台湾の 頼清徳総統は当初、4月22日に台湾にとってアフリカ唯一の国交樹立国であるエスワティニへの訪問を予定していた。同国で24日から始まる「国王の誕生日と独立記念日」に出席するためだ。しかし、本来であれば国王ミスワティ3世と共に祝典の場にいるはずだった頼氏はその日、産後の大出血で亡くなった元警護担当女性警官の霊堂を訪れ、焼香していた。最終的に、25日の未明に政府専用機からエスワティニの地に降り立った台湾代表は、特使として派遣された林佳龍外交部長(外相)であった。
頼氏の出発予定時刻からわずか14時間前となる4月21日夜、総統府は急遽記者会見を開き、出訪の延期を発表した。中国による「経済的威圧」を受けた航路上の3カ国が、予告なしに飛行許可を突如取り消したためだ。これにより頼氏の訪問は見送られ、特使の派遣に切り替えられた。しかし、そのわずか1週間前の13日に出訪が発表された際、国家安全局は蔡明彦局長が現地視察を終えたことを意気揚々と公表しており、林佳龍部長も20日午前のラジオ番組で訪欧の意義をにこやかに語っていた。わずか数日の間に、一体何が起きたのか。
頼清徳総統の訪問中止を受け、特使として4月25日未明にエスワティニに到着した林佳龍(りん・かりゅう)外交部長(左)。パブラ・ドラミニ外相(右から2人目)とクマロ商工貿易相が出迎えた。(外交部提供)
頼総統の訪問中止決定の3時間前まで、随行団は翌日の集合確認を行っていた 4月13日午前10時、総統府は記者会見を行い、ミスワティ3世からの親筆による招待を受け、頼総統が4月22日から26日まで、潘孟安総統府秘書長、林佳龍外交部長、徐佳青僑務委員会委員長らと共にエスワティニを訪問すると発表した。その後、総統府は数日にわたりメディアに対し、今回の訪問が北京の輸出する「一つの中国」論述をアフリカで打ち破るためのものであると、その意義を強調し続けてきた。
4月20日午前8時になっても、林佳龍部長はラジオ番組で予定通りの行程を共有し、外交部も「サハラ以南のアフリカ11カ国、40名以上の政要が頼氏の訪問を歓迎している」とのプレスリリースを出していた。同日、総統府は随行記者団向けの説明会を開催し、夜には出発前と帰国後の談話予定についても説明を行っていた。さらに21日午後になっても、関係者はパスポートと荷物を預けた状態の記者に対し、翌日の空港集合時間を確認していた。
総統府は4月13日午前、国王ミスワティ3世からの親書による招待を受け、頼清徳総統がエスワティニを訪問すると発表した。しかし、航路の問題により計画は土壇場で中止となった。(資料写真、中央社)
大統領特使、カタール航空チャーター機で「欧州経由」の強行突破 15カ国を通過しアフリカ入り 頼清徳総統が4月21日に訪欧の延期を自ら決断した後、総統府と行政院の高層による緊密な協議が行われ、最終的に林佳龍外交部長(外相)が特使に指名された。外交チームは指名後、直ちに急ピッチで準備を進めた。しかし、4月24日にエスワティニの国立競技場で開催された式典では、前列の空席に台湾の国旗と「TAIWAN」と印字されたカードが貼られているものの、林氏の姿はなかった。各国使節と同じ列に座っていた台湾の梁洪昇大使は、時折うつむいてスマートフォンを操作しており、台北からの指令や特使の動静を刻一刻と把握しようとしている様子が伺えた。
『風傳媒』の調査によると、林氏は台北時間4月23日深夜、チャイナエアライン(中華航空)の定期便でオーストリアのウィーンへ向かった。約14時間のフライトを経てウィーンに到着後、約6時間の休息を取り、カタール航空傘下のビジネスジェット会社「カタール・エグゼクティブ(Qatar Executive)」のチャーター機に乗り換えた。
チャーター機はウィーンを離陸後、ハンガリー、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、イタリアの領空を通過。地中海を越えてアフリカ大陸に入ると、さらにチュニジア、アルジェリア、ニジェール、チャド、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、ザンビア、ジンバブエ、モザンビークの上空を飛行した。つまり林氏は、最初の14時間のフライトに加え、さらに10数時間をかけて計15カ国を経由し、エスワティニ時間の4月25日未明にようやく現地に到着したことになる。この異例の行程において、ウィーンでの待機時間を除いても、林氏が機内で過ごした時間は少なくとも24時間に及んだ。
