2年に及ぶ戦争の末、イスラエルとハマスは10月12日、人質と囚人の交換に成功し、ドナルド・トランプ米大統領が推進してきた「ガザ和平計画」の第1段階が完了した。トランプ氏は翌13日、イスラエル国会で演説し、これを「新しい中東の歴史的夜明け」と称賛。さらに議場で「彼に恩赦を!」と叫び、汚職裁判と国家安全保障上の責任追及に直面するベンヤミン・ネタニヤフ首相に、政治的な命綱を投げかけた。
英紙《フィナンシャル・タイムズ(FT)》は分析で、ネタニヤフ氏が自らの政治生命を「トランプ氏が生み出した和平の紅利」に賭けていると指摘。地域の和解という成果を利用して、国内で高まる政治的責任追及から逃れようとしていると論じた。しかし、ガザ和平計画の第2段階――恒久的停戦、ハマスの武装解除、イスラエル軍のガザ撤退、そして国際安定部隊の配備――および「二国家解決」構想は、依然としてネタニヤフ政権を揺るがす「時限爆弾」になり得るとしている。
人質交換が実現 トランプ氏は拍手喝采を浴び「外交の覇者」に
2年間続いたガザ戦争がついに停戦へ向かい始めた。ハマスに拘束されていた最後の20人のイスラエル人人質(いずれも20~40代の男性)と24人の遺体が帰還。一方、イスラエル側も刑務所に収監されていた約2,000人のパレスチナ人囚人を釈放した。その中には終身刑を受けた250人も含まれている。
この大規模な人質交換は13日に実施され、イスラエルとパレスチナ双方で歓喜の声が上がった。トランプ氏はその勢いを借りてイスラエルとエジプトを電撃訪問し、自身の外交上最大の成果として高らかにアピールした。
「新中東の歴史的夜明け」 イランにも和平の可能性を言及
トランプ氏は13日、イスラエル国会で演説し、拍手に包まれながら戦後のビジョンを語った。「ガザ停戦は『新中東の歴史的夜明け』だ。イスラエルと近隣諸国の壮大な調和と持続的な平和の始まりである」と述べた。さらに「数十年にわたりこの地域を覆ってきた混乱、テロ、破壊の勢力は、いまや弱体化し、孤立し、完全に敗北した。今こそテロとの戦いの勝利を、中東全体の平和と繁栄の最終的な報酬へと転化すべき時だ」と強調。また、長年の宿敵であるイランにも言及し、「テヘランとの和平合意が実現すれば、それは良いことだ」と語った。
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その後、トランプ氏は仲介国の一つであるエジプトに向かい、シャルム・エル・シェイクで開催された「ガザ和平サミット」を主宰した。会議にはトランプ氏、エジプトとトルコの大統領、そしてカタールの首長(エミール)が出席し、ガザ和平に関する合意文書に署名した。エジプトのアブドルファッターフ・アッ=シーシー大統領は、トランプ氏の調停努力に謝意を示し、「この合意は地域の平和実現に向けた最後の希望だ」と述べた。また「二国家解決こそが平和を定着させる唯一の道であり、パレスチナ人にはイスラエル人と共存する独立国家で生きる権利がある」と訴えた。
「彼に恩赦を!」 ネタニヤフ氏に救いの手を差し伸べたトランプ氏
外交的勝利の熱気の中で、もう一人の主役となったのがネタニヤフ氏だった。トランプ氏はイスラエル国会演説の終盤で、「彼に恩赦を!」(Give him a pardon.)と叫び、傍聴席をどよめかせた。さらに「私はこの男が好きだ。彼は史上最も偉大な戦時の指導者の一人だ」と持ち上げ、ネタニヤフ氏に向かって「あなたはとても人気者だ。なぜか? 勝ち方を知っているからだ」と語りかけた。
『フィナンシャル・タイムズ』分析 「和平紅利」は政治的逆転劇か、それとも政権の地雷か
『フィナンシャル・タイムズ』は、ネタニヤフ氏にとってこの「トランプ和平計画」の実現は「政治的逆転劇」に等しいと分析する。2023年10月7日のハマス襲撃事件は、ホロコースト以来ユダヤ人にとって最も惨劇的な一日となり、ネタニヤフ氏はこの事件への責任を2年間にわたり回避してきた。ネタニヤフ氏の元側近は「世界で最も影響力のある男(トランプ)が公にネタニヤフを称賛するとは、ほとんど信じられない」と語っている。
イスラエル民主主義研究所(Israel Democracy Institute)が9月に実施した世論調査では、45%のイスラエル国民が「ネタニヤフ氏は2023年10月7日の襲撃の責任を取り、即時辞任すべき」と回答。さらに19%が「戦争終了後に辞任すべき」と答えた。
それでもネタニヤフ氏は政権を維持している。批判者は、彼が自身の政治的利益のために汚職裁判を引き延ばし、戦争を長期化させたと非難。一部のイスラエル政治アナリストは、この和平合意が「驚異的な生命力」を持つネタニヤフ氏のしぶとさを象徴していると指摘し、来年予定される総選挙まで政権を固める時間を稼いだと分析している。
