台湾の卓栄泰行政院長(首相に相当)は2026年3月7日、私的な日程として東京ドームを訪れ、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の台湾―チェコ戦を観戦した。
卓氏の訪日は事前に公表されておらず、黒のフライトジャケットに「TEAM TAIWAN」と書かれたキャップ姿で観客席に現れたことは、台湾でも大きな注目を集めた。一方、複数の台湾政府関係者によると、訪日を巡る調整は日本側の要請通りには進まず、その後の日台間の実務的な交流にも影響を残したという。
約1カ月後の4月、台湾と外交関係を持つマーシャル諸島を訪問した林佳龍外交部長(外相に相当)は、羽田空港での乗り継ぎに際し、空港外での面会や訪問日程を設けず、ターミナル内のホテルに宿泊した。
林氏本人は、早朝に出発するチャーター機への乗り継ぎを考慮した通常の判断だと説明し、日台関係への影響も否定している。一方、日台関係に携わる複数の関係者は、日本外務省の慎重な姿勢を考慮した対応だったとの見方を示している。
卓氏の東京訪問を巡り、日台外交の舞台裏で何が起きていたのか。
林佳龍外交部長は2025年7月、私的日程として日本を訪問したが、2026年4月の東京経由では、羽田空港内のホテルに宿泊して乗り継いだ。林氏は日台間の意思疎通は円滑だと説明している一方、実務レベルで摩擦が生じているとの見方も出ている。(写真/中央通訊社)
林佳龍外相、羽田で一夜 「通常の乗り継ぎ」と説明 林氏は4月7日から9日にかけ、訪問団を率いてマーシャル諸島を訪れた。
チャーター機の運航ルートの都合から、一行は台湾から民間の定期便で羽田空港へ向かい、東京でチャーター機に乗り継ぐ日程を組んだ。
林氏は7月22日、立法院外交・国防委員会で、前日の午後11時ごろに東京へ到着し、チャーター機は翌朝7時に出発する予定だったと説明した。午前5時ごろには搭乗手続きを始める必要があったため、空港内のホテルに宿泊したという。
林氏は「とても快適だった。ごく普通のことだ」と述べ、空港内ホテルへの宿泊が日本側との関係悪化によるものだとの見方を否定した。
林氏はまた、「日台関係は一つの出来事によって左右されるものではない」とした上で、双方の意思疎通は円滑で、現在も幅広い交流や協力が続いていると強調した。一方、台湾メディア『風傳媒(ストームメディア)』の取材によると、日台関係を巡って摩擦が生じているとの見方は、必ずしも根拠のないものではないという。
関係者によると、林氏は乗り継ぎ当日の日中まで台湾で予定が詰まっていたため、羽田行きの最終便を利用した。東京での滞在時間は8時間に満たず、空港外への移動による負担を避けるため、ターミナル内のホテルを選んだという。
2026年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、東京ドームに駆け付け台湾代表を応援する台湾のファン。卓栄泰行政院長の来場は、日台間の外交調整を巡る波紋を呼んだ。(資料写真/AP通信)
1カ月前の卓氏訪日、日本側は慎重姿勢か では、3月7日の卓氏の東京訪問を巡り、舞台裏で何が起きていたのか。
台湾日本関係協会の謝長廷会長が持つ日本政界との人脈を通じ、自民党幹部側と直接調整を進め、双方の協議がある程度進んだ段階で、外交当局に対応が引き継がれたという。
当時、日本と中国の関係は、台湾情勢を巡る高市早苗首相の国会答弁などを受け、緊張が続いていた。中国側からのさらなる反発を招く可能性を考慮し、日本外務省の実務担当者は台湾の行政院長による訪日に慎重だったとされる。
台湾政府関係者によると、日本側は訪問を受け入れるに当たり、日程や同行者、情報公開の方法について複数の条件を提示した。
関係者は「日本側が明確に訪問を拒否したわけではないが、提示された条件からは、当時の訪日を望んでいない姿勢が読み取れた」と話す。
「私的日程」に報道官と撮影担当者が同行 日本側は、卓氏の訪問を可能な限り目立たない形で行うよう求めていたとされる。
卓氏は「私的な日程」として訪日したものの、行政院の報道官や撮影担当者を同行させていた。
卓氏の東京ドーム訪問は、行政院が自ら発表したものではない。球場で試合を取材していた台湾の通信社・中央通訊社の記者が、観客席にいた卓氏を偶然見つけたことで明らかになった。
『Nikkei Asia』は、日本側が事前に報道官や撮影担当者を同行させないよう求めていたと報じている。卓氏の訪問が短時間で広く報じられたことを受け、日本側の関係者が「裏切られたと感じた」と語ったとも伝えた。
台湾政府関係者の一人は、卓氏側が日本側の慎重な姿勢を十分にくみ取らないまま訪問を進めたことで、外務省の実務担当者に不信感を残したと指摘する。
