2026年の卒業シーズンを迎え、台湾の各大学で行われる就職博覧会はすでに一段落した。しかし夏休みを前に、SNS上では「海外高収入」をうたう求人広告が再び目立ち始めている。
警戒を強めているのは、詐欺対策に追われてきた検察、警察、調査機関だけではない。台湾内政部移民署の国境事務大隊も空港でプラカードを掲げ、海外求人を装った詐欺への注意を呼びかけている。さらに、台湾外交部や在外公館も対応に追われている。
外交部は2026年の冬休みと春節連休の前後に、2度にわたり警告文を発表した。海外の高収入求人情報を慎重に見極めるよう求め、家族や友人に対しても、渡航を思いとどまらせるよう呼びかけた。外交部は「自分だけは大丈夫と考えないよう強く呼びかける」としたうえで、「国民一人ひとりの自律と自重があってこそ、苦労して得たビザ免除待遇と国家イメージを守ることができる」と訴えた。
その背景には、在外公館が詐欺拠点に取り残された台湾人の救出に追われる一方で、救出後に航空券代などの立て替え金が返済されない事例が相次いでいる実態がある。
海外詐欺をめぐり、外交部は「自分だけは大丈夫と考えないように」「自律と自重を」と、強い表現で国民に注意を呼びかけている。写真はカンボジアの詐欺拠点内に掲げられたスローガン。(写真/AP通信提供)
タイ、ミャンマー、カンボジア、ラオスで1300人超が救出待ち 2025年1月下旬、春節を前に、頼清徳総統は春節期間の交通輸送状況を視察した際、カンボジア、ミャンマー、タイなどへ向かう台湾人が詐欺被害に遭わないよう、桃園国際空港での注意喚起を強化するよう求めた。
春節と元宵節の後には、内政部長の劉世芳氏が省庁横断の会議を開き、これまでの横の連携を通じて関係機関の協力をさらに強化すると発表した。同年5月7日には、内政部警政署刑事警察局が外交部や在外公館と連携し、タイに職員を派遣。ミャンマーの詐欺拠点を離脱した台湾人55人を帰国させた。
ただ、55人を救出してから1年以上がたった現在も、次の大規模な救出作戦は見えていない。一方、ミャンマー国軍は2025年10月末、国内の詐欺拠点の一掃を宣言した。その後、軍事政権は兵士が「KK園区」と呼ばれる詐欺拠点に突入し、建物を爆破する映像を公開した。海外メディアによれば、数千人が拠点を離脱したとされる。
台湾側の救出作業が進まないのは、総統の関心が薄れたためなのか。事情はそれほど単純ではない。外交部の統計によると、2026年5月時点で、タイ、ミャンマー、カンボジア、ラオスにおいて、在外公館が通報を受けた救出待ちの台湾人はなお1300人を超える。その多くはタイ・ミャンマー国境地帯に集中している。
事情を知る政府関係者は、政府が各方面のルートを通じて交渉を続けており、現在も複数の案件を処理していると説明する。ただし、関連作業は進行中で、まだ最終的な結論は出ていないという。
2025年5月7日、外交部と警察当局は、ミャンマーの詐欺拠点に取り残されていた台湾人55人を協力して帰国させた。帰国後、刑事警察局が引き取り、調査を行った。(写真/刑事警察局提供)
「本当に被害者なのか」警察トップが指摘した実態 政府関係者によると、現地に渡った台湾人の中には、出発前から違法な仕事に関わることを知っていたとみられるケースもある。一部では、家族や友人も事情をある程度把握していたという。
最近では、通報を受けた在外公館が当事者と連絡を取り、移動中に機会があれば逃げるよう助言したにもかかわらず、本人が拒否して電話を切り、そのまま現地へ向かった事例もあったという。その後、実際にトラブルに巻き込まれてから、改めて救助を求めてきたケースもある。
2025年5月7日、刑事警察局と外交部が連携し、ミャンマーの詐欺拠点にいた台湾人55人を帰国させた同じ日、警政署長の張栄興氏は立法院司法及び法制委員会でこう述べた。
「実際のところ、東南アジアの詐欺グループが多い地域へ向かう人の多くは、自分が詐欺の仕事をしに行くのだと分かっている」
つまり、外交部に通報される東南アジアの詐欺拠点関連案件には、だまされて現地へ連れて行かれた被害者がいる一方で、危険や違法性を認識しながら渡航したとみられる事例も少なくない。
関連業務に詳しい関係者は、特定の事例に触れながら「成人である以上、自分の行動には責任を負うべきだ」と憤りを示す。一部の当事者や家族は、海外で詐欺グループの現金回収役や通信詐欺に関わることを知りながら、在外公館の海外緊急援助制度を「海外での違法行為の後始末」のように利用していると指摘する。
警政署長の張栄興氏は、東南アジアの詐欺拠点に向かう台湾人の多くが、詐欺に関わる仕事だと事前に認識していたと指摘した。(写真/蔡親傑撮影)
救出現場で生じる負担 立て替えた航空券代が戻らない 在外公館が東南アジアの詐欺拠点から台湾人を救出し、帰国させる作業は、単に航空券を手配するだけでは済まない。
