台湾の国慶日(日本の「建国記念の日」に相当する祝祭日)にあたる双十節の演説で、総統の頼清徳氏は「台湾の盾(T-Dome)」の構築を加速させ、多層防御・高度探知・効果的迎撃を備えた厳密な防空体系を整える方針を示した。中国の軍事的圧力が続くなか、台湾はすでに高密度の防空体制を敷く「ミサイルの島」ともいわれる。こうした状況で打ち出したT-Domeとは具体的に何を指すのか。
現在、台湾はパトリオット、天弓、スタンダード、スティンガーなど複数の防空ミサイルを運用しており、ミサイル密度は世界上位に数えられる。では、頼清徳氏が突如掲げた「台湾の盾」はイスラエルの「アイアンドーム」とどこが異なるのか。新たにミサイル体系を開発する構想なのか、それとも別の取り組みなのかが焦点となる。
台湾・頼清徳総統(写真)。「台湾の盾」は新型兵器の開発か、統合による運用高度化かが焦点となる。(写真/顏麟宇撮影)
台湾の盾を構築――「網」で捉える統合防空の発想 関係者によれば、頼清徳氏のいうT-Domeは、個々の装備を束ねるシステム統合の発想に立つ。センサーから射撃部隊までを一体化し、たとえばパトリオットのレーダーが捕捉した目標でも、常にパトリオットで対処するとは限らず、状況に応じて天弓で迎撃する――といった柔軟な割り当てを可能にする“網状”の全体防空である。
空間的な層構造でも、射程約10キロ規模の近接野戦防空(例:スティンガー)から、中空・高空・超高空まで段階的に迎撃層を重ねる。標的も戦闘機、各種ミサイル、無人機などを区分し、それぞれに最適な手段を当てる。すなわち、体制統合・層状迎撃・目標区分の三つの観点で、綿密かつ完結した防空網を形成する構想だ。
構築では層の異なる防空を組み合わせる。近距離の野戦防空としてスティンガー(写真)なども考慮される。(写真/国防部提供)
防空密度は高水準――「各個撃ち」をどう束ねるか 軍関係者は、T-Domeが単独の新システムを指すのではなく、既存の防空網を統合運用する計画だと説明する。今後は国産・対外調達のいずれのミサイルであっても統合に取り込む必要がある。
もっとも、防空密度は高い一方、異なる技術体系――国産と米国製など――を橋渡しする統合は容易ではない。さらに台湾は低空・中空の装備は厚いが、高空・超高空の分野は一段の拡充が課題となる。全体で共通の状況図(共通の“絵”)を共有できなければ、何が来ているのかを的確に識別し、どの兵器で対処するかの判断が遅れる恐れがある。難易度は高いが、AIの進展は統合精度の向上に資する、との見方がある。
「台湾の盾」は新規システムの新造ではなく、既存の防空網を統合する発想が中核とされる。写真は強弓ミサイル。(写真/顏麟宇撮影)
アイアンドームは有名だが――T-Domeの位置づけは イスラエルの防空は「アイアンドーム」「ダビデスリング」「アロー」の三本柱で構成され、なかでもアイアンドームは射程4~70キロの短距離ロケット弾や砲弾・迫撃弾に強みを持つ。三体系の連携で高密度の迎撃網を形成し、米軍が信号提供で支援する場合もある。では台湾はどうか。
イスラエルの体系を目安に照らすと、射程はアイアンドームが約70キロ、ダビデスリング が約300キロ、アローが約2400キロ。迎撃高度はそれぞれ概ね10キロ、15キロ、100キロとされる。台湾は、こうした「名指しの三層」というより、島嶼の地理と脅威像に合わせた層の織り上げと、指揮統制・センサー・射手のネットワーク化に重点を置く点が特徴となる。
短距離ロケット弾や砲迫弾に対応する「アイアンドーム」。射程は概ね4~70キロとされる。(写真/AP通信)
