台湾の運動部(スポーツ省)の李洋部長(スポーツ相)は9月9日、SNSにこうつづった。就任からの1年を「毎日、薄氷を踏む思いだった」と振り返り、自身にはまだ至らない点が多いとした上で、これまで寄せられた助言や励まし、監督、支持に感謝を示した。
投稿には「最高の部長」「これからも頑張って」といった応援や肯定的なコメントが相次ぎ、中には頼清徳政権は今回「本当に適任者を見つけた」と評価するネットユーザーもいた。
一方、SNSで高い人気を集める李氏に対し、スポーツ界では異なる見方もある。五輪金メダリストという実績を背負って就任した李氏は、競技団体改革などをめぐってたびたび注目を集めてきたが、政策の進展がその注目度や発信力に見合っていないとの指摘も出ている。
李氏が率いる運動部では、どのように意思決定が行われているのか。関係者によると、李氏のそばには重要な「女性参謀」がいるという。
運動部発足から1年を迎え、李洋氏(右)はこの1年を「薄氷を踏む思いだった」と振り返った。(資料写真、柯承惠撮影)
民進党の比例代表候補にも 劉柏君氏「運動部を批判しにくい」空気を皮肉る 「今日は運動部の『一周忌』です。あ、1周年、1周年ですね。失礼しました」
スポーツ・グッドコーズ協会の劉柏君理事は、かつて民進党の比例代表候補名簿に入り、頼清徳政権にスポーツ政策をたびたび提言してきた人物だ。その劉氏は、運動部発足1周年の日に立法院で記者会見を開き、現在は「運動部の悪いところをあまり言えない」ような空気になっていると皮肉った。
劉氏は、頼清徳総統に2度にわたってスポーツ外交を提言し、ようやく政府の施政方針に盛り込まれ、運動部長と外交部長による会議まで開かれたと説明。「長々と覚書までまとめた。それで? そう、その後は何もなかった」と批判した。
さらに、民進党が「これだけ政権として成果を上げているのに、なぜ有権者に票を入れてもらえないのか」が分からないのであれば、この1年の経験を見れば答えが分かるのではないかと指摘。「自分の口からこんな言葉が出るのはおかしいが、少し体育署が懐かしい」と語った。
劉氏は、自身も好ましく思わない競技団体はあるとした一方、地道に努力を続けている団体もあるのに、政府がすべてのスポーツ団体を敵のように扱っていると嘆いた。運動部発足の目的は、本来、政府、競技団体、選手の間に新たなパートナー関係を築くことにあるはずだと訴えた。
台湾スポーツ・グッドコーズ協会の劉柏君執行長は、現在は「運動部の悪いところを言いにくい」ような空気があると指摘した。(資料写真、劉偉宏撮影)
スポーツ界の外では評価、近づくほど疑問の声も 李氏は五輪金メダリストとして鮮明な個人イメージを持つ。関係者によると、運動部はSNS運用を非常に重視しており、ネット上には同部の取り組みを評価する声も少なくない。こうした成果は民進党内でも一定の評価を得ているという。
スポーツ政策に関わる複数の民進党立法委員も、李氏のチームは宣伝や広報では非常に優れている一方、実際に政策協議に入ると「非常に意思疎通が難しい」と率直に語る。
会議の日程が何度も変更され、ようやく面会できても20~30分程度にとどまることが多く、運動部に意見を伝えたいと期待していた関係者の中には失望する人も少なくないという。
関係者によると、一部のスポーツ界関係者は、体育署から運動部へ格上げされて1年がたったにもかかわらず、従来から解決が期待されていた問題について、依然として明確な改革の道筋が見えないことに不満を抱いている。
あるスポーツ界関係者は各競技団体を例に挙げ、運動部は団体の予算を厳格に審査し、財務の透明性を求めているものの、制度上の制約から、団体の自治に介入することなく選手の権益を保障するのは難しいと指摘する。
ただ、体操協会をめぐる問題が深刻化する中、運動部は今回、異例の厳しい対応に踏み切った。
台湾の体操選手、潘采宸、李佳蔚両選手は、世界体操競技選手権への出場資格を繰り上げで得ていたが、体操協会は選手やコーチに知らせないまま、出場しないと回答した。
運動部は9月11日、「国民体育法」第43条に基づく後続の処分手続きを正式に開始し、この問題で主な責任を負う協会秘書長について解任措置を進めた。
民進党の立法委員からは、李洋氏(右から2人目)との政策面での意思疎通が円滑ではないとの指摘も出ている。(資料写真、劉偉宏撮影)
「側近」に強く依存する李氏 一部で卓君澤氏を「影の部長」と呼ぶ声 李氏には、これまで政治や行政の経験がなかった。しかし、競技スポーツ、生涯スポーツ、スポーツ産業、各競技団体から省庁間の調整まで、幅広い分野を所管することになった。
選手から一足飛びに大臣となった李氏を、誰が裏で支え、助言しているのか。これはスポーツ界で以前からひそかに注目されてきたテーマで、名前が挙がる人物は一人だけではない。
スポーツ界関係者によると、李氏の父親とバドミントン協会の理事長が会食に同席し、その席で資源配分が話題に上ったことがあり、両者の関係が一時、話題になったという。
もう一人、しばしば名前が挙がるのが、李氏の恩師で、国民党籍の元行政院体育委員会主任委員、戴遐齡氏だ。
関係者によると、李氏は就任後も時折、戴氏に助言を求め、戴氏もさまざまな政策について意見を伝えているという。運動部の会議で戴氏が審査委員を務める姿が見られることもある。
運動部への格上げ後、官僚の多くは旧体育署から留任し、ほかに中央省庁や台北市政府などの出身者もいる。李氏が自ら運動部に連れてきた、いわゆる「身内」は多くない。
