【寄稿】南シナ海から台湾海峡へ 中国海警局が揺さぶる第1列島線の秩序 台湾の海洋委員会海巡署(沿岸警備隊に相当)は21日、金門島の制限水域に接近する中国海警局の船艇4隻の編隊を確認し、直ちに巡視艇4隻を派遣して1対1で併走しながら監視・警告を行った。中国海警局の船艇は午後5時頃にすべて反転して同水域を離れたが、7月に入ってからの侵入はこれで3度目となる。(写真/海巡署金馬澎分署提供)
7月20日、フィリピン船がセカンドトーマス礁(Second Thomas Shoal)付近で中国海警局(沿岸警備隊に相当、以下、海警局)と衝突する事案が発生した。同日、東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議がフィリピンのマニラで開幕した。
その後、マルコ・ルビオ米国務長官と中国の王毅外相が会談し、米中関係、台湾、南シナ海、地域安全保障などの課題をめぐり意見交換を行った。さらに7月23日、24日には、スカボロー礁(Scarborough Shoal)周辺で、中国海警局の船舶がフィリピン公船に対して放水砲を使用し、退去させようとする事案が相次いだ。
外交の場では安定を模索する一方で、海上では圧力をかけ続ける。こうした手法を通じて、中国政府は海警局を「第1列島線(First Island Chain)」をめぐる主導権争いの最前線へと押し出している。
こうした 体制の下で、人民解放軍は軍事的威嚇を担い、海警局は巡航、進路妨害、臨検・立ち入り検査を実施する。さらに海上民兵がこれらの行動を支援し、中国当局は法律や宣伝を通じて、一連の動きを「法に基づく管轄」として正当化している。
中国政府はこの構図を通じて、軍事的圧力を日常的な法執行へと転換し、武力衝突を容易に引き起こさない形で、第1列島線の海上秩序を段階的に変えようとしている。
25日、マルコ・ルビオ米国務長官 が妻のジャネット・ルビオ(Jeanette Rubio)さんとともにインドのタージ・マハルを訪問。(写真/AP通信提供)
南シナ海でのモデルケース 圧力を日常の「管轄」へ セカンドトーマス礁からスカボロー礁に至るまで、中国政府は海軍による直接的な支配ではなく、海警局の船艇を繰り返し派遣している。巡航、補給活動の妨害、放水砲による退去要求、至近距離での進路妨害を行いながら、その映像や「法執行」という言葉を通じて、国際社会に対し「これは軍事的拡張ではなく、管轄権の行使である」と訴えている。
この戦略の核心は、中国海警局の存在を「常態化」させることにある。フィリピンが補給を試みれば妨害し、拠点を維持しようとすれば法執行を名目に圧力をかける。海警船は軍艦に比べて武力衝突への警戒を引き起こしにくい一方で、一般の公船よりも強い強制力を持つ。そのため、グレーゾーン(Grey Zone)における対立の中で、極めて対応が難しい存在となっている。
ASEAN外相会議の期間中も、南シナ海の領有権問題や「南シナ海行動規範(COC)」の策定交渉が焦点となった。中国とフィリピンは互いに抗議を行っているものの、双方とも事態が制御不能に陥ることは望んでいない。
台湾海峡への波及、増加する中国公船の活動 台湾海峡でも、南シナ海と似た変化が生じている。2024年2月、金門島周辺で中国大陸の小型高速艇が転覆した事件を契機に、中国側は台湾が主張する「禁止・制限水域」の存在を否定し、中国海警局による金門島周辺での常態的な巡航を開始した。
2026年6月には、台湾本島および周辺離島における中国公船の活動がさらに活発化している。
『AFP通信』の報道によると、台湾の海洋委員会海巡署(沿岸警備隊に相当)は6月、台湾本島および離島周辺海域で、中国公船を延べ263隻確認した。これには海警船、救助船、海洋調査船が含まれる。5月の200隻を上回り、2025年6月の171隻からも大幅に増加している。なお、この数には軍艦は含まれていない。
