トップ ニュース 徐和謙の視点:トランプ文書が示す「世界観」と台湾海峡の行方
徐和謙の視点:トランプ文書が示す「世界観」と台湾海峡の行方 2025年12月2日、米国のドナルド・トランプ氏と国防長官のピート・ヘグセス氏。(AP通信)
2025年初めに再び政権の座に就いたドナルド・トランプ氏は、かつてこう語っている。「第1期は、この国を運営しながら、生き延びることに必死だった。だが第2期は、この国だけでなく、世界を運営することになる」。
米東部時間12月4日深夜に公表された、トランプ第2期政権の国家安全保障戦略文書は、まさにその言葉を体現する文書だと言える。米国の国家機構を完全に掌握したトランプ氏とそのチームが、「どのように世界を運営し、米国と世界との関係をどう再定義するのか」を示した宣言書の性格を帯びている。
これまでの国家安全保障戦略が、世界各地の地政学的ホットスポットや重要課題を網羅的に扱ってきたのに対し、今回の「トランプ2.0」版は冒頭から異なる姿勢を明確にしている。すなわち、米国はすべての国、すべての地域、すべての事態に等しく関心を払うことは不可能である、という現実を率直に認めたのだ。
米国政府とその資源は、あくまで米国の利益、そして米国の利益と重大に関わる問題に優先的に投入される。トランプ政権は、外交・戦略エリートが主導してきた従来の路線と決別し、恒常的に世界を主導する発想を放棄する。文書は、「他国の問題は、それが直接米国の利益を脅かす場合にのみ関心事となる」と明言している。
トランプ政権は、過去のエリートたちが「米国民の意思を深刻に読み違えてきた」とも批判する。米国民は、自国の利益と無関係な世界的負担を永遠に背負うことを望んでいない、という認識が背景にある。
この指導原則に基づき、トランプ政権は政策の焦点に明確な優先順位を設けている:
一、アメリカ大陸における圧倒的優位の確保米州全体において米国が圧倒的優位を確保し、いかなる大国も米国を脅かす存在をこの地域に築くことを許さない。トランプ氏自身は、これを「モンロー主義のトランプ続編」と位置付けている。
二、自由で開かれたインド太平洋ただし、その目的はバイデン政権が掲げてきた「民主主義対権威主義」という価値観対立の深化ではない。この理念的対抗軸は、トランプ政権の下ではいったん封印された形だ。
トランプ氏が重視するのは、インド太平洋における米国にとって死活的に重要な海上交通路が、他国によって支配されたり、通行を制限・課金されたりしないことにある。さらに、次の世界経済の成長エンジンと見なされるインド太平洋地域で、米国が有利な立場を占め、「最大の果実」を得ることも狙いだ。
また、米欧が協調して大規模な越境移民の時代を終わらせること、EUのような超国家的組織が主権国家の権限に介入することへの拒否も盛り込まれている。さらに、欧州とロシアの緊張関係を是正する支援を掲げ、最も重要な点として、北大西洋条約機構(NATO)の拡大路線には、当面の区切りをつけるべきだと明言した。
中東についての方針は、エネルギー供給の確保、終わりの見えない戦争の終結、ブッシュ(子)政権以降の新保守主義者が進めてきた「民主化輸出」や国家建設の試みからの撤退、イスラエルの生存確保、テロ温床化の防止が柱となる。一方、今世紀半ばには世界人口の4分の1を占めると見込まれるアフリカについて、トランプ文書が割いたのはわずか半ページにすぎず、これまでの援助や貧困削減を中心とした対アフリカ政策を終わらせると宣言している。
今後、トランプ氏の議題にアフリカが浮上するとすれば、それは利益を生む投資や貿易の機会がある場合、あるいは深刻な武力衝突の危機が生じ、トランプ氏自らが仲介に乗り出す必要が生じた時に限られるだろう。
トランプ文書を読み込むと、これまで具体的な政策運用の中から「トランプ流」として帰納的に語られてきた米国外交の特徴が、明確に言語化・体系化されたことが分かる。以下では、とりわけ台湾の立場や両岸関係と密接に関わるポイントを整理する。
文書は、過去の米国における民主・共和両党の外交エリートを厳しく批判する。彼らは「同盟国やパートナーが自国の防衛コストを米国民に転嫁することを許し、ときにはそれらの国にとっては死活的だが、米国にとっては周縁的、あるいは無関係ですらある紛争や対立に、米国を引きずり込んできた」と断じている。
今後、トランプ政権は同盟国やパートナーからの要請をより厳格に精査し、米国を武力衝突に巻き込みかねないあらゆる事態について、対外軍事介入のはるかに高いハードルを設ける方針だ。
この方針は、「多様な利益を抱える米国にとって、完全な不干渉主義は現実的ではない。しかし、(対外介入という)原則は、いかなる干渉が正当化されるのかを判断するための、高い基準を設けるべきだ」という考え方を前提としている。
