「作戦は指揮に依存し、指揮は通信に依存する」。軍事分野で広く知られるこの言葉は、どれほど強大な火力を持っていても、情報や命令を伝える通信システムが機能しなければ、軍は十分な戦闘力を発揮できないことを示している。
台湾国防部(国防省に相当) は近年、通信の強靭性、いわゆる通信レジリエンスの強化を急いでいる。低軌道衛星の活用や通信機器の更新など、軍がこの分野に力を入れていることは明らかだ。
国防部はまた、作戦指揮や戦場情報共有のデジタル化も進めている。兵士個人が使用するTAKシステム(部隊状況認識アプリ)や台湾戦術ネットワーク(TPN)は、戦場での共通状況認識を構築することを目的としている。これらはいずれもデジタルシステムであるため、サイバーセキュリティ対策は極めて重要になる。
さらに関係者によれば、台湾軍は現在、重要なデータや情報のバックアップを目的に、「第三国」でのクラウド基盤やデータバックアップ環境の構築を進めているという。
台湾国防部は近年、兵士個人が使用するTAKシステムなど、作戦指揮や戦場情報共有のデジタル化を積極的に進めている。写真はイメージで、本文とは直接関係ありません。(写真/陳昱凱撮影)
有事のデータ喪失に備え、国防部が海外バックアップを推進か 台湾海峡情勢が厳しさを増す中、第一列島線の最前線に位置する台湾は、近年、米国との軍事交流を活発化させてきた。米国からの武器調達に加え、米軍関係者による台湾での訓練支援も拡大している。
米軍関係者の来台はすでに「公然の秘密」とされ、台湾では協訓要員を婉曲に「英語教師」と呼ぶ向きもある。ただ、中国の脅威が高まる中、米国だけに依存する体制では不十分だとの見方も広がっている。実際、台湾は第一列島線に位置する一部の国々と水面下で連携し、中国による列島線突破や地域秩序の不安定化を防ぐ動きを進めている。
有事の際には大量のデータが必要になる。そのため、平時からデータを蓄積し、複数の場所にバックアップしておくことが不可欠だ。台湾軍は現在、台湾本島にも独自のデータ基盤を持つが、戦時に敵の攻撃で損壊するリスクに備え、国防部は多額の予算を投じて海外バックアップ環境の構築を進めているとされる。
政府調達情報によれば、資通電軍が執行する「クラウド情報サービスライセンス」には、360億3000万台湾ドル規模の予算が計上されている。関係者によると、レジリエンス特別予算のうち半分以上がクラウドシステム構築に充てられており、円滑な通信を確保するために複数の衛星回線を借り上げているほか、衛星電話の回線や端末、TAKシステムも大量に調達しているという。
台湾軍は、重要データを保管するため、海外にデータバックアップ環境を構築しているとされる。写真は中華電信の板橋クラウドデータセンター。イメージで、本文とは直接関係ありません。(写真/中華電信提供)
水面下で進む日台安保交流 台北・信義区には日本退役将官の拠点も 関係者によれば、台湾が「国防クラウド」のバックアップ先として想定している国は、外部で一般的に想像されがちな米国ではなく、日本だという。
日本と台湾には正式な外交関係がない。それにもかかわらず、台湾が日本をバックアップ先として選び、日本側も協力に応じているとされる背景には、米国の意向が大きく働いているとの見方がある。日米間には日米安全保障条約があり、近年、第一列島線をめぐる情勢は一段と緊迫している。台湾がその最前線に位置する以上、米国の同意や後押しがあって初めて、日本がこうした協力に関与できるという見立てだ。
総額5700億台湾ドル(約2.9兆円)規模の「中央政府による国際情勢対応に向けた経済・社会・民生・国家安全レジリエンス強化特別予算」では、国防部に1078億台湾ドル(約5500億円)が割り当てられている。そのうち、「国土防衛力の強化」には約426億台湾ドル(約2175億円)、「情報通信作業環境および設備の向上」には約703億台湾ドル(約3590億円)が計上された。通常予算でも通信費は大幅に増えており、これらはいずれも通信・サイバー面の強靭性を高める取り組みの一環とみられる。
実際、近年の日台間の非公式な軍事・安全保障交流は、静かに深まっている。元自衛隊統合幕僚長の岩崎茂氏は台湾行政院の政務顧問を務めており、南投県中寮郷で行われた2026年の民間防衛合同訓練を視察し、国内外の専門家や台湾の民間防衛団体とも交流した。
さらに関係者によれば、台北市信義区のあるオフィスビルには、日本の退役将官らが設けた事務所も存在するという。日台間の軍事・安全保障交流は、表立って大きく報じられないまま、水面下で着実に進んでいる。
日本と台湾の非公式な軍事・安全保障交流は近年、緊密化している。元自衛隊統合幕僚長の岩崎茂氏(右)は台湾行政院の政務顧問を務め、先ごろ南投県中寮郷で行われた2026年の民間防衛合同訓練も視察した。(写真/顏麟宇撮影)
