張又侠氏失脚は台湾侵攻を遠ざけるのか、近づけるのか?専門家が指摘する「独裁者の暴走」と「判断ミス」の恐怖

2024年8月29日、北京で米国のジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)と会談する中国中央軍事委員会の張又侠副主席。(写真/AP通信)
2024年8月29日、北京で米国のジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)と会談する中国中央軍事委員会の張又侠副主席。(写真/AP通信)

中国共産党当局が先日、中央軍事委員会の張又侠副主席および劉振立委員の2人に対し、調査を開始したと発表した。このニュースは国内外で大きな波紋を呼び、「この粛清は人民解放軍による台湾武力侵攻の確率を高めるのか」という点について、専門家の間でも激しい論争が巻き起こっている。

「侵攻確率が高まる」とする派閥は、これが習近平国家主席による完全な権力掌握を意味すると見る。今後、習氏は軍内部からの牽制を受けることなく、独断で台湾攻撃を命令できる体制が整うため、リスクは高まるという見立てだ。

一方で、「侵攻確率は下がる」とする反論も根強い。軍上層部の徹底的な「粛清」は軍隊を混乱に陥れ、指揮系統の再構築に数年を要するため、逆に台湾海峡での戦争勃発を遠ざけるという見方だ。この点について、長年両岸(中台)の軍事問題を研究してきた日本の防衛学者は、「短期的には中国による武力行使や周辺国との衝突の可能性は低下するが、長期的視点では、より深刻な軍事危機が勃発するリスクが高まる」と警告している。

張又侠氏の失脚は「対台湾戦」とは無関係?

​巷で飛び交う様々な憶測に対し、日本・防衛研究所地域研究部中国研究室の五十嵐隆幸・専門研究員は28日、『風傳媒(Storm Media)』の取材に応じ、今回の「粛清」の裏にある論理は「対台湾作戦そのものではなく、中国共産党の政権安定、すなわちクーデターや内部からの挑戦を防ぐことを最優先した結果だろう」と指摘した。かつて毛沢東が「政権は銃口から生まれる」と語ったように、最高指導者が潜在的なリスクとなり得る軍の実力者をあえて排除する判断は、共産党の論理として理解できるものだ。

五十嵐氏は、過去の人民解放軍には職級に応じた「副業やグレーな収入(賄賂等)の許容上限」とも言える暗黙の不文律が存在していたと分析する。しかし、ひとたびその上限を超えれば、摘発の対象となる。張又侠氏は習近平氏との親密な関係ゆえに気が緩み、過信が生じた結果、その「見えない一線」を不注意にも越えてしまったのではないかと推測される。

2022年、中国共産党中央軍事委員会主席の習近平氏(左3)は、副主席の張又俠氏(右2)、何衛東氏(左1)、および委員の苗華氏(右1)、李尚福氏(右3)、張昇民氏(右4)、劉振立氏(左2)を率いて軍事委員会統合作戦指揮センターを視察した。現在、この7人のグループで任に残っているのは習氏と張昇民氏のみである。(新華社)
2022年、中央軍事委員会統合作戦指揮センターを視察する習近平主席(左から3人目)と軍最高幹部ら。張又侠副主席(右2)、何衛東氏(左1)、苗華氏(右1)、李尚福氏(右3)、張升民氏(右4)、劉振立氏(左2)が同行したが、この7人の中で現在も任にあるのは習近平氏と張升民氏のみとなった。(写真/新華社提供)

汚職対策ではなく「政治的判断」、軍という「暴力装置」の完全掌握へ

​しかし、中国当局の公式発表とは対照的に、五十嵐氏は今回の軍最高幹部の粛清を単なる「反腐敗(汚職対策)」と見るべきではなく、習近平氏の優先順位を反映した高度な「政治的判断」として理解すべきだと説く。

「対台湾演習の最前線である福建部隊の出身者や、中越戦争を経験した世代を含め、軍内部で独立した影響力や人脈を持つグループが一挙に排除された。これは、たとえ短期的な作戦能力の低下を容認してでも、軍隊という『暴力装置』を完全に統制下に置くという習氏の選択を示している」と五十嵐氏は分析する。
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さらに五十嵐氏は、「重要なのは個人の汚職ではなく、中国の軍事意思決定構造に根本的な変化が生じたことだ」と警鐘を鳴らす。「中央軍事委員会は現在、実質的に習近平氏一人のものとなり、軍の専門的な意見が意思決定の中枢に届くパイプは著しく狭まった」。また、張又侠氏は政治局における唯一の軍人であり、数少ない実戦経験を持つ高官だった。彼は党指導部に対し、「この戦争は遂行可能か、戦えばどのような代償を払うことになるか」を直接説明できる立場にあった。彼の不在は、こうした現実的な評価が困難になることを意味する。

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