そのため、李氏は部長室の小規模なチームによる情報の判断に強く依存しているとされる。中でも、部長室の簡任視察(上級職員)を務める卓君澤氏は、李氏にとって重要な中核スタッフの一人だ。
さらにスポーツ界の一部では、競技団体が運動部に補助金を申請する場合、「まず卓氏に話を通しておいた方がいい」との話まで広まっているという。こうしたことから、卓氏を「影の部長」と呼ぶ声も出るようになった。
これに対し、運動部は台湾メディア『風傳媒(ストームメディア)』の取材に対し、各種予算や補助業務はいずれも関連法令と所定の手続きに従って行われ、担当者も職務上の権限に基づいて業務を行っており、指摘されたような事実はないと回答した。
李洋氏は就任後、国民党籍の元行政院体育委員会主任委員、戴遐齡氏(写真)にたびたび助言を求めているという。(資料写真、顏麟宇撮影)
卓君澤氏とは 日本メディアが「超美人」と評価、本人は「気が強い」 卓氏はかつてスポーツ専門チャンネルのキャスターを務め、日本メディアから「超美人」と評されたこともある。その後、TSNAスポーツニュースチームの執行長を務め、長年にわたってスポーツ界とメディア業界で人脈を築いてきた。
華やかな印象に加え、仕事では自分の考えをはっきり持つタイプで、問題があると考えれば、遠回しな言い方をせず率直に意見を伝えることが多いという。
卓氏は過去のインタビューで、自身はせっかちで「比較的、気が強い」性格だと語っている。相手にどう対応してほしいかを直接伝えることが多い一方、一度やると決めたことには全力で取り組むという。
こうした仕事のスタイルで運動部入りした卓氏は、関係者によると、イベントの運営をめぐって意見が食い違った際、中華民国3x3バスケットボール協会の鄭志龍副理事長と面と向かって激しく意見を交わしたこともあったという。
卓氏が運動部内で持つ存在感は、李氏の人事配置にも表れている。
前運動部政務次長の鄭世忠氏が2026年4月に辞任した後、卓氏が政務次長に昇格するのではないかとの観測が一時浮上した。
事情に詳しい関係者によると、この人事構想は全く根拠のない話ではなかったものの、政務次長を務めるには経歴が十分ではないとの反発があり、最終的には実現しなかったという。
8月末になり、政務次長には国立台北教育大学体育学系の楊啓文教授が就任することが決まった。楊氏は主に学界でキャリアを積み、同大学の総務長を務めた経験もある。
関係者によると、楊氏と李氏はもともと個人的な親交があった。李氏は就任後、運動部内に十分に信頼でき、直接意思疎通ができる「身内」が少ないと感じたことから、今回の人事につながったという。ただ、長年スポーツ界に身を置いてきた一部の関係者にとって、楊氏は比較的なじみの薄い人物でもある。
元スポーツキャスターの卓君澤氏(写真)は、運動部の公文書や政策提言が部長室まで届き、李洋氏の了承を得られるかどうかをめぐり、その判断や姿勢が重要な役割を果たしているとされる。(卓君澤氏のFacebookより)
李氏に残された課題 スポーツ界に「体育署が懐かしい」と言わせないために 李氏のチームは話題づくりに長けており、「揮汗有礼(運動で50台湾ドル分の特典がもらえるキャンペーン) 」はその代表例だ。
発表後、大きな反響を呼び、参加も好調だった。9月8日時点で180万件を突破したため、運動部は急きょ100万件分を追加した。
ある民進党立法委員は、2026年初めに配布した60万件分の「運動幣(スポーツコイン)」の利用率が予想を下回り、運動部が翌年度の予算審査への影響を懸念したことから、「揮汗有礼」キャンペーンが生まれたと明かす。参加へのインセンティブを高め、市民の参加を増やす狙いがあったという。
政策目標が国民全体の運動促進であるなら、8000歩を歩くという条件で、もともと運動習慣がなかった人々のうち、どれほどの人に実際に働き掛けることができるのか。
また、目標がスポーツ産業の発展であるなら、本来「運動幣」は消費をスポーツ産業に誘導することを目的としていたにもかかわらず、なぜ今回の特典はコンビニなどでの一般消費に流れるのかという。
「『揮汗有礼』はいったい何を解決しようとしているのか、本当に分からない」
同氏はさらに半ば冗談交じりに、李氏と台北市長の蒋万安氏には似たところがあると評した。個人イメージが良く、シンプルで市民が効果を感じやすい政策を通じて話題をつくるのがうまいという。
行政院の元政務委員、張景森氏も、蒋万安市政の「生生喝鮮奶(児童・生徒への牛乳提供策) 」と「揮汗有礼」を並べて論じた。
張氏は、週に牛乳1本を配っても、もともと十分な栄養を取れている子どもにとっては牛乳が1本増えるだけで、本当に栄養が不足している子どもが、それによって十分な支援を受けられるとは限らないと指摘する。
同様に、すでに定期的に運動している人は「揮汗有礼」の50台湾ドル分の特典をついでに受け取るかもしれないが、運動習慣がなかった人が週50台湾ドルのために運動を始めるとは限らないとした。
「効果のない政策は、基本的には社会資源を無駄にする政策だ」
李氏の就任当初、スポーツ界では、選手のことを最もよく理解する人物が、自ら経験してきた問題のある制度を自らの手で変えることへの期待があった。
1年がたち、李氏は、より多くの人々にスポーツをめぐる問題へ関心を向けさせる力があることを示した。
一方、スポーツ界に「体育署が懐かしい」と嘆かせるのではなく、運動部がもたらした変化を実際に感じてもらえるかどうか。それが、李氏にとって今後の課題となる。