米陸軍が10月に公表した新たな作戦指針文書『How the Army Fights』で、「台湾」という言葉が直接登場するのは全文で1カ所だけだ。付録Eに記された想定シナリオ「台湾―陸軍の動的打撃への貢献(Taiwan – Dynamic Army Strike Contribution)」である。
ただ、このシナリオの本文には台湾本島や台湾海峡での作戦についての記述はなく、舞台はフィリピン・ルソン島北部に設定されている。陸軍が長射程火力、攻撃航空部隊、地上部隊を分散配備し、統合任務部隊(JTF)司令官による中国人民解放軍(以下、解放軍)への打撃を支援する内容だ。
同文書には、ルソン海峡とバタネス海峡周辺に部隊を配置する別の想定シナリオも2つある。一方、全文を通じて台湾防衛や台湾軍への言及はなく、「台湾海峡」や米国の台湾に対する防衛上のコミットメントを示す文言もない。
文書内で「台湾」への言及は1カ所のみ 『How the Army Fights』は表紙を含め46ページで、クリストファー・ラネーブ陸軍副参謀総長の署名で発行された。表紙には2026年10月と記され、陸軍公式ウェブサイトでは10月7日に公開された。
文書内で「Taiwan」が登場するのは1度だけで、付録Eの33ページにあるシナリオのタイトル部分だ。「Taiwan Strait(台湾海峡)」という表現は一度も登場しない。
付録Eの「4つの作戦要素の事例」では、歴史上の戦闘事例と想定シナリオを並べ、戦力・効果の収斂(Convergence)、打撃(Strike)、近接戦闘(Close Combat)、持続力(Sustainment)の4要素を説明している。
台湾に言及したタイトルは「Taiwan – Dynamic Army Strike Contribution (Hypothetical)」、すなわち「台湾―陸軍の動的打撃への貢献(仮想シナリオ)」である。「Hypothetical」と明記されたシナリオは、各要素がどのように機能するかを説明するための設定であり、実際の作戦計画ではない。
33ページの「台湾」シナリオ このシナリオは「打撃(Strike)」に分類されている。
文書は、世界的な対テロ戦争の時代に形成された硬直的な「96時間の航空任務命令(ATO)サイクル」は、解放軍との実際の交戦では機能しないと指摘する。
文書によると、これらの戦力は分散して配置されながら相互に支援し、海軍や空軍のプラットフォームだけに依存する場合よりも、はるかに迅速に対応できるという。
10月2日、マニラで合同演習を行う米海軍、米海兵隊、フィリピン軍。(米第7艦隊のフェイスブックより) 同文書は、こうした打撃能力によって、統合任務部隊(JTF)司令官は規模を柔軟に調整できる地上配備の縦深打撃能力を得ることができ、現代の大規模作戦に必要な速度で戦場環境を形成できるとしている。
シナリオのタイトルには「台湾」が冠されているが、本文では、この場面で台湾がどのような役割を担うのかは説明されていない。台湾本島に陸軍部隊が存在するとも、陸軍が台湾で作戦を展開するとも記されていない。また、なぜ「台湾」をタイトルにしたのかについても、文書自体は説明していない。
ルソン海峡とバタネス海峡の2つのシナリオ 別の2つの想定シナリオも、ルソン島北部周辺に設定されている。ただ、本文では相手を単に「敵対者(adversary)」と記しており、解放軍や中国とは明言していない。
32~33ページの「ルソン海峡―孤立状態での前線統合作戦」は、太平洋における高強度の武力衝突を想定したシナリオだ。
ルソン島北部に前方展開した陸軍の多領域任務部隊(MDTF)が、敵対者によるサイバー攻撃、対衛星攻撃、電子戦によって米陸軍太平洋軍(USARPAC)との通信を遮断される。
同部隊は、生残性を確保したローカル戦術クラウドに切り替える。前線のAIが、敵対者の統合防空ミサイルレーダーにサイバー攻撃可能な脆弱性を検知し、多領域効果大隊(MDEB)が攻撃を調整して、敵のミサイル防衛能力が低下する時間帯をつくる。
さらに、AI支援のターゲティング手順によって、同部隊が把握した目標情報を海軍の無人水上艇(USV)と陸軍の長射程精密ミサイル部隊に自動的に割り当て、弱体化した防衛網を突破して敵対者の高価値目標を攻撃する。
