中国商務省は10月9日、レアアース関連の製品・技術・図面・修理・サービスまでを網羅した新たな輸出・技術管理を相次いで公告し、輸出許可リストに組み込んだ。報が流れるや世界市場は動揺し、米ハイテク株は軒並み下落。海外メディアは「レアアース・ストーム」と形容した。
今回の措置は「史上最厳」といわれる。従来の規制と何が違い、どの産業が直撃されるのか。5つの視点で整理する。
一、なぜ「レアアース・ストーム」が世界を揺らすのか
レアアースとは何か?なぜ「テクノロジーのビタミン」と呼ばれるのか
レアアース(Rare Earth Elements)とは、15種のランタン系元素にスカンジウム、イットリウムを加えた計17元素を指す。強い導電性と磁性を持ち、電子製品の性能と安定性を高めるため、現代産業の「テクノロジーのビタミン」と呼ばれる。半導体、バッテリー、ディスプレイ、医療機器から軍需まで用途は広く、たとえばF-35戦闘機1機には約417キロ、ヒューマノイドロボットには平均4キロが使われるなど、その戦略的重要性は極めて高い。
レアアースが「レア」とされるのは、地殻中の総量が少ないからではない。自然界で分散して産し、同一鉱床内でも複数元素が混在し、外殻電子構造が近似しているため、通常の化学的手法では分離が難しいからだ。鉱石から工業利用可能な高純度レアアース酸化物を取り出すには高度な精製技術が要り、このため供給網の主導権は長らく中国が握ってきた。
「中東に石油があるように、中国には希土類がある。」——元中国指導者鄧小平(1992年)
中国が世界レアアース市場で持つ独占的優位
中国は分離・精錬プロセスで優位にあり、米国地質調査所(USGS)や戦略国際問題研究所(CSIS)の推計では、世界のレアアース精錬・分離能力の85%超を長年掌握してきた。各国が鉱石を掘っても、最終的な分離・精製を中国に委ねざるを得ない構図が続いている。
技術面でも、中国企業・研究機関は溶媒抽出(solvent extraction)やイオン交換(ion exchange)に熟達し、一部酸化物は純度99.9%超に到達。半導体、航空宇宙、高精度エレクトロニクスの要求水準を満たしている。
2025年版「レアアース令」公表、市場にパニック
今回の中国の公告は12月1日施行。レアアースそのものの輸出許可に加え、関連する技術資料、設計図、分離・回収サービスまで申告対象に含めた。資源をテコに米国のハイテク規制に応じる戦略的措置と受け止められ、市場の動揺を招いている。
二、「史上最も厳しいレアアース令」はどれほど厳しいのか——鍵はこの3点
範囲の拡大:原料の輸出だけでなく、レアアースを含む「製品」まで管理対象に
これまで中国はレアアース鉱石や中間体に割当制度を適用してきたが、今回は「製品に中国由来のレアアースが含まれる場合、あるいは中国の技術で生産された場合も管理対象」と明記。端的に言えば、最終製品が海外で組み立てられていても、違法に該当する可能性がある。
技術封鎖:物資だけでなく「設計・修理・回収」も申告が必要
公告では、レアアース関連の「技術資料」や「修理・調整サービス」も管理対象に含めた。たとえば、外国企業が中国の技術者にレアアース分離装置の修理を依頼する場合でも、輸出申請が要る。中国が「技術ファイアウォール」を築き、ノウハウ流出を防ぐ狙いが透ける。
長腕規制:海外製造でも中国レアアースを使えば違反リスク
外国企業が中国由来のレアアースを含む原料で部品を作り、第三国へ出荷するケースも、「中国からのレアアース輸出」と見なされ得る。こうした長腕的な規制により、多国籍企業は不意の法令抵触を避けるため、サプライチェーンの抜本見直しを迫られている。
三、「レアアース・ストーム」の直撃は誰に——最初に波をかぶる3産業
半導体とAIチップ:高磁性材料がボトルネックに
複数の海外報道によれば、ネオジム系合金(ネオジム‐プラセオジム)は高性能永久磁石に用いられ、露光・エッチングなど半導体製造装置にも投入される。中国がレアアースや磁石の輸出を絞れば、重要部品の供給遅延やコスト上昇が避けにくい。
EVとモーター:永久磁石コストが上振れ
NdFeB(ネオジム磁石)はEVモーターの中核部品。ネオジム、ジスプロシウム、テルビウムなどのレアアースは不可欠だ。審査が厳格化されれば、モーター用磁材の価格・安定供給に直撃する。
防衛・エネルギー設備:磁性材料の戦略リスク
高性能磁材はレーダー、誘導兵器、衛星通信用機器、風力発電などに広範に使用。新たな輸出管理が続けば、防衛とエネルギーの供給網に潜在的リスクを生むと政策系シンクタンクは警鐘を鳴らす。
四、なぜ今回は「史上最も厳しい」のか
予告ほぼなし、移行期間が短く対応困難
公告から施行日までの期間がわずか2か月弱であり、多くの企業が在庫と調達の調整を完了していない。分析者は、今回の影響が台湾に特に顕著であると指摘している。新しい「希土類令」は軍事用途にとどまらず、初めて半導体とハイテク産業に及んでいるからである。
より厳格な審査:特定用途は「原則不許可」
禁輸の大枠は①軍事用途、②ブラックリストのエンドユーザー、③安全保障関連のハイテク製品の3本柱。日米の半導体企業の一部は直接はねられる可能性がある。
影響範囲の広さ:原鉱・技術からエンド製品まで
従来は上流の鉱産が中心だったが、今回は技術文書、サービス、完成品まで網羅。「ブロック」され得るのは原料商に限らず、サプライチェーン全体だ。
五、各国の動き——米・日・欧は代替へ、台湾企業はどこにチャンス
米国:リサイクルと代替材を加速
エネルギー省は「クリティカル・マテリアル・イノベーション・ハブ」を拡充し、数十億ドル規模でレアアースの回収・再利用を推進。豪Lynas、加Neo Performanceと供給協力も前進。
日本:自国内資源と海外案件を再始動
経産省は「レアアース自給プログラム2.0」を始動。海底レアアース採掘の実証を再開し、ベトナムやマレーシア企業と長期の協力覚書を締結。
台湾:磁性材・リサイクルに商機
翔名、長華科、勝一などの磁性材料メーカーは回収・再生の技術を持ち、「脱中国」の流れで恩恵が期待される。電子・車載分野の一部でローカル供給網の構築も視野に入る。
TSMCは最悪「操業停止」も? リスクは机上論にあらず
先端プロセスでは、レアアース系磁性材料や特殊合金、化学添加剤を多用。いずれか一つでも遅延すれば装置の安定稼働に響く。代替材の採用には再認証・評価が不可欠で、最短でも数か月。
さらに「技術」や「修理サービス」まで厳格化されれば、設備メンテの遅延という連鎖障害もあり得る。短期は在庫とマルチソースで凌げても、長期化すればAIサーバーや車載チップ、そしてウェハ装置の保守に波及する恐れがある。
レアアースは単なる資源ではなく、地政学のレバーでもある。中国の一手はハイテク競争における新たな“チップ”となり、サプライチェーンは「地域化」と「戦略資源」の時代へ。米株の急落、TSMCの警戒、米日欧の代替加速——「レアアース・ストーム」の第一波は、いま始まったばかりだ。