B.イデオロギーではなく、米国の経済発展を国家安全保障の中核に据える
文書は、「米国経済は米国的生活様式の基盤であり、広範で持続的な繁栄と上昇の機会を生み、努力を報いる存在だ。同時に、米国経済は世界的地位と軍事力の根幹でもある」と位置づけ、経済安全保障こそが国家安全保障の根本である、という認識を明確にしている。
このため、米国の国家安全保障政策は、エネルギー分野での世界的主導権の確保を最優先課題に掲げる。石油、天然ガス、石炭、原子力における優位性を回復し、重要なエネルギー関連部品を国内に回帰させることが「最高度の戦略的優先事項」とされている。
同じ文脈で、気候変動理論の否定や脱炭素・ネットゼロ路線への拒否も説明され、こうした政策は「欧州を傷つけ、米国を脅かし、結果的に米国の競争相手を利する政策だ」と位置づけられている。
第1期トランプ政権の国家安全保障戦略では、中国とロシアは「修正主義国家」と並列され、中国が米国とグローバル秩序の主導権を競うことへの警戒が示されていた。しかし、2025年版では、対中抑止の表向きの目的が、より経済的理由に重心を移している。
例えば、文書は名指しを避けつつ、中国が「低コスト」の対外援助によって西半球での米国の影響力を削ごうとしていると指摘し、米国はそうした「低コスト外援」の背後にある「浸透」「サイバーリスク」「債務の罠」などの隠れたコストを、より積極的に暴いていくとする。
また、米国が「自国の経済と国民を守る」ために終わらせるべき外国の行為として、主に中国を念頭に置いた項目を列挙している。具体的には、国家主導の補助金・産業政策、不公正な貿易慣行、大規模な知的財産侵害・産業スパイ、重要鉱物やレアアースを含む供給網への脅威、フェンタニル前駆物質の輸出、さらには宣伝や影響力工作といった文化的浸透が挙げられている。
これらの項目のうち、最後の文化的な浸透を除くすべては、すでにトランプ政権と中国政府の交渉の場で繰り返し俎上に載せられてきたテーマである。
同時に文書は、「大国が規模、富、力によってより大きな影響力を持つことは、国際関係における不変の現実だ」とも認めている。
トランプ政権下の米国は、世界支配を追求しない一方で、他国が全球的あるいは地域的覇権を確立することは阻止するとする。しかし、そのために「すべての大国や中堅国の影響力を抑え込むため、血と財を浪費することはしない」と明記している。
この考え方のもと、異なる体制を持つ大国と関係を築くことは偽善ではなく、トランプ氏の提唱する「柔軟な現実主義(Flexible Realism)」に合致すると説明される。米国は、実現可能で追求に値する目標に基づき、平和的な商業関係と良好な関係を求めるのであって、相手国に民主化や伝統・歴史と相容れない社会変革を強制するものではない。
理念を共有する友好国に規範順守を求めつつ、制度や社会が異なる国々とも良好な関係を維持することは矛盾しない。
ここには、米国例外主義の二面性が鮮明に表れている。米国は中露と関係を築き利益を得ることにためらいはないが、同時に中露と対峙する小規模な同盟国を支援することも否定しない。
ただし、そこには不言実行の前提条件がある。一、その対抗姿勢が、米国製兵器の購入や米国の雇用・製造業の利益に資すること。二、米国の同意や準備なしに、「あなた方(同盟国)の戦争であって、米国の戦争ではない」局面に米国を急に引きずり込まないこと。
文書では、米本土と西半球に続き、次の重点地域として、次の世界経済成長のエンジンであるインド太平洋が位置づけられている。
トランプ政権がインド太平洋の「自由で開かれた」状態を維持しようとする理由は、この文書でより率直に説明されている。それは、「重要な海上航路の航行の自由を確保する」ことと、「安全で信頼できる供給網と、重要原材料へのアクセス能力を維持する」ためだ。
台湾の地政学的重要性も、この経済的ロジックの下に置かれている。文書が示す台湾重視の核心的理由は、もはや「台湾をテコに中国大陸を牽制する」ことや、「台湾の存続を通じて中国本土の平和的変革を待つ」ことではない。 最も重要な目標として、以下の3点が挙げられている: 一、台 湾が半導体生産で主導的な地位を占めていること。 二、台湾が第二列島線の要衝として、東北アジアと東南アジアを二つの独立した戦区に分ける戦略的位置にあること。三、世界の海上輸送の約3分の1が南シナ海を通過する以上、台湾問題が米国経済に重大な影響を及ぼし得ること。
上述のようなきわめて「実利重視」の理由こそが、台湾の人々が期待しがちな価値論や理念ではなく、米国が台湾での衝突を阻止すること、すなわち「圧倒的な軍事的優位による抑止」を最優先課題に据える根拠となっている。