卓栄泰行政院長は、WBC観戦のための訪日について、自費でチャーター機を手配した契約書を示し、「私的日程」だったと説明した。一方、『Nikkei Asia』は、報道官と撮影担当者を同行させたことで、日本側関係者が「裏切られたと感じた」と報じた。(写真/行政院提供)
林氏は日本側への配慮から日程を見送ったのか 林氏は2025年7月にも、私的な日程として家族とともに日本を訪れ、大阪・関西万博を訪問している。
この際は東京にも移動し、台北駐日経済文化代表処を訪問したほか、当時は首相就任前だった高市氏を含む日本の国会議員らとも面会した。
関係者によると、台湾の外交当局は林氏の訪問を実現するため、数カ月前から日本外務省と調整を続けていた。中国側は林氏の訪日に反発したものの、日本側は予定されていた交流を支持する姿勢を崩さなかったという。
これに対し、2026年4月のマーシャル諸島訪問では、林氏は羽田空港での乗り継ぎにとどめ、空港外での面会や表敬訪問を設定しなかった。
関係者の一部は、卓氏の訪日後に生じた日本側の慎重な雰囲気を林氏が考慮し、相手側に新たな調整上の負担をかけないよう判断した可能性があるとみている。
ただし、林氏自身はこうした見方を否定している。空港内ホテルへの宿泊は、あくまで乗り継ぎ時間に基づく実務的な判断だったとしている。
林佳龍外交部長(中央)は2025年7月、同じく「私的日程」として訪日し、当時、次期首相候補として注目されていた高市早苗氏(右から2人目)らと面会した。中国側の抗議に対し、日本外務省も強い姿勢を示したとされる。(資料写真/古屋圭司氏の公式Facebookより)
卓氏訪日後、実務レベルの対応に変化との証言 林氏が立法院で日台関係への影響を否定する一方、対日交流に関わる台湾側の複数の関係者は、卓氏の訪日後、日本側の実務的な対応に変化がみられたと証言している。
台湾の対日外交に携わる関係者の間でも、通常の外交ルートによる調整が十分に整う前に卓氏の訪問計画が進められたことに対し、不満が残っているとされる。
最近、匿名のインターネット掲示板に投稿された卓氏訪日を巡る情報についても、複数の関係者は、一部に実際の調整内容と一致する点があると話している。ただし、投稿者や情報の出所は確認されていない。
日台関係そのものへの影響は限定的 一方、卓氏の訪日を巡る問題が、日台関係全体に深刻な打撃を与えたとまではみられていない。
謝長廷氏は7月上旬に日本を訪れ、衆議院議員らと面会した。台湾の李逸洋駐日代表も、日本の国会議員との交流を続けている。
民進党の立法委員に加え、龔明鑫経済部長、郭雅慧総統府報道官ら台湾の政府関係者も相次いで日本を訪問している。
日台関係に詳しい関係者は、日本の政治指導層には現在も台湾に友好的な人物が多く、双方の政治レベルの交流には大きな影響が出ていないと指摘する。
「今回の問題は、日台関係そのものが後退したというより、外務省を中心とする実務担当者との信頼に傷がついたという性格が強い」と同関係者は話す。
日本の国家運営は専門性の高い官僚機構に支えられている。外務省でも実務官僚が政策形成や執行を主導し、時に大臣を上回るほどの影響力を持つと指摘されている。(資料写真/AP通信)
焦点は外務省官僚との信頼回復 日本の中央省庁が集まる霞が関は、中央政府や官僚組織を象徴する言葉としても使われる。
日本事情に詳しい台湾側関係者は、対日外交を進める上では、政治家との関係だけでなく、政策の立案や執行を担う外務省の実務官僚との信頼関係が重要だと指摘する。
政権や閣僚が交代しても、官僚組織は長期にわたって外交政策の運用に関わる。そのため、一度「好ましくない前例」と受け止められた出来事は、その後の調整にも影響を残す可能性があるという。
高市氏をはじめ、日本政界には台湾との関係強化に積極的な政治家が少なくない。しかし、正式な外交関係を持たない日台間の交流では、中国側の反応や既存の外交慣行を考慮しながら、段階的に調整を重ねる必要がある。
関係者は、日本側が信頼関係と過去の前例を重視する点を挙げ、「相手から求められた条件を守ることが、その後の協力を進める上で不可欠だ」と語る。
卓氏のWBC観戦が日台関係の根幹を揺るがしたわけではない。ただ、訪問を巡る調整が日本側の実務担当者に不信感を残したとの証言は複数ある。
林氏が羽田空港での乗り継ぎにとどめた判断が、卓氏の訪日問題と直接結び付くかどうかは確認されていない。それでも今回の一連の出来事は、日台交流を進める上で、政治的な友好関係だけでなく、外交実務における慎重な調整と信頼の積み重ねが欠かせないことを改めて示している。