台湾・国民党主席選挙は10月18日に投票予定。当初は元台北市長・郝龍斌氏、立法委員(国会議員)・羅智強氏、元立法委員・鄭麗文氏の「三強鼎立」と見られていたが、ここに来て流れが変わった。党員向けの内部委託調査では、鄭氏の支持率が3割に達し、郝氏(17.4%)、羅氏(16.3%)を大きく上回った。10月2日の《TVBS》討論後に同局が党員調査を行った結果でも、差は二桁には届かないものの統計誤差を明確に超えるリードを確認。党内の有力者も、現状のトレンドと党員の嗜好から「鄭氏勝利の公算が高い」との見方を示している。
出馬後に急速に存在感を増した鄭氏の背後には、「朱黒」系の黒幕とされる“CK楊”こと楊建綱氏(異康公司の会長 )の影が取り沙汰される。楊氏は当初、現職・朱立倫氏の再任阻止のため台中市長・盧秀燕氏に出馬を働きかけたが、不出馬が固まると鄭氏擁立へ転換。大物不在の構図で、鄭氏は弁舌と強気の姿勢を武器に保守層の支持を集め、上位に躍り出た。
朱立倫・国民党主席(写真)は“禅譲”の意向を固めたが、台中市長・盧秀燕氏は受けず。CK楊が鄭麗文氏支援へ軌道修正したとの見方も。(写真/柯承惠撮影)
選挙の行方は想定外 郝龍斌氏の優位が大きく後退 党内選挙に詳しい国民党のベテラン党務関係者の分析では、歴代の党主席選の票源は大きく四つに分かれる。すなわち、黄復興(軍系)党員票、都市の自主党員票、地方派閥(本土藍 )党員票、そして“大口”が握る人頭党員票だ。軍系と自主党員票を合わせると、おおむね地方派閥・議長や民代(議員)システム・大口人頭党員票と拮抗する構図になる。今回、鄭麗文氏は軍系の一部から支持を得ており、都市の自主党員票の比率も高いが、同じく世代交代を訴え実績を強調する羅智強氏と票が大きく重なっている。一方、軍系と縁の深い郝龍斌氏は黄復興票を相当取り込めるうえ、藍陣営(国民党)の地方派閥や各県市の議長・民代、大口の人頭党員にも郝氏支持が多く、本来であれば郝氏の勝算は鄭氏より一段高いはずだった。
ところが実際の選局はそう動いていない。前出の党務関係者によれば、2025年は人頭党員“大口”による党費の代納が大幅に減ったことが直撃している可能性が高いという。国民党の党務システムによる非公式統計では、これまで中南部および花東の複数の大口は、代納によって投票権を持つ人頭党員をおおよそ2万5千~3万票掌握していた。ところが2025年は、多くの大口が「盧秀燕氏の出馬は確実で、選局は単純」と見て代納への意欲を失い、党中央が党費の補納期限を延長しても、最終的に補納を完了したのは8千余人にとどまった。人頭党員票が7割減となる中では、各県市の議長・民代、地方派閥の動員だけでは支えきれず、郝氏の優位は鄭氏に対抗しきれない水準まで削られた、という見立てだ。
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2025年は「大口」による党費代納が減少。これまで優位と見られた郝龍斌氏の勢いに陰り。(写真/顏麟宇撮影)
CK楊の影響を懸念する声 鄭麗文氏の出馬に警戒感 鄭麗文氏の浮上を後押しした要因の一つは、羅智強氏が出馬後に強い制約を受けている点だ。普段は藍陣営の“空軍司令官”として民進党に積極対峙してきたが、本人の説明では「党内選ではネガティブ攻撃は避けるべき」とし、候補者が自らの優位性を語り、党員が理性的に最適な党主席を選ぶべきだと訴える姿勢に徹している。すでに「羅を捨て、鄭を支持」の傾向も見られる中、羅氏は支持固めに消極的で、支援者には温和なメッセージを送っている。
羅氏が「団結」を重んじ、鄭氏との正面衝突を避けたい一方で、郝龍斌氏を支持する党内勢力は不安を募らせる。鄭氏当選の公算が高まる中、地方派閥や議会系は強い懸念を抱いている。党内本土派は、とりわけ「抗中保台」(反中・台湾防衛)路線が国民党内で再活性化しかねないと警戒しており、選挙戦での支援体制も、現職の郝氏以上に鄭氏に集まる可能性があると見る声が出ている。 さらに、実業家のCK楊氏の直接介入を危惧する向きも強い。鄭氏が党主席になれば、同氏を後ろ盾とする旺中グループ(台湾の大手メディア企業グループで「親中」と見なされる)が党内で影響力を一段と拡大する、との見方だ。党内本土派の要職者らは、CK楊氏が台北・敦化南路のオフィスで重要意思決定を取り仕切る“影の党中央”となる事態を恐れている。
国民党主席選では、保守色の濃い鄭麗文氏が存在感を増す一方、羅智強氏はネガティブ攻撃を避け、動きが制約されている。(写真/顏麟宇撮影)