6月上旬、米比両陸軍の合同演習で無人艇「Rampage」を移動させる米陸軍第25歩兵師団の情報部隊の兵士ら。(米国防総省ウェブサイトより) 36ページの「2027年のルソン島北部およびバタネス海峡―第1列島線内における敵の妨害下での兵站」は、「持続力」の要素に分類され、タイトルには2027年と明記されている。
海上拒否(sea denial)の状況下で、第593遠征持続支援司令部がルソン島北部とバブヤン諸島に展開し、文書が「Batanes Strait(バタネス海峡)」と呼ぶ海域を確保する設定だ。
陸軍は敵対者の接近阻止・領域拒否(A2/AD)の範囲内で、険しい地形に隠した分散型補給拠点を構築する。陸軍の舟艇、自律型無人水上艇、第8戦域持続支援司令部の無人機が、弾薬や重要物資を分散配置された中距離能力(MRC)ミサイル、高機動ロケット砲システム(HIMARS)、間接火力防護能力(IFPC)の各発射機に届ける。
また、機動式の積層造形部隊が現地で部品を製造する。
6月下旬、フィリピン・ルソン島で行われた米比両陸軍の合同演習で航行する米陸軍の兵站支援船。周辺海域を監視する無人艇が伴走している。(米国防総省ウェブサイトより)
文書が示す第1列島線の位置づけ これら3つのシナリオとは別に、同文書は太平洋地域を論じる際、「第1列島線(第一列島線、First Island Chain)」という用語を用いている。ただし、列島線上の具体的な地名を一つずつ列挙してはいない。
文書の6ページでは、冷戦期に旧ソ連陸軍に対処したのと同程度の制度的な重点を置いて、解放軍を想定した組織編成、訓練、装備整備を進めるべきだとしている。また、解放軍を「能力整備の基準となる脅威(pacing threat)」と位置づけている。
付録Dの31ページでは、解放軍は内線の交通路を活用して大きな戦略的、作戦的縦深を確保しており、統合されたA2/ADネットワークによって、米本土から統合部隊が前方へ展開するのを妨げる能力を持つと指摘する。
一方、米陸軍が第1列島線内で持つ持続的な支援・輸送能力は限られており、武力衝突時にはさらに制約を受けるという。同じ付録では、第1列島線沿いに強力な拒否防衛を構築することも重要指針として示されている。
29ページの太平洋に関する項目では、陸軍が第1列島線を起点に、地域内の作戦基盤を改善していると説明する。
前方展開する「内線部隊(inside forces)」は、武力衝突初日から直ちに行動できなければならないとしている。直近の優先課題には、バルク燃料や弾薬の貯蔵施設建設、物資の備蓄、緊急時に使用する拠点の改善、持続的な指揮統制網の整備などが含まれる。
これにより、能力整備の基準となる脅威である解放軍のA2/ADネットワークを無力化する狙いがある。
さらに、長期化する武力衝突で作戦上の縦深を確保するため、第2列島線での兵站能力も強化するとしている。具体的には、防護された燃料・弾薬貯蔵施設の拡充、輸送網の改善、工兵、医療、防空部隊の前方展開などを挙げている。
付録Aの22ページでは、西太平洋にある敵対者の発射拠点や海上目標を攻撃できるだけの長射程精密火力と弾薬を、第1列島線内に確保する必要性を示している。
23ページでは、「内線部隊」がA2/ADを克服し、敵対者による既成事実化を阻止して最初の戦役に勝利できるよう、物資備蓄と前方拠点の配置を見直す必要があるとしている。
また29ページでは、従来の「陸軍事前集積在庫(Army Prepositioned Stocks)」を「全陸軍戦力投射装備(Total Army Power Projection Equipment=TAP2E)」へと改称している。
米陸軍の「長射程極超音速兵器(Long-Range Hypersonic Weapon=LRHW)」は、「ダーク・イーグル(Dark Eagle)」の名称で運用されている。(ロッキード・マーチン公式サイトより) 注目されるのは、米海軍協会ニュース(USNI News)が16日、この文書について、米陸軍が第1列島線内で長期にわたる作戦を行うための新たな計画を示したものだと報じたことだ。
また、韓国紙『ソウル経済日報』は20日、同文書が中国を「最大の脅威」と位置づけ、第1列島線が日本の九州、沖縄、台湾、フィリピンを結ぶものだと報じた。
ただ、両記事はいずれも、同文書に記された「台湾」の想定シナリオには触れていない。