日米による大規模演習「堅毅の龍 」は9月12日から25日まで実施され、日本の北から南にかけて各地で火力展示や中距離ミサイルの試験が行われた。この間、英国を含む日米など6カ国が西太平洋で共同演習を実施し、また日米韓は東シナ海で「自由の刃」演習を行った。
一方、中国軍は9月初旬から14日までに計35カ所で軍事演習を展開し、威嚇姿勢を示した。英国の空母は米英の艦隊とともに台湾海峡を通過して南下する動きを見せたが、中国軍は「九一八事変」の前夜にあわせ、北方と東方の両艦隊を動員して日本の西北・西南から包囲する態勢を示した。この時点で福建号と山東号の2隻の空母を含む艦艇群が南シナ海に展開しており、20日には英空母が急ぎ同海域を離脱した。
年初から国慶節(10月1日)にかけて、福建号の実戦配備をめぐる憶測が軍事系インフルエンサーらの間で繰り返され、時に賭けの対象にまでなった。ただ筆者の見立てでは、空母が母港入りするか否かは、三亜海事局が発表する軍事活動や演習任務の有無によって判断できる。
今回の動きの背景には、日米が第一列島線における防衛網を拡大しようとする意図がある。日本が発表した通り、北海道から九州南部、さらに南西諸島に至る広域で演習を行うことで、西太平洋における協力体制を誇示した格好だ。米軍は昨年、フィリピン北部に中距離ミサイルシステム「タイフォン」を配備したが、今回の演習では日本国内への第二のシステム配備と試験を進める構えを見せている。こうした展開は明らかに中国を念頭に置いたものであり、長距離ミサイル戦力を用いて島嶼防衛線を強化し、中国を封じ込める狙いがあるとみられる。当然ながら中国外交部は強い警告を発している。
9月9日から14日 には、英海軍の空母「プリンス・オブ・ウェールズ」(R09)と海上自衛隊の護衛艦「加賀」(DDH-184)を中核に、米日豪英加ノルウェーの計6カ国からなる「プリンス・オブ・ウェールズ」打撃群が、西太平洋で海上共同演習を実施した。駆逐艦・フリゲート・補給艦あわせて10隻規模で連携を図り、複数国の統合作戦能力を高めることで、中国の海洋進出を抑止する狙いがあるとみられる。 (関連記事:陸文浩の視点:福建艦の海上試験は北上か南下か 英米日韓の艦隊が黄海・東シナ海に集結 )
その直前の9月10日、日本の統合幕僚監部は、中国海軍の電子情報収集艦(艦番号798)が東シナ海から大隅海峡を経て西太平洋に入ったと発表した。筆者の見立てでは、浙江・舟山に配備される東部戦区海軍の815A型電子偵察艦「玉衡星」(798)が、米英日韓など各国艦艇・航空機の電子情報を収集する任務に就いた可能性がある。
統合幕僚監部は9月16日、艦番号132と135の中国海軍艦が13日に宮古海峡を通過して西太平洋に進出し、16日には東シナ海方面へ戻ったように見えると公表した。一方、別の2隻(577、890)が14日に同海域を通過しており、遠洋訓練部隊として少なくとも作戦艦2隻と遠洋補給艦1隻の編成が確認できる。132・135の動きは海上での陽動とみられ、日米韓の演習監視を行いつつ、西太平洋へ再進出し日本東方海域を周回する可能性も指摘される。
また日本側は9月16日、ロシア太平洋艦隊所属の情報収集艦(艦番号208)が9日に東京南方海域で活動し、(関連記事:陸文浩の視点:カナダ・豪軍艦が英空母を北方支援 中露合同巡航に対抗し、中国軍が共同戦備を開始 )英日米豪加ノルウェー各艦の電子パラメータを収集したと明らかにした。同艦は13〜15日に宮古海峡を通過して東シナ海に入り、15〜19日に韓国・済州島南方で行われた日米韓の「フリーダム・エッジ(自由の刃)」合同演習でも追加収集を試みたとみられる。北朝鮮は、日本が西側との軍事協力を強化しているとして反発した。
