中国が過去数十年にわたり構築してきた「反介入・領域拒否(A2/AD)」戦略は、成熟段階に入ったとみられている。数千発規模のミサイルによって形成されるこの火力網は、米軍を台湾海峡の外に締め出すだけでなく、西太平洋に展開する米軍の空軍基地や港湾、各種軍事施設に対しても現実的な脅威となっている。
一方で、軍事専門家は米メディアのフォックス・ニュース(Fox News)に対し、中国人民解放軍が誇る膨大なミサイル戦力の背後には、深刻な弱点も存在すると指摘している。具体的には、汚職や腐敗の問題、部隊間の協同作戦能力の不足、さらには実戦経験の欠如といった要因が、作戦遂行能力を制約する可能性があるという。
米メディアの『フォックスニュース』(Fox News)は、陸上での衝突が米中対立において最も見落とされがちでありながら、実は最も重要な局面になり得ると指摘している。ただし、それは装甲部隊同士の正面衝突ではなく、ミサイル部隊の生存を賭けた戦いになる可能性が高い。米中の大規模衝突は、戦闘機が離陸する前に始まっているかもしれないという。
中国は、通常の制空権争いでは米軍に対抗できないことを十分に理解しており、中国人民解放軍は別の道を選んだ。すなわち、膨大な規模のロケット軍(PLARF)を構築するという戦略だ。マサチューセッツ工科大学(MIT)の上級研究員、エリック・ヘギンボサム氏は、「これは誤解されている競争だ。勝敗を分けるのは、どちらの戦闘機が速いかではなく、どちらのミサイルの射程が長いか、そしてどちらの基地が最初の攻撃を生き延びられるかだ」と指摘する。
ヘギンボサム氏は、「解放軍は、正面からの空中戦で優位に立てるとは考えていない。そのため、火力を投射する別の手段が必要であり、それが大量の地上発射装置を整備してきた理由だ」と説明した。2025年末までに、中国は世界最大規模の戦域ミサイル備蓄を保有する見通しで、これらは強化された地下施設や移動式発射車両に配備されている。発射後に迅速に移動する「シュート・アンド・スクート(撃って移動)」戦術を用い、開戦初期の数時間で飽和攻撃を行い、米軍の防衛網を無力化する構えだという。
戦略国際問題研究所(CSIS)の上級副所長、セス・ジョーンズ氏は、こうした動きに強い懸念を示している。「ロケット軍は短距離、中距離、長距離ミサイルを次々と増産している。現在では第一列島線を越える能力を持ち、さらに第二列島線に対しても脅威を増大させている」と述べた。これは、日本の嘉手納基地からグアムのアンダーセン空軍基地に至るまで、太平洋に展開する米軍拠点のいずれもが攻撃を免れない可能性を意味する。
(関連記事:
台湾国家安全局「米中対立は管理段階へ」 中国は日本への圧力を維持
|
関連記事をもっと読む
)
米軍のアキレス腱:弾薬在庫はわずか1週間分
『フォックス・ニュース』によると、米軍は数量面では一時的に劣勢にあるものの、戦力の質では依然として重要な優位性を保持している。トマホーク巡航ミサイル、SM-6ミサイル、極超音速兵器など、米国のミサイル戦力は、中国が現時点では模倣できない地球規模の監視ネットワークと結びついている。衛星、水中センサー、ステルス無人機、そして数十年にわたる実戦経験によって磨かれてきた統合指揮システムにより、目標選定能力と生存性の面で世界的に突出しているという。
しかし、ジョーンズ氏は米軍の弱点も指摘する。「もし今、台湾海峡で衝突が起きた場合、米軍の長距離精密誘導弾(ロングレンジ弾薬)は、およそ1週間で枯渇するだろう」。この致命的な火力不足を補うため、米軍は冷戦以来最大規模となるミサイル生産能力の拡大に着手している。タイフォン発射システム(Typhon Launchers)、HIMARS多連装ロケットシステム、極超音速兵器などがその中核で、地上配備型兵器の生産を急拡大することで、双方の差を縮めようとしている。
ヘギンボサム氏は、「米国はいま、反艦ミサイルを猛烈な勢いで調達している」とも述べた。現在の計画では、米軍は2035年までに約1万5,000発の長距離反艦ミサイルを配備する見通しで、これは現在の約2,500発の在庫の6倍に相当する。
さらに米国は、多層的な防空体制にも依存している。パトリオット・ミサイルシステムは空軍基地や後方支援拠点を防護し、終末高高度防衛(THAAD)は高高度の弾道ミサイルを迎撃、イージス艦は沿岸から離れた海域でミサイル迎撃を担う。ヘギンボサム氏は、こうした防衛の組み合わせをさらに拡充する必要があると強調し、より強力で、可能であれば低コストのミサイル防衛システムの整備が不可欠だとの認識を示した。
解放軍の三大敵:汚職、体制、そして「実戦経験の欠如」
中国人民解放軍はミサイルの数量面では優位に立っているものの、複数の専門家は、この巨大な軍事組織の内部には外部からは見えにくい深刻な問題が存在すると指摘する。戦略国際問題研究所(CSIS)のセス・ジョーンズ氏は、「中国の防衛産業の大半は国有企業(SOE)であり、著しい非効率性やシステム品質の問題、さらに大規模な整備上の課題が見られる」と述べた。その上で、「中国は1970年代、すなわちベトナム戦争後の中越戦争以来、本格的な戦争を経験していない」と指摘した。
