米国のドナルド・トランプ大統領は23日、国連総会(第80会期)で2期目に入って初の一般討論演説に臨んだ。本来なら米外交のビジョンを示す場のはずが、実際には56分に及ぶ「トランプ・ショー」に変貌。個人的な不満、事実と異なる主張、相反するメッセージが混在し、各国の外交団を驚かせた。演説では各国首脳に向け「あなた方の国は地獄に落ちる」とまで言い放ち、終了後にはウクライナ政策での急旋回を示唆する発言もあり、各国関係者の不安を一層かき立てた。
「私には分かっている。言うとおりにすればいい」 国連は本来、協議と協力、妥協の場だが、トランプ氏の視座は明らかに異なる。190超の加盟国代表を前に、次々と「強い口調の提案」を並べたが、耳にした印象は命令に近い。
2025年9月23日、米国のドナルド・トランプ大統領が国連本部で第80回国連総会の一般討論演説を行った。(写真/AP) ラテンアメリカのある当局者(匿名希望)は米メディア『POLITICO』に対し、「まるで最も成功したCEOが、他社のCEOに経営の仕方を説いているようだった」と表現。ただし、「皆の利益を高める新しい国際枠組みを作るという話ではなく、『それはあなた方の問題だ』という態度に近かった」と指摘した。
演説でトランプ氏は自信を隠さず、原稿から離れて「私はこれらのことを本当に理解している」と言い切ったうえ、「地獄行きの国々」と対比しつつ「米国は世界で最も“ホット”な国で、他のどの国も及ばない」と持ち上げた。
選挙集会さながらの国連演説 『POLITICO』や『ニューヨーク・タイムズ 』は、今回の演説が驚くほどのアドリブと事実誤認に満ち、トランプ氏に慣れた観察者にとっても「新段階」に達したと報じた。冒頭、エスカレーターや壇上のテレプロンプターが相次いで不調となり、ホワイトハウスは国連職員による意図的な妨害の可能性にまで言及。しかし小さなトラブルは、同氏の即興を止める材料にはならなかった。
2025年9月23日、米国のドナルド・トランプ大統領が国連本部で第80回国連総会の一般討論演説を行った。(写真/AP) 全体の語り口は国内政治色が極めて強く、外信記者が使った音声書き起こしアプリは自動でファイル名を「一般教書演説」と判定。自身の実績を大仰に列挙する姿は、国際舞台での外交演説というより、選挙の応援集会に近い様相だった。
ニュース豆知識:国連総会
国連総会(UN General Assembly)は、国連の主要な審議・意思決定機関で、全193加盟国で構成される。毎年9月、各国の元首や政府首脳がニューヨーク本部に集い、地球規模の課題について演説・討議を行う。この場が「一般討論(General Debate)」で、世界外交の年間ハイライトと位置づけられている。
国連批判は止まらず、しかし自己矛盾も露呈 トランプ氏はこの機会に国連そのものを面前で揶揄し、ビジネスマン時代に国連本部改修の入札を落とした「因縁」まで持ち出したうえで、国連は国際紛争に直面しても「強い調子の書簡を一通出して終わり。空疎な言葉では戦争は止まらない」と切り捨てた。だが『ニューヨーク・タイムズ』は、国連は加盟国が解決策を探るための「フォーラム」であり、とりわけ米・露・中など主要国が対立すれば機能が縛られるのは構造的な現実だと指摘する。
同紙はさらに、もしトランプ氏が国連の実効性向上を望むなら自ら後押しできたはずだが、実際には拠出金の留保などで多国間機構を弱体化させてきたと批判。それでも同氏は、アルメニアとアゼルバイジャン、ルワンダとコンゴ民主共和国の和平合意で果たした自らの役割を誇示し、「残念ながら、これらの事例で国連は助けようとすらしなかった」と嘆いてみせた。
欧州同盟国の苛立ち――「受け入れるしかない」現実感 発言は同盟国の反発も招いた。欧州のある当局者は『POLITICO』にテキストで「彼の言うことは事実ではない」と不満を表明。ロシアのウクライナ侵攻に対し、欧州がロシアへの厳格な制裁、エネルギー依存の削減、数十億ドル規模の対ウクライナ支援に取り組んできた事実を挙げて反論した。トランプ氏が「美しいスイスでは受刑者の72%が外国人だ」と主張した点についても、背後に複雑な社会・法制度上の文脈があり、氏の示唆する単純図式では語れないとした。
