米国のドナルド・トランプ大統領は23日、国連総会で約60分の演説を行った。登壇前後にはエスカレーターやプロンプターの不調といった小さなトラブルが続出。即興色の濃いスピーチでは国連そのものを痛烈に批判し、かつて国連本部の改修案件を落札できなかった過去まで持ち出して、職員の不正を示唆する場面もあった。「米国を再び偉大に(MAGA)」を掲げる指導者は国連にとどまらず主要国へも次々と矛先を向け、米国の優位を誇示。いまのアメリカの「素顔」を世界に見せつけた格好だ。
米国の価値観に自傷的な打撃――「火に油」で平和は語れない
世界秩序が静かに組み替わる中、「東昇西降」が妥当かどうかは個々の出来事に兆しが表れる。今年5月のハーバード大学卒業式で、卒業生代表・蔣雨融氏の「地球村」スピーチが米中双方の反発を招いたのは、米リベラル価値の空洞化を象徴する一件だった。さらに保守系団体のチャーリー・カーク氏が銃撃で死亡し、社会の分断はむしろ深まっている。そうした最中の今回の演説は、米国自身の価値にまた一つ傷を刻んだと言わざるを得ない。
56分の演説でトランプ氏は、経済、平和、移民、再生可能エネルギーの4分野を強調し、各国代表に向かって「あなた方の国は地獄に向かっている」と言い放った。氏の見立てでは、近年積み上げた貿易合意は米経済を押し上げる勲章だ。一方、多くの国からは、懲罰的関税が“逆グローバル化”を加速させ、多国間の自由貿易体制を土台から揺るがしているとの見方が根強い。米国民が得ているのは成長の果実か、それとも物価高という負担か——答えは日々の家計が物語る。
就任から1年足らずでの「平和の実績」を列挙し、ノーベル平和賞への意欲まで口にしたが、行動はしばしば逆風を生む。かつてホワイトハウスでゼレンスキー大統領を公の場で辱め、その後はプーチン大統領と親密さを演出。直近では一転してウクライナの領土回復を全面支持する姿勢を示した。火消しか、火に油か。少なくとも、語りと現実の間のズレは国際社会の不信を強めている。

ガザの「ジェノサイド」を黙認? トランプが神話の終わりを早める
壇上で唯一、彼が矛先を向けなかったのはイスラエルだった。国連がガザでの「ジェノサイド」を認定した後も、トランプ氏は責任を一貫してハマスに押し付け、人質解放と停戦交渉をイスラエルの立場から主張。だが彼が口にしなかった事実がある。19日の国連総会では、パレスチナ自治政府のアッバス議長に録画演説を認める決議が可決されたが、その背景には米国がビザ発給を拒否し、アッバス氏がニューヨーク入りできなかった経緯がある。
米国がイスラエルの同盟国カタールへの空爆を黙認した件は記憶に新しい。直前にはイラン空爆も実施した。さらに9月5日、トランプ氏は大統領令で国防総省の名称を「戦争省」に変更。曖昧になった士気を“再点火”し、かつての「輝かしい戦勝の記憶」を呼び起こす狙いだという。トランプ2.0の下で世界は平穏に向かうのか、それとも火の手が広がるのか。自ら「戦争大統領」を気取るなら、ノーベル平和賞を“待つ”という姿勢こそ皮肉に映る。