9月17日には、黄海・東シナ海方面から中国海軍の艦番号123、124、902の3隻が対馬海峡を抜け日本海に入ったとの報告が続いた。これと並行して、ロシア太平洋艦隊の「ウダロイ」級駆逐艦(548)、「ステレグーシチイ」級フリゲート(333)、「ロプーチャ」級戦車揚陸艦(066)、「アレクサンドリート」級掃海艦(757)などが16日に宗谷海峡を通過して日本海に進出しており、中国側の123番台の編成と日本海で共同訓練を行う構図もうかがえる。
一連の多国間演習は、日本が主導する形で東北アジアから西太平洋、南シナ海へと広がり、中国の軍事的拡張を念頭に第一列島線内での海空戦力の展開を抑制し、各国の領域防衛を強化する意図が色濃い。これに呼応するように、中国側は9月3日の「抗日戦争勝利・対ファシズム戦勝80周年」行事の後、「九一八事変」前夜に合わせ、北部戦区海軍(遼寧・大連の第10駆逐艦支隊)の052D型駆逐艦「淮南」(123)、「開封」(124)と遠洋総合補給艦(902)、東部戦区海軍(浙江・舟山の第3駆逐艦支隊)の052D型駆逐艦「達州」(135)、「蘇州」(132)、第6駆逐艦支隊の054A型フリゲート「黄岡」(577)、第2作戦支援艦支隊の903A型総合補給艦「巣湖」(890)を同時に運用。黄海・東シナ海から対馬海峡と宮古海峡を通って日本海と西太平洋に進出し、日本に対する包囲的な態勢を誇示した。今後、黄海・東シナ海方面から中国軍機が両海峡を経て遠洋部隊の展開海域に合流し、海空共同訓練に移行するかが焦点となる。動きがなければ遠洋訓練の域にとどまる。
さらに、英空母部隊は西太平洋での多国間演習を終えた後の9月12日、米英の水上打撃部隊(米海軍駆逐艦「ヒギンズ」と英海軍フリゲート「リッチモンド」)が中国空母「福建」を追尾するような動きを演出し、関心を台湾海峡に引きつける一方で、空母「プリンス・オブ・ウェールズ」本体は機を見て西太平洋から南シナ海へ移動した。英艦隊のフィリピンおよび南シナ海への展開は、9月16日にヴァーノン・コーカー卿(国務大臣)がフィリピン国防相に手交した、ジョン・ヒーリー英国防相名の書簡—「訪問部隊の地位協定(SOVFA)」締結に向けた意向表明—を後押しする動きとも位置づけられる。
中国「二つの空母」が南シナ海に展開、英空母打撃群は同海域を離脱(画像/筆者提供)
実際、9月13日朝、中国の東部戦区が台湾周辺の海空域で「統合戦備警戒パトロールおよび海空合同訓練」を実施した。筆者は当時の飛行経路図から、H-6爆撃機やJ-16戦闘機による遠海長距離飛行が継続し、比海(フィリピン海)方面で活動した可能性があると見ている。日米英の連携動向を念頭に、英国空母およびその打撃群を牽制する狙いがあったとの見方だ。
14日には、中国無人機2機が尖閣諸島(中国名・釣魚島)北西の空域で活動する様子が確認された。日本が米軍のMQ-9B無人機を導入し、中国海警や海軍艦艇への海空偵察を強化していることへの対抗措置で、自前の海空兵力の不足を補う狙いがあるとみられる。
15日には無人機1機が石垣島南方に飛来し、Y-9対潜機が宮古海峡を通過して西太平洋へ進出した。与那国島・石垣島周辺では米軍の「低可測性自主船艇(ALPV)」の運用試験が計画されたものの、中止になったとの情報もある。同日、台湾周辺では中国機延べ24機、中国艦11隻、公船6隻が活動。うち15機が台湾海峡の中間線を越え、北部・南西・東部空域に進入した。14日まで西太平洋で多国間演習に参加していた英空母打撃群が南シナ海へ向かう動きに呼応した可能性がある。16日は活動機数が31機に増え、26機が中間線を越えた。中国艦は最大で14隻に達し、英空母混成打撃群への警告色が濃かった。英打撃群はこの間、西太平洋から南シナ海へ速やかに移動したが、各国とも詳細は公表していない。
