南アフリカ政府が台北代表処の格下げと首都プレトリアからの移転を求めたことを受け、台湾政府は前例のない半導体輸出規制の準備に踏み切った。いわゆる「チップの兵器化」と受け止められたこの措置は、南ア側が協議に応じる意向を示したため一時停止となったが、台北は明確なメッセージを発した――世界の供給網で優位に立つ技術力を、外交上の梃子として用いる可能性を示したということだ。ブルームバーグのアジア政治コラムニスト、カリシュマ・ヴァスヴァニ氏は、台湾は貴重な機会を迎えており、最重要の「チップカード」を活用して国際的地位を固めるべきだと指摘する。
発端は、南ア政府が「中華民国(台湾)駐南アフリカ共和国台北連絡代表処」を格下げし、行政首都プレトリアからの移転を求めたことにある。北京の影響を受けた政治的シグナルと広く受け止められる中、台湾の経済部は今週、南ア向けの複数の半導体製品について輸出許可の審査を導入し、11月下旬に発効させる計画を公表。ヴァスヴァニ氏は、台湾が世界的半導体産業での中核的地位を初めて外交政策のツールとして本格活用しようとしていると分析する。
その後、先週木曜には局面が変化。南ア側が代表処問題で協議に応じる姿勢を見せたことから、台湾外交部は規制の実施停止を発表した。経済面の実害は限定的とみられる。昨年、対象リストに関連する台湾から南アへの輸出は総額で約400万ドルにとどまるためだ。それでも象徴的意義は小さくない。長年「シリコンシールド」を安易に兵器化しない姿勢を保ってきた台湾が、戦略の選択肢を拡げる用意があることを示したためである。
なぜ台湾は「チップカード」を切るのか
ここ数十年、外交の場で経済圧力を梃子としてきたのは主に北京だった。日本へのレアアース輸出停止、リトアニア製品の輸入制限、台湾を国家として扱った多国籍企業への制裁――その手法は度々確認されてきた。対照的に台湾は抑制的だったが、外交空間の縮小が続く中で対応は変化しつつある。台湾アジア交流基金会のポスドク研究員ハシュミ氏は「半導体は台湾が有する最も重要な実力だ。南アへの規制は、各国に対し台湾を軽視してはならないというシグナルとなる」とみる。
ヴァスヴァニ氏は、台湾の自信は世界のハイテク供給網で不可欠な地位に根ざすと指摘する。TSMCだけでも、最先端プロセスの約9割を担い、スマートフォンや自動車、AIサーバーまで現代技術の中枢は大きく台湾に依存する。こうしたサプライチェーンの掌握が、少なくとも現時点では台湾を欠かせないパートナーにしている――それゆえ「盾」を「剣」へと転用するオプションが現実味を帯びてきた、という見立てだ。
中国の「アナコンダ戦略」と台湾の外交的ジレンマ
ヴァスヴァニ氏は今回の事案を、習近平国家主席の対台方針の縮図と位置づける。習氏は「平和統一」を掲げる一方で、武力行使を完全に放棄したわけではない。実際には、軍事行動に先んじて政治・軍事・経済・外交の各面で台湾の活動空間を段階的に削ぐ、いわゆる「アナコンダ戦略」が進行しており、最終的には一発の発砲もなく台湾を屈服させることを狙っているという。