台湾・台北市で先日、再び「介護殺人」とされる事件が起きた。八十代の母親は、重度障害で長年寝たきりの息子を50年にわたり自宅で介護してきたが、2023年に自身が感染症を患い、もし自分が先に亡くなれば介護を担う人がいないと考え、息子を殺害したとされる。
台湾の殺人罪は最低刑が懲役10年で、裁判所は自首や情状酌量を最大限に考慮したものの、判決は懲役2年6カ月にとどまらなかった。執行猶予には2年以下が必要であり、裁判官は判決文に「国家元首による恩赦(台湾の制度)の検討を望む」と特記した。しかし、恩赦が適用されるかは不透明で、議論は個別事件か、あるいは長年の介護負担に苦しむ家族全体の問題なのかという論点にも広がっている。
精神科医の沈政男氏によれば、司法統計では過去25件の介護殺人の平均刑期は4年10カ月、最長は19年に達した。今年5月の台南市・帰仁地区の事件では懲役20年の判決もあった。
沈氏は「今日に至っても、すべての裁判官が介護殺人の特殊性を十分に理解しているわけではない」と指摘する。数十年にわたり親の介護を続け、仕事や家庭を犠牲にし、介護者本人も被介護者も深刻な苦痛に直面する中で事件に至るケースもある。しかし台湾法では、被害者が直系尊属である場合、刑が「2分の1加重」される。情状酌量で「2分の1減刑」されても、結局は元の水準に戻り、執行猶予を得ることは難しいままだ。
日本は加重規定を違憲と判断 沈氏は比較対象として日本の司法制度を挙げる。日本では介護殺人への理解が進み、執行猶予の対象を「懲役3年以下」へ拡大したほか、1995年には直系尊属殺害の加重規定が違憲とされ、最終的に廃止された。
そうでなければ、介護の対象が直系尊属であるだけで刑が1.5倍となり、情状酌量で半分に減らしても結局は元と変わらず、猶予を得られないという状況が続いていたはずだ。
直系尊属を殺害した場合の量刑を一般の殺人と同じにすべきかどうかは、司法関係者や市民の間でも意見が分かれる。沈氏は「直系尊属殺害は『加重できる』とする裁量規定に改めれば、裁判官は事情をより柔軟に判断し、必ずしも加重しなくてよいケースも認められる」と提案する。
精神科医の沈政男氏は、現在も全ての裁判官が「介護殺人」の特殊性を十分に理解しているわけではないと話す。(写真/顏麟宇撮影)
沈氏は今回の事件について、判決文の一文に注目する。裁判官は「刑を執行しなければ、他の介護者が同様の行為に及ぶ恐れがある」と記していた。
沈氏は「これは一部の裁判官が、介護殺人をなお『故意で許しがたい行為』とみなしている可能性を示す」と述べ、介護負担により追い詰められた行為であっても、司法側が抑止を重視し厳罰に傾く状況が続いていると指摘した。
日韓では介護者の精神状態を鑑定する運用が定着 桃園療養院の李俊宏副院長は、臨床経験として「脳性まひの家族を介護する人は、抑うつ状態を抱える割合が決して低くない」と指摘する。本件でも、母親が当時新型コロナ感染症を患っていた点を踏まえ、認知機能や感情面への影響を評価する必要があると話す。責任能力の判断に直結しなくとも、量刑に影響し得る重要な要素だという。
日本や韓国の「介護殺人」では、いずれも介護者のうつ症状、極度の疲弊、長期の介護による衝動コントロールの低下が鑑定対象となる。ドイツでも長期介護に伴う「ケア崩壊」が責任能力に影響したかどうかを審査し、過程で生じた負荷や消耗度を丁寧に評価する。
桃園療養院の李俊宏副院長は、臨床現場では脳性まひの家族を介護する人に「抑うつ症状がみられるケースが少なくない」と指摘する。(写真/衛生福利部桃園療養院フェイスブックより)
李氏は「本件で執行猶予が認められなかったのは、刑期が2年を上回ったためで、基準が『懲役3年以下』の日本であれば猶予の可能性があった」と説明する。日本は高齢化が進む中で同種事案が増え、制度面での議論と調整が重ねられてきた経緯があり、台湾も参考にすべきだと述べた。
多くの国では、執行猶予に各種命令が付される。保護観察官への定期報告、心理治療の受療、ストレスケアや家庭介護の学習プログラムへの参加、ソーシャルワーカーによる訪問、家庭内の衝突調整など、地域社会が継続支援する仕組みが組み込まれている。
李氏は「命が助かった後、支える体制がなければ、介護者自身が自殺に追い込まれるリスクもある」と強調した。
介護殺人は長期ケア政策の失敗の表れ 台湾で基準を緩和するには法改正が必要で、同時に地域の矯正・支援体制を整備しなければ制度が機能しない。市民も「長期介護の悲劇でも猶予はあり得る」という認識を持つ必要がある。
沈政男氏も台湾は速やかに法改正に踏み切るべきだと訴える。さらに「介護殺人が起きるのは、長照制度が十分に機能していない証拠だ」と述べ、本件においても、もし外国人介護人材による支援があれば母親の負担は軽減され、事態は防げた可能性があると指摘した。だが現状、政府の長期介護 制度は外国人介護人材を十分に組み込めていない。
台北市立聯合医院中興院区の姜冠宇主治医は「長期介護 の悲劇の核心は『介護者が未来を見通せないこと』だ」と語る。重度障害の子どもを育てる家庭では、気候変動などで被介護者の体調が崩れると介護者の負担は急激に増すという。
台北市立聯合医院中興院区の姜冠宇医師は、長期介護の悲劇の核心は「介護者が未来を描けないこと」にあると語る(写真/顏麟宇撮影)
注目されるのは来年施行予定の「長照(長期ケア) 3.0」だ。財政基盤の強化に加え、サービスを切れ目なく連携させる仕組みを構築するもので、従来の「利用者中心」の医療とは異なり、「介護者中心」の発想を取り入れることが特徴だ。
2070年、台湾の介護人材は900万人減少へ 姜氏は、台湾が現在のように訪問介護を多く採用する方式は、日本で失敗が多かったモデルでもあると指摘する。専門職が分散し、移動に伴う負荷も大きいためだ。一方、日本で比較的成功したのは「施設型」モデルで、資源が集約されることで介護者の負担軽減と家族の経済的安定が両立しやすくなるという。
台湾がこの方向へ進むには時間との競争になる。2070年には国内の介護人材が現在より900万人減少し、65歳以上の人口は400万人台から700万人超へ急増すると予測される。その時点で十分な制度がなければ、富裕層以外は誰しも今回の母親と同じ状況に追い込まれる可能性があると警鐘を鳴らした。
李氏は、台湾でも韓国の「緊急介護」や「短期介護(レスパイト)」の枠組みを拡充し、介護者の負担を下げる仕組みを整えるべきだと話す。ただ、家庭によっては「外部の介入を拒む孤島」のようなケースもあり、支援が届きにくいことがある。 施設に預ければ自身の負担が軽くなると分かっていても、罪悪感や迷いから踏み切れない家族も多い。李氏は「人は追い詰められた瞬間、自分が何をしてしまうか分からない」と語る。
こうした事案は台湾だけでなく、各国でも繰り返し発生している。長期ケア制度の見直しは不可欠だが、司法制度もまた、要件判断、量刑基準、鑑定内容、猶予の基準など、包括的な調整が求められる。
李氏は「単独の事件ごとに国家元首の恩赦に頼るわけにはいかない。もし全件を恩赦で対応するなら、元首は一日中恩赦印を押すだけになってしまう」と苦言を呈した。