台海の緊張が一段と高まる中、米中は前例のない衝突の瀬戸際にある。2025年9月15日、米国の著名シンクタンク「防務重視(Defense Priorities)」の軍事分析ディレクター、ジェニファー・カヴァナ(Jennifer Kavanagh)氏が『ニューヨーク・タイムズ』に寄稿し、大胆で賛否を呼ぶであろう提案を示した。トランプ政権に対し、中国と「大妥協」を模索して台海の安定を回復すべきだというもので、肝要なのは、米国が台湾に対し軍事支援は「保障でもなければ、無期限でもない」と明確に伝えることだとした。
カヴァナ氏は冒頭、過去10年の台海情勢が危うい「フィードバック・ループ」に陥っていると指摘する。台湾が対中で自律性を強めると、北京は軍事・言論両面で圧力を強化し、それに呼応してワシントンは民主パートナー支援の名の下に台湾への口頭・実質支援を引き上げる。この循環が自己強化を続け、台湾問題は米中関係の中核に浮上、衝突リスクは周回ごとに積み上がってきたという見立てだ。
ただし、これは宿命でも不可逆でもない。常識破りの交渉術で知られるトランプ氏なら、流れを反転させる余地がある――と同氏はみる。1949年の国府来台以降、台湾は米中関係の刺だったが、1970年代に米中は精妙な妥協に至った。米国は北京を中国の唯一の正統政府と認め、「台湾は中国の一部」とする中国の立場を「了解(acknowledge)」しつつ、台湾独立は支持せず、対台関係は非公式にとどめる一方で、防衛的装備の供与は継続した。いわゆる「戦略的曖昧さ」である。
この均衡は長年にわたり安定をもたらし、中国・台湾のみならずアジア全体の繁栄を下支えしたが、2016年を境に軋み始めた。蔡英文政権の発足で前任の馬英九氏とは異なる対中路線へ転じ、北京は軍事・経済圧力を強化。同年、トランプ氏は蔡氏の祝電に応じるなど外交慣例を崩し、米台高官交流の制限緩和も重なって北京をさらに刺激した。バイデン政権下では「台湾有事なら米軍が防衛する」との発言が繰り返され(のちに「政策変更はない」と修正)、2022年のペロシ下院議長の訪台は中国による過去最大級の軍事威嚇を誘発した。
「大妥協」の中身――米中それぞれが手放すもの
カヴァナ氏は「戦争回避案」として、大胆な取引を核に据える。米国は、域内の対中防衛態勢の過剰分を絞り、台湾への軍事支援は当然視も白紙委任もしないと明言する。台湾独立を支持しない立場を改めて強く示し、米台の公式接触は再び厳格に管理する。国会や国務省による台湾の国際機関でのプレゼンス拡大の働きかけを停止し、在台の米軍訓練要員は引き上げる。域内では、抑止と挑発が表裏一体になり得る装備配備を見直す。 (関連記事: トランプの「台湾防衛計画」露見――「戦略的曖昧さ」に終止符 産経新聞独自:米軍の台海軍事介入を前提に対中強硬を鮮明化 | 関連記事をもっと読む )
これに対し中国には、「統一の時間表はない」と明言し、安易な武力行使はしないと確約すること、台湾へのサイバー攻撃・軍事威嚇・貿易制裁を大幅に減じることを求める。中国側にも受け入れの合理性はあると同氏はみる。台湾奪取は空海陸の超高難度作戦で成功は保証されず、失敗すれば政権の正統性に打撃となる。人民解放軍の継続的な腐敗是正や経済減速も、長期戦に耐える力を損ねかねないからだ。