではない」という本質に。
アカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画『フリー・ソロ(Free Solo)』では、科学者がオノルド氏の脳をMRIスキャンする場面がある。その結果、彼の「扁桃体(脳内で恐怖を処理する領域)」は、常人に比べて恐怖刺激への反応が著しく低いことが判明した。しかしオノルド氏は、これを「先天的な生理的欠陥」とは捉えていない。それは30年間にわたり、意図的かつ継続的に自らを恐怖の状況下に置き続けてきた「練習の成果」なのだと解釈している。彼は、長年の瞑想(メディテーション)も同様の効果をもたらすと考えている。
恐怖が襲ってきた時、彼はどう動くか 登攀中に恐怖心が襲ってきた時、オノルド氏には確立された明確な対処フローがある。まず深呼吸をして精神を安定させ、冷静さを取り戻す。彼が強調するのは、クライミングには「時間のプレッシャーがない」という点だ。たとえ断崖絶壁にぶら下がっていたとしても、静止姿勢(スタティック)を維持している限り、体力はそれほど消耗しない。つまり、次の一手を考える時間は十分にあるのだ。
最も重要なステップは「理性的な評価」である。彼は恐怖の源泉を即座に分析する。「なんとなく怖いと感じているだけなのか。それとも『岩の状態を見誤った、想像以上に危険だ』という現実的な危機なのか」オノルド氏は、もしそれが誤判による実際の危険だと判断した場合、躊躇なく登攀を中止し、撤退すると明言している。
興味深いことに、オノルド氏は「クライミングよりも人前で話すこと(講演)の方が怖い」と告白している。クライミングのリスクは物理的であり、失敗は「死」を意味する。一方、講演のリスクは社会的であり、失敗は「恥」を意味する。多くの人々の恐怖は自尊心や社会的地位と結びついており、生命の危機よりも感情的な脅威に反応しやすい。オノルド氏は自身の恐怖反応を、真の生存リスクを優先するよう再調整(キャリブレーション)しているに過ぎない。しかし彼は、膨大な練習を通じて講演への恐怖も克服した。これは「あらゆる恐怖は飼いならすことができる」という彼の核心的信念を裏付けるものだ。
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脳内で「死」をリハーサルする 「落ちたらどうなるのか」。台北101を登る彼を見て、全ての観衆が脳裏によぎった問いだろう。絶壁での一挙手一投足は、死との即興ダンスのように見える。しかしオノルド氏が常人離れした冷静さを保てる理由は、壁に取り付く前、脳内であらゆる動作をシミュレーションし尽くしているからだ。左手をどこにかけるか、右足をどこに置くか、重心をどう移動させるか、全ては計算済みである。
オノルド氏は、彼の中核的な準備スキルである「ビジュアライゼーション(視覚化)」を、「意識的な白昼夢」と表現する。登攀時のリアルな感覚を想像し、あらゆる気象条件の変数さえも考慮に入れる。今回の台北101の挑戦でも、彼はこう自問していた。「もし当日の湿度が高かったら、ガラスや金属の感触はどう変わるか?粘り気が出て掴みやすくなるのか、それとも滑りやすくなるのか?」
最悪のシナリオを「消化」しておく このビジュアライゼーションにおいて最も衝撃的なのは、彼が意図的に「岩壁からの墜落」と「死に至るプロセス」を想像し、その感覚を味わうという点だ。一見、残酷な自己拷問のように聞こえるが、その背後にある心理メカニズムは極めて理性的である。安全な環境(例えば山中のハイキング中など)にいる間に、最悪のシナリオがもたらす感情的ショックを事前に処理し、消化しておくのだ。そうすることで、実際の登攀中に「万が一」という雑念が突然湧き上がり、集中を乱すのを防ぐことができる。真の危険に身を置いた時、脳に残されたタスクはただ一つ、「実行(Execution)」のみとなる。
ヨセミテ国立公園の「エル・キャピタン(El Capitan)」への挑戦(オノルド氏は現在に至るまで、この巨壁をフリーソロで完登した唯一の人物である)に際して、彼はある心理的なトリックを用いた。彼は意図的に、エル・キャピタン挑戦の直後にアラスカと南極への遠征計画を入れたのだ。そうすることで、精神を押しつぶしかねないエル・キャピタンという壮大な目標を、「南極遠征に向けた準備運動の一つ」へと心理的に格下げしたのである。この「目標の積み重ね(Goal Stacking)」という手法により、彼は巨大なプレッシャーという重荷を巧みに下ろすことに成功した。
彼は岩壁上の「孤高の狼」にとどまらない 死神とダンスを踊るような極限のアスリートとしての顔は、オノルド氏が持つ多面的なアイデンティティの一つに過ぎない。クライミングシューズを脱ぎ、地上に戻れば、彼は一人の夫であり、二人の娘の父親であり、財団を運営する慈善家であり、そして友人たちが認める「知恵に満ちた素朴な魂」の持ち主でもある。
リスクとは「排除」するものではなく「管理」するもの オノルド氏は、クライミングのリスクを「制御可能なリスク(Calculated Risk)」と定義している。それは長期的なトレーニングと準備を経て、主体的に引き受ける課題であり任務だ。彼はよく、これを日常に潜む「不注意による巨大リスク」と比較する。例えば、飲酒運転や運転中のメール送信などだ。それらに比べれば、準備されたフリーソロのリスクは必ずしも大きくはないという。彼にとって真の責任とは、全てのリスクを排除することではなく、直面すべきリスクを覚醒した状態で意識的に選択し、管理することにある。
彼のメンターであり、伝説的な登攀パートナーでもあるトミー・コールドウェル(Tommy Caldwell)氏は、かつてオノルド氏をこう評したことがある。「君には揺るぎない信念がある。僕が感情的な悩みや育児の問題を相談しに行くと、君はいつもその問題を『管理可能な形』になるまで再構築(リフレーム)してくれるんだ」 脳内で自身の死を冷静にリハーサルできる男は、同時に、友人の悩みを温かい知恵で「再構築」し、人生のポジティブな側面を照らすことができる男でもあったのだ。
「命を預けるように、寄付も信頼する」 オノルド氏は「オノルド財団(Honnold Foundation)」を設立し、世界各地でのエネルギーアクセスの向上(主に太陽光発電の普及)に取り組んでいる。彼は自身の慈善事業について、「信頼に基づくフィランソロピー(慈善活動)」という理念を掲げている。「クライミングではパートナーに自分の命を預ける。それなのに、なぜ慈善事業では相手を信頼できないということがあるだろうか?」
「時間は有限だ」台北の空から届いたメッセージ オノルド氏が台北101の頂上で拳を突き上げた瞬間、その映像は台湾の人々にとって、一つの時代の象徴として記憶されたことだろう。しかし、彼の内面世界に深く分け入る時、この挑戦の本質が単なる高層ビルや絶壁の征服ではないことに気づかされる。それは「自己のコントロール」と「精神の修養」を極めるための深遠な実践なのだ。
台北101の登頂を終えた後、彼は「これは台北の美しさを味わう最高の方法だ」「塔の先端から落ちないように気をつけないとね」と冗談めかして笑った。だが、最後に彼が残したメッセージは、私たち全員に向けられたものだった。
「この挑戦が、人々にとって何かのインスピレーションになるとすれば、それは『時間は有限だ』という事実を思い出してもらうことだろう。だからこそ、私たちは与えられた時間を、最も美しく、最も意義ある方法で使うべきなのだ」
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