「中東欧の首脳は共産党の実相をよく理解しており、他地域よりも懐疑的だ。だからこそ台湾が置かれた圧力にも理解が深い」外交部の林佳龍部長は9月に2度欧州を歴訪。前半は文化交流を軸に各国を回り、9月29日にはポーランド・ワルシャワで開かれた「ワルシャワ安全保障フォーラム(WSF)」に台湾の外相として初招待された。開幕式ではトゥスク首相の隣席という厚遇。一方で、同じく招かれた国防部参謀本部情報参謀次長・謝日升氏は軍服で登壇し、引き締まった存在感を示した。
国防部の「陸海空軍服制条例」では、現役軍人が重要式典や公的場では常服着用・勲章佩用と定める。ただ、国際舞台での制服姿はきわめて稀だ。受入側の「黙契」がなければ実現しにくい。9月15日に中国の王毅外相がワルシャワでナヴロツキ大統領と会った直後に、林部長がトゥスク氏と並び、謝氏が軍装で演壇に立てたのは、開催国の明確な容認があったからにほかならない。
トゥスク首相(左)が開幕あいさつ。林佳龍外相は最前列に招かれ、首相の隣席に着席。(写真/外交部提供)
外相は「専門家」区分、将官は「軍」区分で登録 WSFはカシミェシュ・プワスキ財団が2014年に創設した、中東欧最大級の安保・外交政策フォーラム。歴代登壇者にはNATO前事務総長ストルテンベルグ氏、米国防長官経験者オースティン氏、EU上級代表や各国首脳らが並ぶ。
台湾は2022年から招待枠が広がり、同年は基隆市議で蔡英文前総統のスピーチチームにいた張之豪氏、23年は徐斯儉・国家安全会議(NSC)副秘書長が政府現職として初参加、24年は林飛帆・NSC副秘書長が登壇。そして25年、主催者は林佳龍外相に基調講演を打診、徐斯儉氏もNSC総統諮問委員として再招待となった。
公式サイトの登壇者プロフィールでは林氏に「台湾外交部長」、徐氏に「台湾NSC総統諮問委員」と明記がある一方、スピーカー区分は両名とも各国官僚と切り分けた「エキスパート(専門家)」扱い。対して、謝日升氏は「台湾国防部参謀本部情報参謀次長」として各国の軍関係者と同じ「ミリタリー(軍)」カテゴリに分類された。フォーラム運営の「政治的配慮」が読み取れる配置だ。
謝日升・参謀本部情報参謀次長が制服で登壇。各国要人の前での講演は、台湾外交としても異例。(写真/国防部提供)
王毅の「牽制」は不発、軍装登壇を容認 実は9月末の台湾側一行の渡航に先立ち、主催財団のピサルスキ会長が5月中旬に訪台し、外交部で林外相と面会。「台湾の継続的な参画」を双方で確認していた。これに対し中国外交部は9月10日、王毅外相のポーランド訪問を電撃発表し、水面下での牽制に動いたとみられる。しかし最終的に林・徐両氏の参加はそのまま受け入れられ、謝氏の軍服登壇も許可された。
林佳龍氏の訪波前、中国の王毅外相が急きょワルシャワ入りし牽制を図ったが、最終的に行程は予定どおり実現。(AP)
ポーランドを説得し台湾外相と将官 が登場 外交部門の多方面作戦 中国の圧力がかかるなか、どうやって台湾の外相と軍服姿の将官のワルシャワ入りを実現したのか。答えは、外交部と在外公館が周到に動き、複数ルートで説得を積み重ねたことにある。関係外交官によれば、ポーランド側の理解取り付けに成功し、台湾の外相登壇と将官の軍服での出席にゴーサインが出た。
加えて、ポーランドはWSF(ワルシャワ安全保障フォーラム)を通じ、新たな発信の場をつくりたかった思惑もある。台湾の外相と軍高官の参加は、ポーランド自身の安全保障メッセージを後押しするもので、台湾側の主張がポーランドの意思決定にも反映された形だ。
ロシアのウクライナ侵攻は、ポーランドに台湾海峡の安全保障を再考させた。写真は侵攻3年をめぐる集会。(AP)
中東欧は「共産党支配」を通った世代――台湾の立場への共感が厚い 台湾とポーランドの交流は、東欧民主化が始まった1989年にさかのぼる。1998年には国会内最大級の超党派友好グループ「友台グループ」が発足。李登輝政権期の1994年10月にはポーランド当局者が外相に祝意の電話を入れ、陳水扁政権下の2006年4月には上院外交委が台湾のWHO参加支持を決議。馬英九政権末期には協定締結が相次ぎ、議員団の訪台も公然化した。
