2025年後半、中国国民党の主席選への出馬を辞退したことで、党内での圧倒的な政治的求心力を一時期失った盧秀燕(ろ・しゅうえん)台中市長が、沈黙を破り再び動き出した。2026年の旧正月前後から政治的アクションを急進化させている盧氏は、3月11日から訪米する予定だ。これまでの都市交流レベルの訪問とは異なり、今回は米側が日程を主導。連邦議会やシンクタンクを訪れ、米国当局者と軍事調達、関税、さらには中台関係といった国家レベルの重要課題について意見交換を行う。党内外では、これが盧氏による2028年総統選に向けた「本格始動」であるとの見方が大勢を占めている。
訪米を前に、これまで国政への直接的な言及を避けてきた盧氏だが、最近では頻繁に北上して党所属の立法委員(国会議員)や韓国瑜(かん・こくゆう)立法院長と会食を重ねている。さらに、党内で意見が割れている1兆2500億台湾ドル(約6.2兆円)規模の「軍購特別条例(国防特別予算案)」についても、極めて異例ながら自身の立場を鮮明にした。2月26日、盧氏は党内の若手・中堅立法委員らを招いた会合で、軍事調達予算について「国民党が『米国の敵』というレッテルを貼られることがあってはならない」と強調。さらに、米側が求めている軍購額は党中央が提示する3500億台湾ドル(約1.7兆円)ではなく9000億台湾ドル(約4.5兆円)規模であると明かし、徐巧芯(じょ・こうしん)立委が提案した8000億台湾ドル(約4兆円)案(党中央は否認)を「非常に良い案だ」と評価した。 (関連記事: 【舞台裏】防衛特別予算案、米国が台湾最大野党の国民党に早期可決求める 「3月24日」提示との情報も | 関連記事をもっと読む )

党主席選見送りは誤算か 個人的人気でも阻めぬ「党組織」の壁
現在の盧氏の政治的エネルギーは全盛期ほどではないものの、依然として国民党の有力者であり、2028年総統選の最有力候補の一人であることに変わりはない。盧氏が支持した軍購予算案は多くの党所属立委の賛同を得たが、3月5日の党団(議員団)大会で最終的に決定された党案は、依然として党中央が主導する「3500億台湾ドル+N(後に3800億台湾ドル+Nに修正)」であった。国民党のベテラン関係者は、これが「残酷な政治的現実だ」と指摘する。党組織を掌握していなければ、たとえ盧氏の個人的人気や立委からの支持が鄭麗文(てい・れいぶん)主席を大きく上回っていても、党中央の体系的な運用力には抗えないことを露呈した形だ。
これは、2025年に盧氏が党主席選を見送った決断が、必ずしも正解ではなかった可能性を改めて示唆している。当時、盧氏が党内の不満を押し切り出馬しなかった背景には、市政への専念をアピールして高い支持率を維持し、中台湾の地盤を固めることで2028年への不敗の態勢を築くという計算があった。また、盧氏は一貫して「党主席というポストは政治的エネルギーを消耗させるだけで、ポジティブな効果は少ない」と考えていたとされる。
2025年のリコール阻止選挙で国民党が勝利したことも、盧氏のこの考えを後押しした。当時、勝利の原動力となったのは対象となった立委自身の必死の訴えや地方首長による応援であり、機能不全に陥っていた党組織や主席の貢献は限定的であった。この結果を受け、盧氏は国民党の真の戦闘力は地方首長や議員にあり、弱体化が進む党組織を率いる主席の職は重要ではないと判断したようだ。

支持の低迷にも揺るがぬ自信 盧秀燕氏が狙う「実力による逆転」
盧氏のこうした思考ロジックや政治判断に対し、国民党内では反発や当惑の声が根強い。盧氏と親しい関係にある国民党系の論客、陳鳳馨(ちん・ほうけい)氏は、盧氏が党主席選を見送ったことに公然と失望を表明した。陳氏は、2028年の総統選の際に盧氏は必ず後悔すると予言した上で、鄭麗文主席による親中的な両岸路線や軍事費増額への反対姿勢が、2026年の統一地方選に壊滅的な打撃を与え、中道派の離反を招いていると批判している。
盧氏に近い党関係者によれば、鄭氏が党運営を掌握した2025年11月から2026年1月にかけて、盧氏は党内の不満を十分に認識していたという。党内の一部からは、盧氏を支持せず韓国瑜(かん・こくゆう)氏や蔣萬安(しょう・ばんあん)台北市長を担ぐべきだとの声も上がった。しかし、盧氏は台中市長としての職務に専念する姿勢を崩さず、2028年総統選についても「私が出馬するといつ明言したか」と淡々とした態度を維持してきた。
しかし、この盧氏の態度は「諦め」ではなく、むしろ高度な「自信」の表れであると周辺人物は分析する。党内に不満や牽制があろうとも、野党共闘(藍白合)をまとめ上げ、かつ現職首長による「任期途中での鞍替え」という批判を回避できる候補者は、現在の国民党内において自分以外にいないという自負があるという。「結局のところ、私が最強だ。最後は実力で決まる」という信念が、現在の静観につながっている。盧氏は市長としての高い支持率を維持し、次期台中市長候補への円滑なバトンタッチを実現することで、8年の任期を完遂し、再び声望を取り戻せると確信しているようだ。