海外バックアップにリスクも 攻撃対象となる可能性を専門家が指摘 台湾が重要な軍事関連データを日本側のクラウド環境やバックアップ拠点に保管する構想には、利点だけでなくリスクもある。
ある退役軍人は、日本が規律を重んじる国であることを認めつつも、作戦や訓練に関するデータまで他国の環境に置けば、台湾軍の機密を相手に委ねることに近いと懸念を示す。「相手にその気があれば、すべて見られてしまうのではないか」という不安だ。
さらに、米国とイランの対立では、米軍支援に関わるとされたバーレーンのデータセンターが攻撃対象となった事例もある。日本も現在、ロシア、北朝鮮、中国からの脅威に直面しており、台湾が日本に設けるバックアップ環境が攻撃対象となるリスクは否定できない。
米イラン対立では、米軍支援に関わるとされたバーレーンのデータセンターがイランの攻撃対象となった。日本も現在、ロシア、北朝鮮、中国からの脅威に直面しており、台湾が日本側にデータバックアップ環境を設ける場合、攻撃リスクも考慮する必要がある。写真は2023年、日本海のピョートル大帝湾で対艦ミサイル発射試験を行うロシア海軍艦艇。(写真/AP通信提供)
日本との協力には米国の意向も 鍵を握る政治的信頼 台湾メディア『風傳媒(ストームメディア)』は国防部に対し、レジリエンス特別予算や通常予算で通信費・ネットワーク関連費が大幅に増えている理由、また第三国にデータバックアップ環境を構築しているとの情報の真偽について見解を求めた。
国防部は、通信、情報、指揮管制の強靭性を高めるため、特別予算および通常予算に計上した通信・ネットワーク関連経費は、主にクラウドによるデジタル転換、衛星通信、機動設備の分散配備などに必要なものだと説明した。一方で、データベースやバックアップ環境の構築については、軍事安全保障およびサイバーセキュリティに関わる事項であるとして、詳細な説明を控えた。
データを他国に置くことによる情報漏洩や攻撃リスクについて、元ミサイル指揮部処長で台湾智庫の諮問委員を務める周宇平氏は、まず保存対象となるデータの範囲を明確にする必要があると指摘する。
周氏は「台湾がすべてのデータを海外に移すとは考えにくい。政府機関のデータであれ、民間の重要データであれ、基本的には重要な情報のバックアップを行い、台湾本島が攻撃を受けた際に、データ基盤の損壊や通信遮断が社会運営に影響するのを防ぐことが目的だ」と述べた。
また、外部からは米国に置く方が安全だと見られがちだが、日本に置く場合、台湾と日本には同盟関係がないため、台湾政府上層部の対日友好姿勢と米国の意向が重なって初めて実現し得る案件だと分析する。
周氏は、台湾にとってこのような取り組みは初めてであり、検討すべき課題は多いとする。「一度にすべてのデータを移すことは考えにくい。まずは浅い段階でのテストを行い、その後、より踏み込んだ協力へ進むはずだ。一朝一夕に実現できるものではなく、双方の政治的信頼があってこそ継続できる」と語った。
周宇平氏(写真)は、台湾軍が日本にデータバックアップ環境を構築する場合でも、すべてのデータを一度に移す可能性は低いとの見方を示した。(写真/蔡親傑撮影)
台湾有事で日本は無関係でいられるのか 戦略転換が中国の計算に影響 海外に設けるバックアップ環境が、米イラン対立で見られたような攻撃リスクに直面する可能性について、周氏は「あり得る」としつつも、バックアップである以上、通常は二重または複数のコピーが存在すると指摘する。
周氏は「データセンターが攻撃されたといっても、例えばレーダー施設への攻撃と同じで、発電機が破壊されたのか、処理装置が破壊されたのかでは意味が異なる。周辺設備への攻撃にとどまるなら、実質的な影響は大きくない可能性もある」と説明した。
そのうえで、「一つのバックアップが破壊されても、別の予備が残っている。敵が複数拠点を同時に攻撃し、すべてのデータ基盤を破壊しない限り、全体の運用に与える影響は限定的だ」と述べた。
高市早苗首相は就任後、台湾に対する武力攻撃や海上封鎖が発生した場合、日本の「存立危機事態」に該当する可能性があるとの見方を示した。この発言は日本の安全保障戦略の変化を示すものとして受け止められ、中国側にも対台湾武力行使のシナリオを再検討させる要因になっている。
日本の自衛隊は近年、対外的な活動を徐々に広げており、台湾高層部の対日友好姿勢も相まって、米国の後押しを受けた日台間の安全保障交流は一段と緊密化している。
ただ、米イラン対立で浮上したようなデータ拠点への攻撃リスクは、台湾軍にとっても無視できない課題だ。通信の強靭性を高める取り組みは進む一方で、重要データを海外に置くことに伴う安全保障上のリスクにも、慎重な対応が求められている。