高雄港では、積み木のように積まれたコンテナの間をガントリークレーンが秋の日差しの下でゆっくり行き交う。台湾経済の底力と世界のサプライチェーンとの強い結びつきを象徴する光景だ。だが、そのにぎわいの裏で、台湾の通商外交はかつてない難所に差し掛かっている。複数の政府高官や関係者が『日経アジア』に明かしたところによると、台湾が近年進めてきたグローバルな通商パートナー拡大策は足踏み状態で、各国の反応は鈍い。中国の強い圧力の下、国際的な孤立から脱しようとする台北の苦闘が浮き彫りになっている。
日経の12日付報道によれば、台北は長年にわたり、豪州との通商協定や特定産業協議、カナダとの経済協力枠組み、日本との包括的経済パートナーシップ、ニュージーランドとの改定版協定や産業別協議を働きかけてきた。さらに東南アジアの主要4経済とも、経済協力や投資協定の締結を模索。しかし、複数の政府高官を含む消息筋は「多くの国の反応は極めて冷淡だ」と打ち明ける。
実質的な前進が見えない現状は、賴清徳政権にとって痛手だ。蔡英文前総統期に積み上げた枠組みをてこに、さらなる通商関係の前進で北京の経済圧力に対抗し、国交なき不利を乗り越える――これが賴政権の狙いだった。中国は一貫して台湾を自国の一部と主張し、輸入禁止など商業的手段で台北に圧力をかけている。
行き詰まりの背景には、国際秩序の急変がある。米国ではドナルド・トランプ氏の政権復帰に伴う関税障壁や予測不能性が増し、一方で中国の対外影響力も強まった。関係者は「各国がトランプ氏が持ち込んだ通商上の不確実性の中で対話し合意形成を進めるなか、台湾は輪に入れてもらえなかった」と嘆く。
「煮えたアヒル」はなぜ飛んだのか――カナダの迷い
とりわけ冷ややかな向かい風はカナダからだ。複数の消息筋によると、カナダは数カ月前に交渉を終えたはずの協定への署名を先送りにしている。皮肉にも、マーク・カーニー首相はアジア重視へ舵を切り、トランプ氏との摩擦を和らげる努力を続ける一方で、直近ではインドネシアとの「ゲームチェンジャー」と銘打つ新協定を華々しく発表したばかりだ。
別の関係者は、台加の通商交渉はカナダの4月総選挙前に既に決着していたと証言する。しかしカーニー政権は署名に踏み切らず、台湾側では土壇場での撤回を懸念する声が高まっている。カナダ外務省(グローバル・アフェアーズ・カナダ)は『日経アジア』に対し、「カナダは『一つの中国』政策に従い、台湾とは非公式ながら重要な経済・民間関係を維持している」とのみ回答。台北にある各国の実質大使館にも取材を試みたが、追加のコメントは得られなかった。
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この遅延に、民進党の陳冠廷・立法委員(立法院外交・国防委員会所属)は強い懸念を示す。「もし日経の調査が正確なら、カナダはただちに台湾との協定に署名すべきだ」。台湾は「責任ある、信頼できるサプライチェーンのパートナーであることを繰り返し証明してきた」としたうえで、「世界の経済安全保障と産業チェーンの安定に重要な役割を果たしている」と強調。今回の協定は二国間の通商発展に資するのみならず、「カナダのインド太平洋戦略の推進にも寄与する」と述べた。
北京の「外交封鎖線」――なぜ通商は投資より敏感なのか
なぜ台湾の通商外交はここまで険しいのか。8月まで駐EUの実質大使を務めた通商専門家の李淳氏は、「『貿易協定』の締結は『投資協定』よりはるかに難しく、台北は“巨大な挑戦”に直面している」と指摘する。背景には、中国がこの分野で事実上の外交的「封鎖線(blockade)」を敷き、各国に圧力をかけている現実がある。
李氏はこう分析する。「台湾と交渉すること自体が主権の行使と見なされがちで、中国は各国に『台湾と主権を行使しているようには見せない方がいい』と牽制する傾向がある」。そして続ける。「これは不合理です。各国は台湾の市民にビザ免除を与える一方、中国の市民にはビザ申請を求めている――これも(実質的な)主権の承認ではないでしょうか」。さらに法理面では、台湾はWTOの正式メンバーであり、各メンバーは相互の約束を補強する目的で貿易協定を結ぶ権利がある、と強調した。
ただ、現実の政治はしばしば理屈を上回る。李氏によれば、トランプ氏が同盟国・敵対国を問わず関税を課したことで、多くの国が一段と慎重になり、「この混乱期に中国との関係で波風は立てたくない」と考えがちになっている。
台湾のシンクタンク「科技・民主・社会研究センター」の易大為氏も同意する。中国が市場の力を政治問題で梃子にし、各国政府を長年脅してきた例として、リトアニアを挙げる。ビリニュスが台湾の実質大使館の名称変更を認めた後、同国企業は中国市場へのアクセスを失ったという。「米国の同盟国である豪州、日本、韓国も、中国への貿易依存から慎重姿勢を崩していません」と易氏。「米国のAI半導体輸出規制の動きでも同様で、内政上の反発や中国の報復を恐れて逡巡する同盟国が少なくない」と述べた。
米国の方針転換と台湾の「居心地の悪さ」
台湾の国際参加は長らく、米国主導のイニシアチブや対話、あるいは多国間枠組みでの米国の後ろ盾に依存してきた。だが、ワシントンの戦略は変わった。易氏は「米国はいま二国間主義を優先し、集団的リーダーシップを退けている。その結果、多くの国が北京を怒らせるリスクを避け、台湾との直接的な関与をためらっている」と分析する。
トランプ政権の関税政策の下、台北も無傷ではいられなかった。20%の関税がかかる品目が出る中、台湾は厳しい折衝を強いられている。輸出の軸足は近年、中国から米国へ移りつつあるが、新たな関税は経済に陰りを落とす。
米商務長官のハワード・ルートニック氏は、台湾の中核産業である半導体について「生産能力の50対50配分」を推奨すると発言。ただ台湾側は説明を受けておらず、同意できない案だとしている。台北はあくまで米国との高度技術の戦略パートナーシップ構築をめざす立場だ。
暗闇の中の微光――「チップ・シールド」と地政学の好機
前途は険しくとも、光は残る。日経は、英国の積極姿勢が一つの範例になり得ると指摘する。2023年に画期的な通商協定を結んで以降、英国は投資、デジタル貿易、エネルギー、ネットゼロなど多分野で台湾との合意を積み増し、その関与の濃度は多くの国を上回る。賴清徳政権も昨年、タイと投資協定を締結。2023年にカナダと署名した投資保護協定(FIPA)の手法を引き継いだ。
東南アジアではフィリピンの前向き姿勢が目立つ。関係者は「ASEANの中でフィリピンは台湾との協力に比較的開放的だ」と明かす。マニラは南シナ海問題で対中対立の渦中にある。「通商協定の正式協議入りには至っていないが、楽観材料はある」という。
そして最大の拠り所は、台湾の代替不可能な技術力だ。李淳氏は、経済安全保障やサプライチェーン強靱化、先端技術育成という世界的潮流は台湾に有利に働くとみる。易氏も「台湾の半導体メーカーが米欧日に展開し、(ドローン)部品などの産業が中欧・東欧で力をつければ、台湾との通商・投資協定の需要は自然に増え、交渉の推進力になり得る」と展望した。