現在、ネタニヤフ氏はトランプ氏の人気という“光の輪”の中に身を置き、国家安全保障や汚職疑惑に関する責任追及の焦点をそらし、自らの外交的成果を強調している。
ネタニヤフ首相、政権延命の「時間稼ぎ戦術」
実際、過去のイスラエル政界では、ゴルダ・メイア元首相やメナヘム・ベギン元首相などが、大規模な安全保障上の失態を受けて辞任や退陣に追い込まれてきた。しかし、ベンヤミン・ネタニヤフ首相は依然として権力の座にとどまり続けている。彼は2023年10月7日のハマス襲撃の責任を安全保障トップに転嫁し、彼らを辞任または解任に追い込んだ。
一方で、極右連立パートナーを懐柔し、支持を確保してガザでの戦争を継続。ついにはドナルド・トランプ米大統領が業を煮やし、公開の場で停戦を求めるよう圧力をかけるまでに至った。ネタニヤフ氏は今や国内外で批判の的となり、戦争犯罪容疑で逮捕状を請求される可能性もある。その結果、イスラエルは国際社会の中でますます孤立を深めている。
「目的は時間を稼ぐこと」 イスラエル記者が分析
イスラエルのベテラン記者タル・シュナイダー氏は、ネタニヤフ氏の戦略を「時間稼ぎ」だと指摘する。「彼は10月7日の出来事をできるだけ遠ざけ、国民が忘れるのを待ちながら、次の選挙までにより多くの実績を積み上げようとしている」と分析する。
現在、ネタニヤフ氏の政治的勢いは強い。彼はトランプ氏の「終戦」路線に柔軟に歩調を合わせ、ハマスへの軍事的打撃と人質解放を実現。さらに、モーリタニア、サウジアラビア、インドネシアなど複数のイスラム諸国との新たな和平合意を約束し、国民の支持を再び引き寄せている。
国会演説では『伝道の書』3章1〜8節を引用し、「天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。(To everything there is a season, and a time for every matter under heaven.)」と述べた上で、「過去2年間は戦争の時だった。これからの数年は平和の時であり、イスラエルの内外でその平和を実現したい」と語った。
ガザ和平の「第2段階」は政権の試練に 《フィナンシャル・タイムズ》「二国家解決」が最大の不安要素
《フィナンシャル・タイムズ》は分析で、ガザ和平計画がネタニヤフ政権にとって新たな政治的試練となる可能性を指摘している。トランプ氏が9月に発表した「ガザ20項目和平計画」では、第1段階(停戦と人質交換)は成功したが、第2段階が最大の難関となる。それは、恒久停戦の実現、ハマスの武装解除、イスラエル軍のガザ撤退、そして国際安定部隊の派遣を含むものだ。
外交官らは、イスラエルとハマスの立場の隔たりがあまりに大きく、第2段階の実現は「極めて困難」とみている。米シンクタンク「ランド研究所(RAND Corporation)」のイスラエル駐在上級研究員シーラ・エフロン氏は、今後の不安要素として、「ハマスが武装解除を拒否する可能性」「トランプ政権による戦後秩序の青写真が欠如していること」などを挙げた。
エフロン氏は、今後数年間は「混乱の中で何とかやり過ごす(muddle through)」状態が続くだろうと予測する。すなわち、新たな暫定統治評議会が設立される一方で、ハマスが依然として行政サービスを提供し、イスラエル軍が破壊されたガザ地区に駐留し続けるという形だ。
トランプの「新中東」構想との乖離 ネタニヤフの盟友にも亀裂
こうした現実は、トランプ氏が掲げる「新しい中東の夜明け」というビジョンや、ネタニヤフ氏が極右連立の支持者に約束した「ハマスの完全壊滅」という公約とは大きくかけ離れている。ネタニヤフ氏は長年にわたり「二国家解決」へのいかなる動きにも反対しており、それがサウジアラビアなどイスラム諸国との国交正常化を妨げる最大の障害となっている。
イスラエル政府の内部事情に詳しい関係者によると、トランプ氏が13日にエジプト・シャルム・エル・シェイクで開催した和平サミットには、ネタニヤフ氏は姿を見せなかった。その理由は、トランプ氏がパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長との会談をネタニヤフ氏に促したという報道が事前に流れたためで、ネタニヤフ氏にとってそれは「到底受け入れがたい提案」だったという。
「ガザ和平第2段階の細部が鍵」 元側近「政権を転覆させる可能性も」
ネタニヤフ氏の元側近はこう語る。「ガザ和平合意の第2段階の詳細こそが、イスラエル政府を揺るがす最大の要素だ。場合によっては政権を転覆させることにもなり得る。」ネタニヤフ氏は今、最強の政治カードである“トランプ”を手にしているが、イスラエルとパレスチナの和解をめぐる「細部」は、いつ爆発してもおかしくない“時限爆弾”のように、彼自身の政治生命を脅かしている。