アメリカのトランプ大統領は9月2日、麻薬やベネズエラのギャング「アラグア列車団(Tren de Aragu)」のメンバーが乗船しているとされる船を軍に撃沈するよう命じ、「これは始まりに過ぎない」と宣言した。公式映像はテレビニュースで大々的に報じられた。英経済誌『エコノミスト』は、トランプの強硬な反麻薬措置が国際法や手続きの正義、人権に関する論争を呼び、アメリカ大陸での地政学的リスクを高めていると指摘している。
「疑わしき麻薬船」爆破で11人死亡
トランプ氏はこの日、「さらなる行動が続く」と強調し、麻薬や「麻薬テロリスト」を乗せた船が軍によって爆沈され、船上の11人が即死したと主張した。公式映像は各局のニュースで繰り返し放映され、その後トランプ氏は自身のソーシャルメディア「Truth Social」にて、「これを警告として受け止め、アメリカに麻薬を持ち込もうとする者はその結果に責任を負うべきだ」と投稿した。
『エコノミスト』は、トランプ氏の行動は政治的に巧妙なパフォーマンスであると分析している。アメリカ国内では麻薬カルテルが非難の的であり、2024年だけで薬物乱用による死亡者は8万人を超える。しかし、疑わしい麻薬船を破壊することが本当に死者数の減少につながるのかは疑問である。また、トランプ氏が「テロリスト処刑」と同様の手段を麻薬組織に適用できるかも法的には不明確だ。
麻薬カルテル=テロリスト?
歴代アメリカ大統領は、テロリストへの軍事攻撃を行った前例がある。オバマ政権下では、パキスタン、ソマリア、イエメンなどで563回の精密攻撃が実施され、市民800人以上が死亡した。しかしこれらには法的根拠があり、2001年の911事件を受け、議会はアルカイダへの軍事行動を承認していた。
『エコノミスト』によれば、トランプ氏はこの論理を麻薬問題に拡張し、麻薬カルテルを「テロリスト」と呼んでいる。しかし、アルカイダやISISとは異なり、麻薬カルテルは商業目的で殺人を行うもので、政治目的を追求していない。トランプ氏は「アラグア列車団」がベネズエラ政府の指示でアメリカに侵入していると主張するが、これを裏付ける証拠はなく、アメリカ控訴裁判所も9月2日にその主張を退けた。
世論調査では、アメリカ有権者の多くは「麻薬カルテル=テロリスト」という等式に賛意を示す。しかし、この「恣意的な定義」による行動は現実世界で重大な影響を及ぼしている。撃沈された船の11人は、手続きの正義を無視した「法の外の処刑」と同等だ。
通常、国際水域で麻薬を運ぶ船がアメリカに向かう場合は、まず停船させ検査を行い、海軍と麻薬取締局が協力して取り締まる。その後、発見された麻薬については法的手続きに従って起訴・裁判が行われる。誤情報があれば無実の人命を守ることも可能だ。しかしトランプ氏はこうした司法手続きを飛ばし、直接軍事力を行使した。


さらにトランプ氏は3月、ベネズエラからの移民200人超を「アラグア列車団のメンバー」と断定し、十分な証拠なくエルサルバドルに追放、米国最大の監獄「対テロ拘禁センター(CECOT)」に収監した。解放された者によると、監獄内では看守による暴力、性暴力、精神的虐待が常態化していたという。人権団体は、この措置が不法拘禁や拷問に当たる可能性を警告している。

麻薬撲滅に「私刑の抑止」が効果的か?
トランプ氏は武力行使によって麻薬密輸を抑止できると期待するが、供給圧縮により麻薬価格が上昇し、新たな供給を誘発する恐れがある。さらにフェンタニルのような合成麻薬は既に国内で製造可能であり、ミサイル攻撃で薬物乱用による死亡を減らせる保証はない。むしろ2024年に採用された穏健な減害策(ナルカン投与、依存症治療、教育、地域介入など)」の方が死亡者を大幅に減らしている。
アメリカのシンクタンク「カトー研究所」の研究者バク氏は、麻薬カルテルをテロリスト扱いすることで、麻薬戦争のさらなる軍事化の余地を生むだけだと指摘する。トランプ氏は国際水域での攻撃に満足せず、ラテンアメリカの陸上にまで軍事行動を拡大する可能性がある。
もしメキシコ政府の反対を押し切って行動すれば、米墨関係に深刻な亀裂を生む恐れがある。ベネズエラのマドゥロ大統領は、カリブ海での米海軍集結を「我々の大陸に対する百年来の最大の脅威」と主張しているが、明らかに誇張表現である。今後の情勢は引き続き注視が必要だ。
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