海巡署の担当者は、船舶の種類、活動規模のいずれにおいても、中国政府の船舶によるグレーゾーン活動が明らかに増加していると指摘している。
これは人民解放軍による台湾周辺での軍事演習とは性質が異なる。軍事演習が短期間での軍事的威嚇を目的とするのに対し、海警局は継続的な巡航によって、台湾が従来維持してきた法執行と管轄の空間を徐々に揺さぶっている。その活動範囲も、金門島や馬祖島などの離島にとどまらず、台湾本島周辺へと拡大している。
台湾東岸へ広がる海警局の巡航 『ロイター通信』 は7月、中国海警局の活動がすでに台湾東部海域にまで広がっていると報じた。これまで台湾東岸に海警船が現れる場合、その多くは人民解放軍による海上封鎖演習に連動したものだった。
しかし現在は、「権益維持のための法執行巡航」を名目に、海警局が単独で行動するケースもみられる。これは、中国側が演習時の封鎖圧力を恒常的な巡航へと転換しようとしていることを示している。
台湾の海巡署は、中国が複数の地点、多様な形態、広域的な手法でグレーゾーン作戦を推進していると指摘し、中国政府は台湾周辺海域における管轄権を有していないと強調している。米国、英国、フランス、ドイツも一連の巡航に対して懸念を表明している。
中国海警の活動範囲が金門島から台湾東岸へと広がることで、第1列島線の東側が直面しているのは、単なる軍事的脅威だけではなくなった。海上での法執行権や航行管轄をめぐる課題も、同時に浮上している。
馬英九元総統の政権時代、台湾は尖閣諸島(台湾名・釣魚台)や南シナ海の主権問題をめぐり、外交声明の発表にとどまらず、海巡による漁船保護、艦艇の巡視、海軍による支援、太平島への駐留といった具体的な対応も取った。馬氏は退任前に自ら太平島を訪問し、中華民国の主権主張を改めて示している。
現在、中国海警局の活動が金門島から台湾東岸へと広がる中、台湾政府には、海巡による法執行、海軍による後方支援、国際協力を統合し、持続的かつ明確な対応を打ち出すことが求められている。
第1列島線を守る鍵は「継続的な管轄」 これは海巡の法執行能力を示すと同時に、第一線が直面しているグレーゾーンの圧力を国際社会に直接伝える狙いがある。中国が巡航活動を日常的な管轄として既成事実化しようとする中、台湾は継続的な巡視、不法な臨検・立ち入り検査の拒否、国際協力の深化を通じて、関連水域の実効的な管理を維持する必要がある。
これまで第1列島線をめぐる議論は、主に海空軍の配備、ミサイルの射程、有事における海上封鎖などに焦点が当てられてきた。しかし、中国海警局の活動拡大により、その競争は法執行、管轄権、法律、外交の領域にまで及んでいる。
中国は直接的な武力行使に踏み切らなくとも、海警局による巡航、臨検・立ち入り検査、威圧行動を継続するだけで、周辺国の管轄権をめぐる現状を段階的に変えることができる。セカンドトーマス礁、スカボロー礁から金門島、さらには台湾東岸に至るまで、同じグレーゾーン戦略が第1列島線に沿って着実に進められている。
台湾にとって真の課題は、海警船の存在そのものではない。中国が継続的な法執行を通じて、新たな海上秩序を形作ろうとしている点にある。
台湾政府が事後的な抗議にとどまり、安定した巡視、法執行、国際協力を通じた実効的な管轄を維持できなければ、中国海警の活動は次第に国際社会から「新たな常態」として受け止められる恐れがある。
第1列島線をめぐる競争は、もはや単なる軍事力の競争ではない。管轄権と現場の秩序をめぐる競争へと変質している。主権は法的文書や外交声明の中だけにとどまるものではなく、継続的な存在と有効な管理によって裏付けられなければならない。
一方の巡航が慣例となる中で、もう一方がそれに対応する管轄行動を維持できなければ、第1列島線をめぐる現実もまた、次第に書き換えられていくことになる。
*筆者・夏一新氏はカナダ・ブリティッシュコロンビア大学哲学博士、台湾教育部認定の副教授、精神科医。
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