地政学リスクを考慮した「迂回ルート」の選択 林氏は2025年4月にも大統領特使としてエスワティニを訪問しているが、当時はアラブ首長国連邦のドバイを経由していた。今回の空路を対照すると、台北からウィーンまでの間にアラブ諸国を通過しておらず、これは頼総統が当初計画していた「緊迫する中東情勢を避ける」という方針を維持したものと考えられる。
また特筆すべきは、今回のルートが2012年の馬英九総統(当時)によるインド経由の事例とも異なっている点だ。これは、頼氏の専用機に対して飛行許可を直前に取り消したセーシェル、モーリシャス、マダガスカルの3カ国を避けるという判断があったと見られる。同時に、林氏を乗せた機体は、事前に頼氏の訪問を歓迎する意向を示していた複数のアフリカ諸国の空路を通過する形となった。
4月24日に国立競技場で開催されたエスワティニの式典中、中華民国の国旗と「TAIWAN」の文字が貼られた空席(前から4列目、左から2番目)。梁洪昇(りょう・こうしょう)駐エスワティニ大使は5列目の右端に座っている。(エスワティニ政府公式Facebookより)
徹底した情報統制の下での「隠密出国」 林佳龍特使、深夜の台北を後に 中国による執拗な介入を受け、頼清徳総統の訪問計画が白紙撤回された後、政権中枢は直ちに林佳龍外交部長(外相)を特使として派遣することを決定した。再度の妨害を避けるため、国家安全保障チームおよび外交チームは徹底した機密保持を貫いた。林氏は深夜、台北を極秘に出発し、随行チームにも完全な「箝口令(かんこうれい)」が敷かれた。林氏がチャーター機に搭乗した後も、総統府や外交部は一切の情報を明かさず、林氏が無事に現地に到着し、エスワティニ政府によってその姿が公開された段階で、ようやく総統府は特使派遣の事実を認めた。
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今回の林氏の隠密行動は、2025年11月上旬に蕭美琴副総統が欧州議会を電撃訪問した際の「007さながらの極秘作戦」を彷彿とさせる。前回のケースでは、陳建仁元副総統や蔡英文前総統が相次いで欧州を訪問する流れの中で中国の妨害をかわし、外交的成果を収めることができた。しかし、頼総統自身による今回の訪問計画は、なぜ最終的に頓挫したのか。
「最後の一打」となった領空通過許可の取り消し モーリシャス政府関係者は4月21日、地元メディアに対し「飛行許可を一度も出したことはない」と説明している。しかし、『風傳媒』が把握したところによれば、総統府が4月13日に記者会見で訪問を発表する以前、台湾側はチャイナエアライン(中華航空)が運航する総統専用機に関し、セーシェル、モーリシャス、マダガスカルの3カ国が管轄する飛行情報区(FIR)の通過許可を確実に取得していた。
状況が一変したのは4月20日である。セーシェル、モーリシャス、マダガスカルの3カ国が、予告なしに突如として通過許可を取り消したとの報が台湾側に相次いで届いた。知情筋が語ったところによれば、これら3カ国はほぼ同時期、前後1日の間に相次いで不許可を通知してきたという。つまり、総統府が直前の21日夜に急遽記者会見を開いたのは、この「最後の一打(最後の一押し)」によって頼総統の訪問が物理的に不可能となり、計画の延期と特使の派遣という苦渋の決断を迫られたためであった。
2025年11月、中国を出し抜く形で欧州議会を訪問した蕭美琴(しょう・びきん)副総統(写真)。今回は頼清徳総統のエスワティニ訪問を実現できなかった。(AP通信)
台湾の航路交渉、米国だけでなく欧州の大国も尽力 背後にフランスの影響力 総統府が4月21日夜に頼清徳総統の訪問延期を発表した後、林佳龍氏はフェイスブックを通じ、外交部が最後まで尽力したことを明かした。また、潘孟安氏は連日交渉に協力した「理念を同じくする国々(有志国)」へ謝意を表した。