台湾海峡の現状を管理可能な状態に保ち、急激な変化を避け、台湾が「奪取」される事態を防ぐため、米国は台海の現状を変更しようとするいかなる試みにも支持を与えない立場を取る。
とはいえ、文書が明記しているように、この任務は「米軍だけで担うことはできず、また担うべきでもない」。第一列島線に位置するすべての同盟国・パートナーが、防衛費の増額という形で応分の負担を果たし、さらに米軍が港湾や施設をより広範に使用できるようにすることが前提とされている。
ところが、ここには将来の火種となり得る問題も潜んでいる。第一列島線上の他の主体、例えば日本、韓国、フィリピンの場合、米軍による港湾や基地、施設の使用拡大は、既存の二国間防衛条約という枠組みによって裏付けられている。 一方で、次の段階として台湾の施設利用が求められた場合、台湾はどのように対応し、その要求が両岸関係や軍事的対峙に即座にもたらす現実的コストと、いかに折り合いをつけるのかという難題に直面する。
さらに、仮に米国が台湾に対してこの要求を行えば、実質的に米軍の艦船や航空機が台湾に出入り・寄港する状況が再現されることになり、それは米中関係を大きく揺るがし、再び深刻な緊張や断絶の瀬戸際に追い込む可能性が高い。
ただし、その最後の一文は、暗に「もしそれができなければ」という逆のシナリオも示唆している。すなわち、責任分担や作戦調整が実現しなければ、進取的な側が米国に不利な力の均衡を形成し、最終的には「この島を防衛することが不可能になる」事態もあり得るという含意である。
総じて言えば、この文書は「台湾見捨て論」を宣言するものでも、融和主義を説くものでもない。しかし同時に、トランプ政権が西太平洋における攻守の力関係が変化しつつある現実を認めていることは明白だ。 米国は、中国との対峙における自己評価を、かつての「包囲し、圧迫し、最終的に打ち勝つ」という発想から、インド太平洋の海空交通路の現状維持、同盟の連携による対抗、そして台湾が「奪取」されない状態を保つことへと移している。少なくとも、文書上はそう示されている。
この文書の公表後、米国防長官ヘグセス氏は12月6日、カリフォルニアで開かれた「レーガン国防フォーラム」で演説し、トランプ時代の戦略思考を補足した。「冷戦後に出現した単極体制は、すでに終わった」というのである。
米国は、海外への国力を無期限に投射することを再び求めず、血税を費やして維持すべき核心的利益や重大利益を、過度に広く定義することを望まない。
中国に対する態度について、トランプ氏の現在の外交戦略を決定する小規模な側近グループの一員と見なされる(他のメンバーには、副大統領のJ・D・ヴァンス氏、国務長官兼国安顧問のルビオ氏、中東問題特使のウィトコフ氏、長女婿のクシュナー氏、およびホワイトハウス首席補佐官のスーザン・ワイルズ氏らを含む)ヘグセス氏は、10月下旬の釜山会合での論調を繰り返し、トランプ政権下では北京との関係が「より良く、より強健」になり、米国が中国に望むものは「安定、平和、公正な貿易、そしてお互いに対する尊重のある関係」だと述べている。
しかしながら、ヘグセス氏が中国の軍事拡張を「迅速、強力、かつ包括的」と称しながらも、彼はまた「米国は中国を支配する意図もないし、その発展を制約する意図もない」と強調する。米国が追求するのは勢力のバランスであり、支配ではない。「我々の目標は、中国が米国やその同盟国を圧倒する能力を確保できないようにすることだ」。
すべての文書は、順守を命じられた者にとっては行動の指南針であり必要な指導となるが、それを発布し命令を下す者にとっては、ただその時点の心境と判断の注釈であり、自身の主観的な願望の投射にすぎない。
必要な時が来れば、国家機関の実行階層は文書の枠組みや精神に拘束されるかもしれない。しかし、意思決定層は手のひらを雲に変え、手のひらを雨に変える自由な空間を断じて失うわけではない。
特に、物語を再構築する大王トランプ氏本人が現れる場合、彼のチームは文書の中で、トランプ政権が経験する可能性のあるあらゆる戦略関係の転換、伝統的な原則からの逸脱、従来の同盟国への裏切りの可能性、多国間枠組みへの非難について、あらかじめ完全な弁解と説明を用意してきた。
トランプ大統領の外交政策は、実務的であるが「実用主義」ではない。現実感を持っているが、「現実主義」ではない。原則主義を持っているが、「理想主義」ではない。雄大であるが、「タカ派」ではない。抑制的であるが、「ハト派」ではない。
「それは伝統的な政治イデオロギーに基づいておらず、『米国にとって有益である』ことを最高基準とする。二文字で言えば、『アメリカ・ファースト』である」。
*著者はメディア関係者。本文は筆者のSNS投稿をもとに、許諾を得て転載した。
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