蔡英文政権期には新型コロナでの人道支援で絆を深め、台湾が世界に寄贈した1,000万枚の医療用マスクの「最初の100万枚」を受け取ったのがポーランド。その後、ポーランド政府はアストラゼネカ製ワクチン40万回分を台湾に「お返し」した。ロシアのウクライナ侵攻後は、モラヴィエツキ首相が「ウクライナを守れても、翌日は台湾を守らねばならない」と警鐘。ウクライナ陥落は中国の対台行動を誘発しかねないとの見立ても示した。
中東欧の官民と接する台湾側関係者によれば、ポーランド、チェコ、バルト3国(とりわけリトアニア)などは、いまなお対台交流に積極的な「中核」。背景には共産党支配を体験した世代の記憶がある。現指導層の45歳以上には、共産党政権下の教育を受けた世代が多く、共産主義への深い理解と懐疑心が、台湾の置かれた圧力への理解につながっている。
台波の結びつきは深い。モラヴィエツキ前首相は「きょうウクライナを守れても、あす台湾は無関係とは言えない」と発言。(AP)
対中依存が相対的に軽い中東欧――TSMC参入で「欧州チップ三角」も形成 多くの中東欧諸国は、西欧大国に比べ対中経済の比重が小さく、対台関係の制約が少ない。ここ数年、先陣を切る動きも目立つ。訪台で存在感を示したチェコ上院議長ミロシュ・ヴィストルチル氏、台湾代表処の設置を承認したリトアニアなどが象徴的だ。中欧投資ファンドの立ち上げにはリトアニア、チェコ、スロバキアが関わり、チェコは台湾企業の欧州市場進出の「結節点」にもなっている。
2023年8月にはTSMCが独ザクセン州ドレスデンに合弁「ESMC(欧積電)」を設立し、欧州初の半導体工場計画を始動。周辺のポーランドも、台湾の中東欧戦略に組み込まれつつある。チェコでは先行して「先進半導体設計研究センター(ACDRC)」が走り、台湾との半導体パートナーシップを具体化。チェコ・ドイツ・(将来的には)ポーランドを結ぶ「欧州のチップ三角」の構図も語られるようになった。
もっとも、外交筋は「ポーランドは以前から台湾にとって最重要級の協力相手」である点を強調する。人口規模、産業基盤、立地条件のいずれも中東欧トップクラスで、対台協力の受け皿としての総合力は群を抜く。今回のWSFでの「外相+将官」同時登場は、その地均しが熟したことを示すシグナルでもある。
TSMCが独ドレスデンに半導体工場を新設し、独・ポーランド・チェコで「欧州のチップ三角」を形成。起工式にはフォンデアライエン欧州委員長、TSMCの魏哲家董事長、ショルツ独首相らが出席。(写真/TSMC提供)
半導体だけじゃない ポーランドは「台湾ドローン最大の買い手」に 林佳龍氏は外相就任から約半年後、初の欧州出張で国際経済合作協会と同行し、ポーランドで「台波経済協力フォーラム」に出席した。外交筋は、これは両国の信頼の積み重ねの成果だと見る。呉釗燮前外相時代に中東欧との連携が深まり、林氏は「中東欧レジリエンス・プラン2.0」を推進。ポーランドは台湾の“欧州半導体戦略パートナー”として位置づけられ、商工会協定や経済・商業外交の新機会が開けた。
半導体の戦略協力に加え、ポーランド産ブルーベリーの輸入など農産物の往来も拡大。エネルギー分野でも協力が進み、とりわけ「2050年カーボンニュートラル」達成の鍵となる水素エネルギーやEV開発で接点が増えている。無人機(ドローン)でも関係は深く、2025年初めからの8か月で、台湾のドローン受注のうち「約6割」をポーランド向けが占めた。
9月9日にはロシアがウクライナを空爆し、ポーランド領空を19回侵犯。ポーランドはNATO欧州の防空部隊と共同で対処し、NATO条約第4条に基づく緊急協議を要請した。外交関係者によれば、ポーランドはNATO30か国の中でも防衛費を最速で積み増し、すでにGDP比3%超、2026年には4.8%に達する見通しで「模範生」ぶりを示す一方、安全保障環境には強い警戒感を持ち続けている。