腐敗や非効率性に加え、統合作戦への不慣れさは、人民解放軍の明確な弱点とされる。これに対し、米国の軍需産業は世界的に高い評価を受けており、米軍は過去数十年にわたって、衛星、水中センサー、ステルス無人機、統合作戦指揮システムを磨き上げてきた。米軍が構築する「キル・ウェブ(Kill Web)」は、サイバー、宇宙、電磁戦、精密打撃を統合するものであり、このような軍種横断的な協同能力は、人民解放軍が現時点で容易に再現できるものではないとみられている。
特に人民解放軍は、軍種をまたぐ協同作戦の経験が乏しく、教義や組織構造上の制約にも直面している。その象徴が、軍事指揮官と政治委員が並立する「二重指揮体制」だ。分単位、秒単位で判断が求められる現代戦において、この体制は意思決定の遅れを招く恐れがあると指摘されている。
台湾海峡をめぐる危機において、中国は地理的な優位、いわば「ホームグラウンド」の利を有しているが、その火力投射能力は沿岸部を離れると急速に低下するとされる。ミサイル戦においては、弾頭の数そのものよりも、精度、統合性、そして生存性が重要であり、これらの分野では米国が依然として顕著な優位を保っている。
ジョーンズ氏は、中国は第一列島線を越えた先に多くの基地を持たないと指摘し、人民解放軍は強力な「大陸軍」ではあるものの、必ずしも有効な「遠征軍」とは言えないとの見方を示した。一方、台湾防衛のために太平洋を越えて展開しなければならない米国は、中国が模倣できない切り札を有している。それが同盟国の存在だ。
日本、フィリピン、オーストラリア、韓国といった同盟・友好国は、米軍に対して戦略的縦深、情報共有、後方支援拠点、そして極めて重要な「発射拠点」を提供している。ヘギンボサム氏は、「地域の基地は絶対的に中核となる要素だ」と強調する。米国とフィリピンが最近締結した協定や、日本、オーストラリアとの協力拡大は、発射装置を「射程に入り、かつ排除されにくい」位置に分散配置することを目的としている。
その結果、米軍は第二次世界大戦のように数十万人規模の兵力を常駐させる必要はなく、分散した小規模なミサイル部隊だけでも強力な抑止力を形成できるとされる。
さらに、米軍の水中戦力も中国にとって大きな脅威だ。米国の原子力潜水艦は西太平洋のどこにでも潜伏し、巡航ミサイルを発射できる。この「見えない火力」は同盟国の基地に依存せず、人民解放軍による探知も困難であり、中国が現時点で保有していない戦略資産だとされている。
究極の難問:中国本土を攻撃するか、しないか?
『フォックス・ニュース』は、米中間で陸上を含む大規模衝突が起きた場合、勝敗の鍵は、どちらが先にミサイルを発射し、発射後に迅速に移動し、再び攻撃を続けられるかにあると指摘する。中国は生存性の向上に巨額の投資を行い、部隊を地下壕やトンネルに分散配置し、防御を強化してきた。多くの部隊は数分以内に発射と移動を完了できる体制を整えているという。
一方、太平洋に展開する米軍のミサイル発射拠点は、中国による厳密な監視と長距離ミサイルの脅威にさらされる。過去20年間、対テロ作戦に重点を置いてきた米国防総省は、現在、欺瞞(情報操作や偽装)、機動性の向上、インフラ強化への投資を再び拡大しており、これらはミサイル戦の初期段階で生き残るために不可欠だとされる。
しかし、台湾防衛に踏み込む場合、アメリカは極めて政治的に敏感な問題に直面する。それは、中国本土にあるミサイル基地を直接攻撃するかどうかだ。攻撃すれば事態が急激にエスカレートする恐れがある一方、攻撃を控えれば作戦コストは大きく跳ね上がる。
もし米軍が自制し、福建省や江西省奥地の発射サイロを攻撃しなければ、人民解放軍は途切れることなく火力を投射し続けることになる。逆に本土を攻撃すれば、戦争は急速に拡大し、核の閾値に触れる可能性も否定できない。
ヘギンボサム氏は、「中国本土の基地を攻撃せずとも台湾を防衛することは可能だが、その場合、重要な優位性を一つ放棄することになる」と述べた上で、「核時代における現実は、ほぼすべての紛争が何らかの形で『限定戦争』になるということだ。問題は、どこに行動の線を引くのか、衝突の拡大を防げるのか、そしてどのようなトレードオフを受け入れるのかだ」と語った。
地理条件、同盟関係、生存能力に制約されるこのミサイル戦争では、純粋な火力の多寡だけでなく、政治的判断や指揮・統合能力が同等に重要となる。米国にとっての課題は、十分な数の長距離ミサイルを生産し、それを運用するための基地を確保し、砲火の中で発射装置の安全を保てるかどうかにある。一方、中国にとっては、膨大なミサイル備蓄と戦略的縦深が、協調、指揮体制、実戦経験の不足を補えるかが問われている。
『フォックス・ニュース』は、どちらの側が火力を維持し、移動させ、より長く撃ち続けることができるかが、陸上戦場を制し、ひいては太平洋における戦争の成り行きを左右する可能性があると指摘している。