鄭麗文氏と旺中系の台頭、本土派の懸念 「抗中保台」カードが再浮上? 党内要職者によれば、2026年の選挙を見据える有力者の間では、鄭氏が当選すれば、大小の党務に背後のCK楊氏が関与する「舞台裏の操作」が常態化しかねないとの見立てが広がる。結果として、八徳路の党中央に加え敦化南路にも「第二の党中央」が並立し、実権は後者が握る可能性すらあるという。加えて、鄭氏の対中姿勢は郝・羅両氏より濃いとの評価があり、党内本土派は旺中グループとの近さを重視して警戒を強めている。旺中は台湾で対岸(中国)と関係が良好とされる企業・メディア集団で、同グループが党内を主導する展開を懸念する声は根強い。
実際、本土藍 側の危惧が「根拠薄弱」とは言い切れない。最近、ある候補が複数の大陸系台湾ビジネスの大物から支持を取り付けようとしたところ、対岸から「鄭麗文を強く支持せよ」とのシグナルが示された、との話も伝わる。前党務幹部の見立てでは、鄭氏と旺中に近い党員が組んで新たな執行権派を形成すれば、2026年選挙で民進党の「弱体化」にもかかわらず「抗中保台」カードが再び脅威となり、台湾民衆党(第三勢力)が国民党と歩調を合わせない可能性もある。 そして、もし2026年で勝てなければ、2028年の総統選ではリベラル勢力(民進党系)が制する公算が高い。仮に盧秀燕氏が「藍 白(国民党と民衆党)連携」をまとめたとしても、再選を狙う頼清徳総統の攻勢を退けるのは容易ではない。
鄭麗文氏が勝利した場合、背後にいるとされるCK楊の介入を警戒する声が党内で強い。(写真/柯承惠撮影)
CK楊の介入回避へ 国民党内の圧力、盧秀燕氏に集中 現在、地方派閥や各地の議長、立法委員らが連携し、盧秀燕氏に明確な態度表明を求め、郝龍斌氏に不利な流れを反転させるよう働きかける動きが進んでいる。党主席選が「高リスクで予測不能な人物」を選ぶ展開になったのは、盧氏が出馬を固辞したことに起因すると不満を示す向きもあり、「混乱を収拾し、党員が最良の選択を下せるよう導く責務がある」との声が上がる。一方で、盧氏の側は「党内選で特定候補を支持しない」という中立姿勢を一貫して強調している。
盧氏支持者の一人は、将来の総統選を視野に入れれば、藍陣営内の各勢力と良好な関係を保ち、誰か一人を露骨に推さないことが重要だと指摘。特定支持に踏み込めば反発を招き、結束を損なうと懸念する。最近、盧氏は郝龍斌、羅智強、鄭麗文の各氏と個別に会食したが、郝氏との会合には親しい側近や市政府幹部が同席するなど「厚遇」ぶりが目を引いた。他の二人とは盧氏単独で臨んでおり、「行間を読む党内関係者には伝わる」という見方もある。ただ、郝陣営関係者は「そのサインを受け止める層は限られ、多くの党員は大勢に変化なしと見ている」と冷静だ。
盧氏は明確な支持表明を避ける構えだが、支持層には鄭麗文氏の先行に不安が強い。盧派の要職者は「問題は鄭氏本人よりCK楊氏だ」と語る。過去の経験上、背後の資金提供者が前面に出ると事態は往々にして瓦解するという。緑陣営(与党・民進党)による大規模なリコール運動の際も、スポンサーの曹興誠氏が介入して失敗に終わった。国民党も直近2回の総統選で、鴻海創業者の郭台銘氏が直接関与し、勝機を逃した苦い記憶がある。盧陣営の要職者は「多くの立法委員も危機感を共有している」と明かし、2028年選挙に向け、盧氏側近が極めて前向きに取り組む一方で、関係が深いとされる「九三軍事パレード」参加者の一部が候補に名を連ねる可能性にも神経を尖らせる。「もしそうなれば、国民党は総統選も地方選も回せなくなるのでは」との不安が渦巻く。
地方派閥や議長、立法委員が連携し、盧秀燕氏(中央)に態度表明を迫る。郝龍斌氏に不利な流れの転換を狙う。(写真/顏麟宇撮影)
最悪シナリオ:鄭麗文氏当選で「三つ半の党中央」 もし盧氏への説得が奏功しない場合、鄭氏の当選を懸念する一部は「自力救済」に動く構えだ。2024年、台中の難関選挙区から立候補した新世代で、前・文伝会副主委の林家興氏は、選挙後も地元活動を継続。盧陣営に近い同氏は早々に声明を公表し、「極端な“茶党”色の候補が党主席になれば、国民党は4連敗で壊滅的打撃を受ける」と警鐘を鳴らした。党内の緊張は一段と高まり、今後の波紋は読めない。
もっとも、地方派閥や立法委員の多くは、仮に鄭氏が当選しても「八徳路の党中央」を素通りし、盧秀燕氏に直談判して物事を動かす腹づもりだ。党本部、地方組織、各県市議長、さらに盧氏、台北市長の蔣万安氏、桃園市長の張善政氏ら首長の合意が取れれば、鄭氏やCK楊氏の構想は決定打にならない、との計算である。 国民党の一部立法委員は「10月18日以降、党中央が“三つ半”に分かれかねない」と危ぶむ。すなわち、八徳路の党中央に加え、敦化南路に“第二の党中央”、さらに台中に“第三の拠点”が生まれ、国会党団(立院党団)は“もう半分”として鄭氏の指示に従わない恐れがある――というものだ。そうなれば党は深刻な機能不全に陥り、藍陣営の支持者も2026年、2028年の勝利を期待しづらくなる、というのが目下の最悪シナリオである。