迎撃高度は低空から高空まで パトリオットと天弓の相補防護 台湾では、「パトリオットミサイル2型」ミサイルは防御距離が170キロメートル、防御高度が50メートルから25キロメートル。「パトリオットミサイル3型」は弾道ミサイル迎撃に使用され、防御距離はパトリオット2型の1.5倍から2倍に増加、防御高度は50メートルから22キロメートル。国産の「天弓」システムは、天弓2型の射高が30キロメートル、射程は200キロメートル以上、天弓3型の迎撃高度は45キロメートル、射程も200キロメートルを超えている。最新の「強弓」ミサイルシステムは迎撃高度を70キロメートル以上にアップしており、ミサイルには2つの派生型があり、A型弾の迎撃高度は100キロメートルでアメリカのTHAADと同等の迎撃高度に達し、B型弾は新型地対地弾道ミサイルで射程は1000キロメートルとされている。
台湾の防空網では、最も遠くの領域では空軍防空部隊が米軍の衛星信号を受信している。レーダー波は直線であり、地球の曲率のために遠距離の目標を発見することは難しいが、赤外線感知衛星はミサイル発射後の推進器の赤外線信号から何であるかを判定し、ミサイルであると確認が取れ次第、アメリカの宇宙司令部に信号を渡し、さらにインド太平洋司令部を経由して台湾の統合戦時情報センターに伝える。
パトリオット3型(写真)は弾道ミサイル迎撃を主目的とし、防護距離は2型比で約1.5~2倍、対処高度はおよそ50メートル~22キロに及ぶ。(写真/蘇仲泓撮影)
共同作戦に乗らない防空体系 統合作戦へ3000億台湾ドルを計上 関係者によれば、米側は取得した全信号を台湾に逐一共有するわけではなく、台湾に脅威となり得ると判断した場合に限って通報する。一方、台湾の長距離早期警戒レーダーは常時監視を続け、中国がミサイルを発射して頂点高度に達した段階で探知・追尾を継続し、降下に転じた時点で着弾予測点を算出。これを踏まえ、パトリオットや天弓のどちらで迎撃するかを割り当てる運用が想定される。現在の分担は、おおむね最高層を「強弓」が担い、その下の高度20~30キロ圏を天弓3が受け持ち、さらにパトリオットが各責任区で対処する形だ。
もっとも、台湾には多種の防空ミサイルが配備されているものの、実態は「各個撃ち」で、統合防空としての共同作戦には至っていない。国防部は総額1兆台湾ドル規模とされる「非対称作戦・作戦レジリエンス特別条例案」を取りまとめ、このうち防空強化に約3000億台湾ドル(約1.47兆円)を充てる計画だ。内訳の一部は既存システムの統合に投じ、あわせて新たなパトリオット部隊の調達や、最新のLTAMDSレーダー、指揮統制中枢となるIBCS(統合戦闘指揮システム)の導入を見込む。
台湾の防空運用では、最上層を強弓が担い、高度20~30キロ圏は天弓3(写真)が対応する。(写真/陳昱凱撮影)
IBCSを中科院×米企業で共同開発 米軍・友軍との相互運用も視野 2025年9月の台北国際航太・国防工業展では、中科院と米ノースロップ・グラマンが、外購・国産を問わず現有および将来の防空システムを束ねるIBCS(統合戦闘指揮システム)の共同開発構想を示した。ネットワーク化・モジュール化・高い互換性と拡張性を備え、各種レーダーの探知情報を取り込み、全領域の戦場情報を即時・精確・実用の形で統合する狙いだ。
元パトリオット部隊長の周宇平氏は、IBCSは米陸軍が開発を進める次世代の防空・ミサイル防衛C2システムで、従来バラバラだった各システム(例:THAAD、パトリオット、NASAMSの各種レーダー)を単一の作戦ネットワークに統合し、センサーとインターセプターを共通計算で最適運用するものだと解説する。要するに、分散・閉鎖的だった防空体系を、統合・開放型のネットワーク化プラットフォームへ転換し、米軍および友軍の防空火力を有機的に結合して迎撃効果を高める構想である。