外交関係者の総じての受け止めは、今後3年の同氏の世界観は「事実ではなく感覚優先」で動く、というもの。もっとも演説会場の反応はおおむね淡泊で、礼儀の拍手が散発する程度。かつてのようにあからさまな失笑は起きず、終了後は各国首脳が次々と個別会談に臨んだ。
欧州の一人は諦観まじりに「世界は受け入れる。ほかに選択肢がないからだ」と語り、各国は「争端を起こさない」ことが当面の自己防衛だと述べた。
演説直後の“急旋回”――ウクライナ全面奪還を支持 混乱した午前の演説から間もなく、トランプ氏はニューヨークでウクライナのゼレンスキー大統領と会談。直後のSNS投稿で姿勢を180度転換し、欧州の支援を受けたウクライナは「本来の領土をすべて奪還する能力がある」と表明した。欧州側は前向きな進展と受け止めたが、国連演壇での強硬な物言いと数時間で食い違う発信は、政策の一貫性への疑念をむしろ深めた。
トランプ氏は人道支援のガザ流入を望むと述べ、「本物の飢饉」を嘆いたが、イスラエルのネタニヤフ首相に停戦を公に求めることはしなかった。カタール、サウジ、トルコ、エジプトなどアラブ・イスラム諸国との会合ではガザの行方が焦点となったが、強硬な親イスラエル姿勢が和平の道筋を一層険しくしている。
ガーディアン「米国の指導力はもはや当てにできない」 英『ガーディアン』は、今回の演説は国連の価値を損ない、「米国の強力なリーダーシップはもはや期待できない」と論評。むしろ“反トランプ連合”の必要性を浮き彫りにしたとする。同紙は、米国とトランプ氏の重要性は否定できないとしつつ、残る192の加盟国は、この「異形の米大統領」にどう向き合うかを考えねばならないと論じた。
演説直後に登壇したインドネシアのプラボウォ大統領は「強権は正義にあらず。正義は正義だ」と述べ、「いかなる国も人類社会全体を威圧できない」「抑圧への抵抗はやがて大きな力となり、不正を打ち負かす」と訴え、喝采を浴びた。トルコのエルドアン大統領も、ネタニヤフ首相はすでに制御不能だと断じ、その野蛮な行為に沈黙する者は共犯だと批判した。
ブラジルのルーラ大統領は、民主主義は「独裁者になろうとする者」に最終的に勝つと演説。国連創設の理想はかつてない脅威にさらされ、多国間主義は岐路に立っていると警鐘を鳴らし、主権侵害・恣意的制裁・一方的介入が常態化しつつある現状を糾弾した。名指しは避けたが、同紙は「新しい権威主義」としてのトランプ現象を念頭に置いたメッセージだと評した。
『ガーディアン』はまた、信頼できる米国の「舵取り」が失われた世界をどう運営するかが国際社会の不可避の課題になったと指摘。ロシアに対峙する欧州、中国の台頭に向き合うアジア、イスラエルの軍事的優位と向き合う湾岸地域――いずれにとっても同様だという。習近平・プーチンの権威主義ブロックに対抗して、民主陣営主導の「反トランプ連合」が重責を担うべきだが、拒否権に縛られた国連は停滞し、米国からの資金も途絶えつつあるため、国連の周縁化が進む懸念も示した。
もっとも同紙は、欧州とグローバルサウスを糾合するこの試みは「二重基準」の指弾でつまずいているとも指摘。ウクライナ侵攻には憤る一方で、ガザでの破壊には同等の怒りを示していないとの見方が根強いからだ。スペインのサンチェス首相はコロンビア大学で、二重基準が欧州の信用を蝕んでいると繰り返し警告。翌23日にはルラ大統領、チリのボリッチ大統領とともに「民主主義の防衛」会合を開き、多国間主義や法の支配、過激主義や社会分断を助長するアルゴリズムへの対抗などを議題に据えた。
ただ、より大きな危うさは、各国が内政と経済力の思惑で、対米姿勢をそれぞれ決めてしまうことにある、と同紙は結ぶ。トランプ氏の「取引外交」は、通商・安全保障・移民をひとまとめにして梃子にする手法で威力を発揮する。れほど忌避されようとも、彼に抗うには相応の覚悟が要る——それが今の世界の現実だ。