ポーランドは台湾製無人機の最大の買い手に。年初来の受注の約6割を占める。写真は中科院の攻撃型無人機「ジンフォンIV」(写真/顏麟宇撮影)
インド太平洋を見る目が一変 台湾海峡は「欧州の安全」と直結 欧州の外交関係者によれば、2022年のロシアによるウクライナ侵攻は、台湾と中東欧の関係を一段押し上げる分水嶺になった。とりわけ同戦争での中国の立ち位置が影響し、欧州各国、中東欧を中心には中国製ドローンを含む軍需関連部品へのセキュリティ懸念を強め、代替サプライヤーとして台湾に注目が集まっている。
NATO欧州加盟国の間ではすでに「インド太平洋、なかでも台湾海峡の安定は欧州の安全と相互に結びついている」という認識が共有されつつある。世界を「単一戦線・単一脅威(Single Threat)」で捉える見方も主流化し、NATOやEUが台湾海峡情勢に言及し、その安定が西欧の利益に直結すると強調するのはこのためだ。
外交筋は「ウクライナ戦争が進行中のいま、中国による武力行使を抑止するには、そのコストを継続的に引き上げる必要がある」と分析。とりわけNATO東翼では、台湾海峡を含むインド太平洋の戦火を回避する最善策は対中抑止力の大幅強化だとの見方が強い。結果として、多くの欧州諸国が台湾との交流を深め、北京に対し“武力で現状を変えさせない”意思表示を強めていく公算が大きい。
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中国への脅威認識が高まる欧州では「再武装(ReArm)」論が進展。NATO欧州各国は、印太—とりわけ台湾海峡—の安全が自国の安全に直結すると捉え始めている。(AP)
林佳龍氏、ワルシャワで提起 「台湾は準備万端。欧州はどうか?」 特筆すべきは、林佳龍外相がワルシャワ安全保障フォーラムで「民主的サプライチェーンの再構築」をテーマに講演した点だ。外交関係者によると、林氏はEUの「デジタル・ヨーロッパ」や「欧州AI行動計画」に台湾が不可欠なパートナーとなり得ることを示しつつ、欧州の再武装・再産業化を後押しできる可能性にも言及。台湾と欧州の協力が強い相乗効果を生むと訴えた。
同関係者は補足する。林氏は蔡英文政権期の「欧州連結強化」を継承し、「中東欧レジリエンス・プラン2.0」を推進。共有する民主主義の価値を土台に、台湾の産業優位を活かしたIT・経済外交で安全保障にも波及効果を持たせてきた。こうした流れを踏まえ、今回の場で「台湾は協力の準備ができている。欧州は準備ができているか」と問いかけた。
林佳龍外相、フランスとウクライナの国会議員と会談し、欧州連携を強化。(写真/林佳龍のフェイスブックより)
スロバキアで逆風 「東翼」は着実に、慎重に コロナ禍とウクライナ戦争で台欧関係が深化する一方、全てが順風ではない。蔡英文政権が打ち出した「欧州東方プラン」の優先協力先だったスロバキアは、2023年の総選挙で親ロシア色の政権が誕生。1年後の選挙でも流れは継続し、中国と「戦略的パートナーシップ」を掲げる一方、対台湾はやや距離が生じた。
ただし外交筋は、欧州の多くの指導層は中国を「信頼できる長期パートナー」とは見なしにくく、欧州競争力の強化に台湾の技術・経済力は不可欠だと指摘。加えて、米中関係の不確実性を回避する「グローバル減2」(米中由来の不透明要因を取り除く)という発想が追い風になり、「全体としては相当に楽観的」と評価する。
こうした環境下で、台湾は一歩ずつ、静かに前へ。林氏はWSF開幕式でトゥスク首相の隣席に座し軽く挨拶。謝日升氏は空軍の正装にリボン章を着けて登壇した。外交部・国防部ともに「低姿勢」を貫き、「友人を困らせず、次回も自然に出席できるように」と振る舞いを整えた。軍服姿の将官がワルシャワの壇上に立った事実自体が、台湾が“極東の一地域”ではなく、NATO東翼の安全保障対話に組み込まれつつあることを物語っている。