詐欺拠点を離脱した台湾人の多くは、身分証明書を持っていない。中には、タイとミャンマーの国境を流れるモエイ川を渡り、不法に出入国していたとみられる人もいる。在外公館は限られた時間の中で身元を確認し、帰国のための証明書を発行したうえで、航空券の手配を支援しなければならない。
また、拠点を脱出した人が十分な現金を持っているとは限らない。このため、帰国の航空券代は在外公館が借用書を取ったうえで立て替えるケースが多い。
しかし、こうした緊急対応を悪用する例も出ている。複数の台湾人が借用書に虚偽の情報を記載したり、住所や連絡先をでたらめに書いたりしているという。外交部が後日、立て替えた航空券代を請求しようとしたところ、借用書に記された住所が戸政事務所だったケースもあり、回収は難航している。
関係者によると、2025年にミャンマーから救出された55人のうち、現在も43人が航空券代を返済していない。外交部の統計では、在外公館は2022年以降、東南アジアから2300人以上を救出している。
外交部は台湾人の救出にあたり、帰国用の航空券代を立て替えている。しかし、虚偽の連絡先や住所を残す人もおり、立て替え金の回収が難航している。(写真/鍾秉哲撮影)
海外での証拠収集は困難 「何度も現れる顔」も さらに難しいのは、ミャンマーやカンボジアなどの詐欺拠点での犯罪について、証拠収集が極めて困難なことだ。
だまされて連れて行かれた被害者であっても、違法な仕事と知りながら渡航したとみられる人であっても、帰国後に立件するための証拠が乏しく、責任追及が難しくなるケースが多い。
警察関係者によると、警察が追及できるのは主に人身取引関連の事件だ。台湾内の斡旋グループが海外の詐欺組織と結託し、人を誘い出したかどうかを調べることになる。ただ、ある警察幹部は、救出される前に複数の対象者が同じ場所で保護されたり待機したりしていることが多く、すでに口裏を合わせている可能性もあると話す。
2025年に救出された55人を例に見ると、このうち25人は指名手配中の人物で、20人以上は詐欺や違法賭博などの事件で手配されていた。
外交当局関係者によれば、外交部は2022年以降、3600件を超える通報を受け、2300人以上を救出した一方、1300人余りが救出待ちとなっている。ただし、これは延べ人数であり、中には繰り返し名前が出てくる「見慣れた顔」もいるという。
警察関係者は台湾メディア『風傳媒(ストームメディア) 』の取材に対し、近年カンボジアから救出された台湾人のうち、「かなり高い割合」がその後、別の詐欺拠点に戻っていると指摘した。
台湾の東南アジア駐在公館は最近、一部の組織的な詐欺グループが、台湾人メンバーに対し、拠点を離れた際に台湾の在外公館へどのように連絡し、どのように支援を求めればよいかを事前に教えている形跡を把握しているという。
外交当局関係者は「すでに一種の手順ができているように感じる」と話す。一部の在外公館では、特定の地域で同じ人物が何度も現れる例も確認されている。
台湾人の中には、救出後に再び別の詐欺拠点へ戻り、改めて外交部に支援を求めるケースもある。写真はカンボジア国境付近のオスマック(O'Smach)にある詐欺拠点内部。(写真/AP通信提供)
未回収費用は国庫負担に 免ビザ待遇への影響も懸念 外交部が詐欺拠点からの救出で立て替えた航空券代は、罰金や税の滞納ではないため、強制執行を求めることが難しい。訴訟で回収しようとしても、未回収額全体は膨らんでいる一方、1件あたりの金額は1万台湾ドル余りにとどまる。個別に裁判を起こすには、費用対効果が見合わないのが実情だ。
このため、最終的には3年後に債権が整理され、事実上、国庫負担となる可能性がある。
航空券代が回収できないことだけが問題ではない。政府関係者によると、台湾人が海外で違法な仕事に関わっている問題について、タイや韓国などから台湾側に懸念が伝えられている。台湾人がビザ免除措置を利用し、現地で詐欺犯罪に関与しているとして、不満を示されたこともあるという。
タイ政府は60日間のビザ免除措置を終了し、30日間の免除に戻す方針を示している。これは台湾だけを対象としたものではないが、タイ側が台湾側に対し、ビザ免除を利用してタイやミャンマー周辺を繰り返し出入りする台湾人が少なくないと伝えていたのは事実だという。
外交当局関係者は、外交官が免ビザ待遇を得るために長年多くの努力を重ねてきたと指摘する。仮にこうした待遇が失われれば、台湾人の海外渡航の利便性は大きく損なわれる。
外交官をさらに悩ませているのは、憲法が居住・移転の自由を保障している以上、グレーゾーンにいるとみられる国民であっても、旅券の発給を拒むことは難しいという点だ。さらに、海外で緊急援助の要請があれば、在外公館がそれを拒むこともできない。
家族が民意代表や一部メディアに訴え、限られた情報をもとに在外公館へ救出を迫るケースもある。回収できない航空券代が積み上がり、救出待ちのリストに複数の「見慣れた顔」が含まれていても、外交官に「救わない」という選択肢はない。現場では、同じ悪循環が繰り返されている。