その後、英打撃群の一部であるフリゲート「リッチモンド」が16日にマニラへ寄港し、19日に出港。筆者は、この期間を通じて英空母が南シナ海を低姿勢で通過したとみている。21日には英空母打撃群がSNSで「南シナ海を通過し、シンガポールに戻った」と発信した。
英打撃群が低調な航行に徹した背景には、中国の「二正面」対応がある。南部戦区では「山東」空母打撃群が出港し、海南・陵水沖では「福建」空母が「科学研究・試験」を実施。加えて南部戦区の大型水上戦力が南シナ海で広範に行動していた。さらに「九一八」に合わせて開かれた香山フォーラムの開幕式で、董軍・国防部長は「いかなる台湾独立の企図も許さず、外部勢力の武力干渉をいつでも挫く」と強調。スカボロー礁(黄岩島)やセカンド・トーマス礁(仁愛礁)周辺での比中対立、域外勢力との南シナ海での演習に言及し、「中国は領土と権益を守る措置を取る」と警告した。
「福建」空母は9月10日午後に長江河口から南下し、浙江省・舟山海域を経て、護衛の「杭州」(956E型・136)と「済南」(052C型・152)と合流。11日13時ごろには尖閣北西約200キロを通過して南西に針路を取り、台湾海峡を北から南へ抜けた。12日午前6時ごろ、中国海軍報道官は今回の南下について「科学研究と訓練の実施」と説明。同日午前11時前後に南シナ海へ入った。14日には三亜軍港には入らず、海南・陵水空港沖で活動した。
15日17時49分、三亜海事局は相次いで演習通告を発出。航行警報「瓊航警149/25」では16日6時から14時まで、陵水南東の4点を結ぶ大規模な正方形海域(約4,718平方キロ)で軍事訓練を実施するとした。続く「瓊航警150/25」では17日6時から14時まで、同海域内の斜長方形(約1,118平方キロ)での訓練を告知したが、後者はのちに公式サイトから消えた。9月17日に台風17号「ミータ」が比北部から南シナ海へ向かった動きとの関連は不明で、「ミータ」は20日ごろ南シナ海に入った後、勢力を失った。
続いて台風18号「ラガサ 」は18日にフィリピン東方で発生し北西へ進路を取った。福建海事局は22日、同日11時33分と19時08分に相次いで通告を出し、21日午前8時時点の台風中心位置(北緯17度9.0分・東経127度0.0分、同18.6度・125.8度)を示した上で、福建沿岸への影響を警告。台風通過前に台湾海峡を北から南へ通過する計画の船舶は、動向を注視し速やかに航行計画を調整するか、適切な錨地で待機するよう求めた。21日の台湾海峡では午前8時40分〜10時40分の間に中国戦闘機(主力・補助)計3機が活動したのみで、台湾周辺の中国艦は常態配備の4隻にとどまった。
中央気象署の予報によれば、強い台風「樺加沙」は22日午前8時時点で北緯19.3度・東経123.1度、鵝鑾鼻の南東約370キロに位置し、時速20キロで西〜西北西へ。23日朝には鵝鑾鼻の南西で南シナ海に入り、25日午前2時には広東省・湛江付近に達する見通しだ。外縁部の影響は、陵水沖で訓練中の「福建」空母には限定的だったとみられる。
清瀾海事局も20日16時56分と21日0時に相次いで通告を出し、「瓊航警153/25」により21日8時〜22日12時、陵水南東の4点を結ぶ約5,965平方キロの大きな正方形海域で軍事訓練を実施すると通知。さらに同海域内に「短い瓶」形状の8点連結海域(約3,075平方キロ)を設定し、22日12時〜18時に訓練を行うとした。艦載機の電磁カタパルト(EMALS)関連試験の可能性も指摘される。
こうした海事通告と時系列、訓練の内容を踏まえると、「福建」空母の国慶節(10月1日)までの就役は容易ではない。就役式典の見通しについては、三亜海事局が「軍事活動」「軍事任務」「演習」等を告知し、新華社などの官製メディアが報じるかが判断材料となる。軍事系インフルエンサーによる就役日程の“当て推量”は、話題性はあっても専門性を損なう恐れがあり、現時点では控えるべきだろう。