鄭麗文路線の「回復不能なダメージ」を危惧 盧氏が早期介入へ
盧氏は、盟友である韓氏や蔣氏が自身と党内指名を争うのではなく、最終的に支持に回ると踏んでいる。本来の計画では、総統選について語るのは時期尚早であり、2026年末の地方選勝利後に動き出すのが最短の道であった。それにもかかわらず、なぜ予定を9カ月も前倒しし、総統選を見据えた「ウォーミングアップ」を開始したのか。
その背景には、鄭氏率いる国民党の路線が、党に回復不能なダメージを与えるという危機感がある。わずか数カ月で国民党の支持率は急落し、リコール阻止で得た優勢は霧散した。特に軍事予算案の審議付託を拒否する姿勢は、米国側を徹底的に激怒させた。盧氏に近い人物は、「国民党が米国から『親中反米』の政党であると見なされれば、2026年の地方選も2028年の総統選も勝機はない。盧氏は党を救うため、そして自身の総統選への道を救うために早期介入を決断したのだ」と明かす。
しかし、軍事予算案を巡る攻防において鄭氏が主導権を握り続けた結果を見れば、盧氏がかつて抱いていた「党主席・党組織無用論」は重大な誤算であったと言わざるを得ない。政治的な声望よりも、党組織を掌握していることの方が実効的な力を持つことが証明された形だ。国民党の元幹部は、「盧氏は今回の一件で、手中にあったはずの党主席のポストを逃したことを少なからず後悔しているはずだ」と指摘する。それでも盧氏の周辺は、過去を悔やむことよりも、目前に迫る危機をいかに回避し、自ら行動を開始したことこそが重要であると強調している。

党中央の足並みの乱れと外交ブレーンの不在 盧氏が抱える内部課題
関係筋によれば、国民党が最終的に決定した軍事予算案「3800億台湾ドル+N」という規模は、米国側にとって到底受け入れられるものではないという。ここ数日、多くの国民党立法委員(国会議員)に対し、AIT(米国在台協会)職員から強い不満のメッセージが届いており、今後、立法院での審議における米側からの圧力はさらに強まることが予想される。これは、3月11日から訪米する盧氏が、米国側との意思疎通を通じて信頼を勝ち取る難易度が極めて高くなったことを示唆している。
盧氏にとっての課題は、党中央との摩擦だけではない。国民党の長年にわたる対外方針は「親米、友日、和中(米国と親しく、日本と友好的であり、中国と平和を保つ)」であることは周知の事実だ。しかし、2月26日の会合において、盧氏のチームは「国民党に『反米』のレッテルを貼られるのを避けるため」として、「友美睦陸(米国と友好的であり、大陸と睦まじくする)」という新たな立場を米国側に伝えるとの情報をメディアに流した。
これに対し、国民党陣営の知情筋からは疑問の声が上がっている。盧氏のチームは、従来の党の主張との差別化を図ろうとこの新造語を編み出したが、実際にはこれが米国側を刺激する結果となった。「親」という言葉に比べ「友」は関係性が疎遠になった印象を与え、「和」から「睦」への変更は中台関係がより緊密になったと解釈されるからだ。盧氏の支持者の中には、「このような軽率な文言で米中台関係を論じ、出発前から米国側に悪印象を与えた担当者は許しがたい」と憤る者もいる。
盧氏自身も、チーム内の独断専行に激怒したと伝えられており、今後は「友美睦陸」という言葉を一切使用しないよう厳命。正式な論述を提示するまでは、国民党の伝統的な「親米、友日、和中」に回帰する方針だという。この騒動は、盧氏のチームにおいて政治・外交・中台問題の専門ブレーンが決定的に不足していることを浮き彫りにした。盧氏自身は戦略学の修士号を持ち、国際情勢への基本的な理解はあるものの、極めて敏感かつ複雑な外交事務において、専門家の補佐がなければミスを避けることは困難である。

米国の信頼獲得と党内対立の制御 「不敗の女王」に課された最大の試練
国民党の要職にある人物は、今回の盧氏の訪米はタイミングが非常に悪いと指摘する。軍事予算案を巡り米国と国民党執行部との関係が悪化している最中であり、米側は国民党の次期総統候補と目される盧氏に対し、党内での影響力を発揮して鄭麗文主席を牽制することを期待している。盧氏が「台湾を率いる能力がある」と米国側に信じさせるためには、軍事予算や中台関係において説得力と実行力のある論述を展開しなければならない。もし米側の期待が裏切られれば、盧氏への評価は大きく低下し、2028年総統選において米国は現職の頼清徳総統の支持に傾く可能性が高い。
盧氏にとってのジレンマは、訪米で総統選に向けた好印象を与えるためには米側の期待に応える必要がある一方、それらが具体的な政策となれば鄭氏の路線と激しく衝突することだ。例えば、2026年上半期に鄭氏が北京を訪れ「鄭・習会談」を行おうとすれば、米国側は間違いなく難色を示し、地方選挙における国民党の逆風となる恐れがある。盧氏がそれを支持するのか、あるいは阻止するのか。国民党内の路線争いの激化は避けられず、党の団結に悪影響を及ぼす可能性もある。
米国からの肯定を勝ち取り総統選への道筋を確かなものにしながら、同時に党執行部との深刻な対立をいかに制御・調整していくのか。これこそが、選挙で負け知らずの「不敗の女王」盧氏が直面する、最も過酷な試練となるだろう。
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編集:柄澤南
















































