「地表最強」とも称されるM1A2T戦車が、2025年10月31日、台湾総統・賴清德氏の立ち会いの下で正式に部隊編成された。国防部は盛大な閲兵式を実施し、米国もアメリカ在台協会(AIT)から主任と組長を派遣して観閲に参加した。
ところが民進党の王定宇氏は11月13日、立法院での専案報告に対する質疑を終えた後、視察時に「3輌の戦車が同じ目標に向けて無秩序に射撃していた」と突然明らかにし、注目が集まった。
M1A2Tはこれまで「過剰なまでに」高く評価されてきた。報道によれば、賴氏は2025年7月にM1A2Tの実弾射撃を視察した際、終了後に「女性ドライバーの自信に満ちた目が印象的だった。さらに乗っている車両はフェラーリよりも高級だ」と満足げに語ったとされる。その表情には肯定的な評価がはっきりと表れていた。
しかし、この賴氏が「フェラーリより高級」と評した戦車が、与党側の王氏から「近代化された戦力を浪費している」と批判される事態となり、何が起きているのか疑問が広がっている。
賴清德氏(中央)はM1A2Tによる国軍戦力の近代化に強い期待を示し、自ら就役式を主宰した。(写真/顔麟宇撮影)
米国は当初売却に反対 装甲兵出身の部長2人が強く要望 陸軍は「銳捷プロジェクト」で約405億台湾ドル(約1,985億円)を計上し、米国からM1A2T型アブラームス戦車108輌を調達した。陸軍が新型戦車を受領するのは1994年のM60A3以来30年ぶりで、北部の重要拠点を守る主力部隊として運用される見通しだ。
多額の予算を投じて導入され、「地表最強の戦車」と称賛されてきたM1A2Tだが、王氏は「BMS(戦場管理システム)を調達していない」と指摘し、「フェラーリを買いながら車載コンピュータを積んでいないようなものだ」と痛烈に批判した。BMSがないことで、3輌が1目標を攻撃しても射撃情報が共有されないままになり、2輛分の砲撃が無駄になり、接敵時間も伸びる“盲剣士のような状態”になっているという。
実際、関係者によると、米軍は当初M1A2を台湾に売却する意向を示していなかった。理由は「台湾には必要性が低く、予算は艦艇やミサイルの調達に回すべきだ」と判断されたためだとされる。
ただ、建案を検討していた当時、国防部長を務めていた嚴德發氏と邱國正氏はいずれも装甲兵出身で、新型戦車の導入を強く希望していた。米国側はその後、HIMARS多連装ロケットシステムなど複数の装備を提示し、台湾も購入を進めたが、それでも台湾側はM1A2導入の必要性を主張し続け、最終的に米軍が売却に同意したとされる。
米軍は当初、台湾へのM1A2戦車売却に前向きではなく、限られた予算は艦艇やミサイルの調達に充てるべきだとの見方が示されていた。(写真/顔麟宇撮影)
M1A2「台湾仕様」は米軍型より22秒遅れ 致命的な時間差 報道によれば、台湾が調達したM1A2には「T」が付く台湾特別仕様が採用されているが、実際には性能が一部低下しているという。なかでも米軍仕様との大きな違いは射撃統制システムだ。米軍型では戦場管理システム(BMS)を通じ、車長が目標を発見するとデジタルパネル操作だけで即座にロックオンし、使用する弾種まで自動で選択できる。
一方、台湾のM1A2Tはアナログ方式で、車長が目標を視認すると声で砲手や装填手に伝え、次に弾種を選び装填する必要がある。このため、コンピューターモードより少なくとも12〜15秒の遅れが生じる。
さらにM1A2TにはBMSが搭載されておらず、すでに十数秒遅れたうえに、砲塔の旋回速度も米軍仕様より約7秒遅いとされる。結果として接戦時のタイムラグは最大22秒に達する可能性がある。高速化した現代戦ではこの22秒が致命的で、敵に撃破される時間として十分すぎると指摘されている。
台湾仕様のM1A2Tは米軍規格と比べて接敵までの時間が最大約22秒遅れるとされ、戦場では致命的なタイムラグになりかねない。(写真/柯承惠撮影)
米国教官も違和感 故障ランプは電源オフで対応 別の報道によれば、台湾から派遣された要員が米国でM1A2Tの訓練を受けた際、米軍教官は操作感が米軍仕様と異なることに気付き、「何かがおかしい」という印象を抱いたという。台湾側の官兵も装備が米軍の基準と異なる点に戸惑い、双方が「台湾版仕様」の把握に苦労する状況が続いた。最終的に米軍は標準仕様のM1A2を持ち出して比較し、確かに差異があることを確認。「台湾仕様」であることが分かった後は、それ以上の議論は行われなかったという。
関係者によると、当時、台湾の官兵が訓練に臨んだ際、車内の故障ランプが点灯していたが、米軍側は台湾仕様のため原因が把握できなかった。訓練を円滑に進めるため、米軍教官は「安全性に影響はなく、発射も可能である」と判断したうえで、「気になるならプラグを抜けばよい」と助言したとされる。第一陣のM1A2Tが台湾へ戻った後、米国の技術支援チームが現地入りして問題を調査し、故障ランプの原因は解決されたという。
M1A2T戦車は米国での訓練時、米軍教官も操作感の違いに違和感を抱き、点灯した故障ランプについて「気になるなら電源プラグを抜けばよい」と助言したとされる。(写真/柯承惠撮影)
外殻は買ったが「頭脳」はなし? 国軍は独自の指揮管制統合を計画 軍が当初の案件でBMSを調達しなかった理由について、関係者は「BMSを外したことでシステム統合の余地を確保した」と説明する。BMSを購入しなかった事実は認めつつも、国軍が独自に指揮管制システムを導入する構想があったという。
どのシステムを統合するのかについて、関係者は「当時、国軍には『銳指』システムしかなく、TAKシステムはまだ導入されていなかった」と説明する。「銳指」の統合は「銳捷プロジェクト」の技術サービス項目に盛り込まれていたが、その後TAKシステムが登場すると、双方を評価対象に加え、いずれも統合が可能であることが確認された。米軍にはすでに統合経験があるという。
軍関係者は「戦車で音声のみの連絡を続ける状況は想定しにくい。当初の計画担当者は国軍の指揮管制との統合を前提に考えており、108輌の戦車がどれほど優秀でも、ほかのシステムと連携できなければ意味を成さない。『銳捷プロジェクト』の予算にはシステム統合が含まれている」と述べた。そのうえで「『銳指』かTAKか、どちらを統合対象に選ぶかは、今後国防部がさらに詳細な評価を行うはずだ」と語った。