韓国中央大学国際大学院の特任教授であり、元APEC経済委員会議長を務めた Ahn Choong Yong 氏が、2025年8月20日、東京・日本外国特派員協会(FCCJ)で記者会見を行い、アジア諸国が直面する通商と外国直接投資(FDI)の課題について見解を述べた。地政学的な分断や米中対立が激化する中で、アジアがいかに制度的対応を図るべきか、韓国の経験を軸に語った。

冒頭、Ahn 氏は「WTO中心の多国間貿易体制は崩壊しつつある」と述べ、トランプ政権以降の米国による高関税政策、FDIに対する強制的条件付け、戦略物資の兵器化などがルールに基づく国際経済秩序を脅かしていると警鐘を鳴らした。こうした環境下では、アジア諸国が自主的に制度を強化し、協調的な対応をとる必要があると強調した。

韓国の制度的対応の一例として紹介されたのが、「外国投資オンブズマン制度」である。これは韓国政府が1999年に世界で初めて導入したもので、外資系企業の行政手続き、許認可、税務、労働、知的財産に関する苦情を迅速に処理するアフターケア制度である。Ahn 氏は「一針繕えば九針防げる(One stitch in crisis is nine stitches afterward)」との諺を引用し、投資後のフォローアップが制度改革と信頼構築の鍵になると述べた。
Ahn 氏は、自身がオンブズマンとして対応した具体例も紹介した。中古コピー機の輸入を巡り、韓国企業への優遇措置が不公正であるとして日本企業からの苦情が寄せられた事案では、政府との協議を通じて輸入規制を一部撤回させた経験を語った。また、都市開発によって立ち退きを求められた外資系企業20社に対し、建設交通部や首相室に掛け合い、ビジネス継続の道を開いたという。
こうした実績をもとに、Ahn 氏は「この制度は、FDIの誘致だけでなく、国際紛争の予防や訴訟リスクの低減にも寄与する」と述べ、UNCTAD(国連貿易開発会議)や世界銀行からも高く評価されていると紹介した。また、「将来的には、FTAやIIA(国際投資協定)にこうしたアフターケア条項を盛り込むべきだ」と提言した。
アジアの地域的連携については、CPTPPとRCEPの両方を活用し、相互補完的な制度構築を進めるべきだと語った。RCEPについては制度的に弱い部分があるものの、エコテック(開発協力)アジェンダや昨年設置されたRCEPサポートユニットの活用など、今後の発展余地があると述べた。一方で CPTPP は、非覇権的な中堅国である日本のリーダーシップによって維持されてきたと評価し、「米国が戻らなくても、EUや他の新興国の参加によって多国間秩序の再構築が可能だ」と語った。
また、Ahn 氏は日中韓FTAの再活性化の必要性にも触れ、「三国ともRCEP加盟国であり、サプライチェーン再編やデジタル協定における協力が可能だ」と述べた。とりわけ、韓国型のアフターケア制度をアジア全体で共有し、信頼ベースの投資環境を整備することが不可欠だと指摘した。
質疑応答では、日本国際問題研究所の研究員から「中国による補助金政策がWTOルールに反しているのではないか」との質問が寄せられた。Ahn 氏は「補助金による不公正な競争は、自由貿易の精神に反する。中国にも国際ルールを順守してもらう必要がある」と明言した。
さらに、「CPTPPに中国が加盟を申請しているが、その制度的整合性は可能か」との問いには、「現状のままでは困難だが、ピアレビューや制度改善を条件に柔軟な議論の場は持つべき」と答えた。また、「韓国がCPTPPに加盟する可能性はあるか」と問われると、「まだ国内調整中だが、制度強化に向けて議論は進めるべきだ」と語った。
最後に Ahn 氏は「アジアは中堅国同士の連携によって、新たな国際秩序の柱となることができる」と述べ、講演はFCCJからの名誉会員証の授与とともに終了した。
編集:柄澤南 (関連記事: 自民・河野太郎氏、参院選敗北は「有権者に届かなかったメッセージ」と指摘 党執行部の刷新求めFCCJで講演 | 関連記事をもっと読む )
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