2025年9月の宇宙防衛展で、中科院と米ノースロップ・グラマンが「統合戦闘指揮システム(IBCS)」の開発計画を示した。(写真/張曜麟撮影)
「AのレーダーでBのミサイルを導く」はまだ困難 統合の壁 周氏によれば、空軍の「寰網システム」(ロッキード・マーチン)、パトリオット(レイセオン)、天弓(中科院)と、メーカーごとにインターフェースが異なるため、統合過程で技術的な齟齬が生じやすい。IBCSにより空軍の戦情センターでは全ての信号源を俯瞰できるとしても、パトリオット側の可視範囲は約200キロに限られる。敵ミサイルがまだ500キロ外にいる段階では部隊級が直接把握できず、戦情センターのデータをパトリオットや天弓へどう分配・反映させるかが課題になるという。
現状は「自系統で見て、自系統で撃つ」段階で、いわゆる「A管制でB誘導(A控B導)」は実現していない。平たく言えば、Aミサイル連のレーダーでBミサイル連の弾を誘導する運用ができておらず、同一システム内ですら壁がある以上、異なるシステム間の統合作戦はさらに複雑さを増す。 周氏は、将来、米国から調達するNASAMS(国家先進地対空ミサイルシステム)が台湾に配備されれば、「麻雀(スパロー)」や35ミリ機関砲は段階的に退役し、防空はパトリオット、天弓、NASAMSが中核になるとの見通しを示す。統合の難しさは残るものの、主力体系を絞り込むことで全体の複雑性は過度に膨らまないという。
台湾が米国から導入を進めるNASAMS。配備後はスパローや35ミリ機関砲が段階的に退役する可能性がある。(写真/レイセオン社HP)
「台湾の盾」を活かす鍵は人 防空指揮官の熟達 周氏は、T-Domeの要諦はセンサーからシューターまでをひとつの指管系で結ぶ「sensor-to-shooter(偵攻一体)」の確立にあると強調する。対空(対航空機)と対弾道の任務を分掌しつつ統合運用する――これがIBCS計画の目的でもある。戦時には戦管レーダーが真っ先に攻撃対象となるため、次段ではミサイル用レーダーに依存せざるを得ない。将来的なIBCS統合では、戦管レーダーの信号が欠落する可能性を織り込んだ上で、いかにミサイルレーダーのデータを取り込み運用するか、軍としての綿密な設計が求められる。
そして何より重要なのは人、すなわち防空指揮官だという。対弾道と対航空機の指揮は分けて運用するのが現実的で、対航空機は比較的管理しやすい一方、対弾道の指揮官には、各種偵察(レーダー)と迎撃システムに通暁し、どの種類のミサイルがどこに落ち得るか、どの迎撃手段を当て、発射法(単射/二連射/同時二連射)まで即応判断できる経験が不可欠だ。
総額1兆台湾ドル規模とされる「非対称作戦・作戦レジリエンス特別条例案」は、10月末から11月初旬にも立法院に提出される見通しだ。頼清徳氏が掲げた「台湾の盾」は、この史上最大の特別予算の“予告”とも受け取れる。国防展で強弓を公開したことで、台湾の航空防衛は新たな段階に入った。ここにIBCS統合を重ねることで、中国への抑止力を一段と高める狙いがうかがえる。国防部は、頼氏の「台湾の盾」方針に沿い、新型防空システムの調達を継続しつつ、国産・外購を含む現有システム(shooters)を自動化C5ISRに結節し、各種レーダーなど高性能センサー(sensors)を多センサー×多シューターの“キル・ネット”に統合。多層で緻密な空防の盾を形成し、台湾の防空を確保していくとしている。