会見において呉釗燮・国家安全会議秘書長は、国家安全チームが直ちに対応策を講じ、複数の友邦・パートナー国に交渉協力を依頼したと述べた。しかし、最終的には総統に訪問延期を提言したとし、外交上の慣例に基づき、具体的な協力国については公表を避けた。
地政学的な鍵を握るフランスの「海外県」と貿易関係 今回の交渉に奔走したのは、各界が指摘する米国や招待国のエスワティニだけではなかった。実は、欧州の大国も動いていたのだ。
地理的に見ると、モーリシャスの西側、マダガスカルの東側に位置するレユニオン島はフランスの海外県である。また、マダガスカル北西に位置するマヨット島もフランスの海外県であり、EUの「最外郭地域」としてユーロが流通している。フランスはこれら3カ国(セーシェル、モーリシャス、マダガスカル)にとって、地政学的な繋がりだけでなく、貿易相手国としても常にトップ5に入る存在だ。旧宗主国という歴史的背景から現在もフランス語が公用語の一つであり、この地域におけるフランスの影響力は依然として極めて大きい。
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訪台中のフランス議員と「アフリカ通」の代表 特筆すべきは、台湾側が飛行許可の取り消しを把握した4月20日当日、フランス参議院の訪問団が台湾に滞在していたことだ。訪問団の一員であるサニ・モハメド・ソイリヒ(Thani Mohamed Soilihi)前参議院副議長は、まさにマヨット県を選挙区としており、マクロン大統領から「フランス語圏および国際パートナーシップ担当」の特使に任命された経歴を持つ。
さらに、フランス台湾協会(BFT/駐台大使館に相当)のフランク・パリス(Franck Paris)代表は、現職に就く前はマクロン氏のアフリカ担当顧問を務めていた。パリス氏はアフリカ54カ国すべてを訪問した経験があり、その中には今回許可を取り消した3カ国も含まれている。こうした重層的なネットワークが、台湾の危機対応における重要なファクターとなった。
中国の圧力で頼清徳総統の訪問が阻まれる中、呉釗燮(ご・しょうしょう)国家安全会議秘書長(右)は、複数のパートナー国が交渉に協力したことを明かした。その中にはこれまで伏せられていたフランスも含まれている。(資料写真、中央社)
駐台外交筋には「異変」の噂 頼政権は「演出」だったのか、それとも「状況把握の欠如」か エスワティニ訪問に向けた航路が遮斷された4月20日、台湾の外交チームは直ちにエスワティニ側に状況を伝え、各大陸の「理念を共有するパートナー」らと共に調整と交渉に乗り出した。セーシェル、モーリシャス、マダガスカルの3カ国を兼轄する駐南アフリカ代表処も、状況を覆すべく奔走したが、最終的に万策尽きる形となった。知情筋によれば、国家安全保障から外交チームに至るまで、全メンバーが死力を尽くし、別ルートの検討も行われたという。しかし、ルート変更に伴う代替空港の確保や新たな飛行許可の取得には多大なリスクが伴うとの判断から、頼総統に対し訪問の延期を提言せざるを得なかった。
不可解なのは、情報の「タイムラグ」だ。台湾当局の説明では、3カ国による飛行許可の取り消しを把握したのは4月20日(月)以降とされている。しかし、複数の駐台外国公館の関係者によれば、実はその前の週末(18日〜19日)の時点で、すでに「頼氏の訪問計画に問題が生じている」との噂が流れていたという。
それにもかかわらず、なぜ総統府は20日になっても前向きなメッセージを出し続け、林佳龍部長も同日午前のラジオ番組で楽観的な発言を繰り返したのか。頼政権はあえて「順調」を装う演出をしていたのか、それとも単に現場の状況を把握できていなかったのか。その姿勢に疑問の声が上がっている。
「際立つ空席」が物語る外交の現実と皮肉 エスワティニでの式典初日、会場の国立競技場にはレソト国王レツィエ3世、モザンビークのチャポ大統領、ジンバブエのムナンガグワ大統領、ボツワナのボコ大統領、さらには南アフリカのズールー国王やズマ前大統領、マダガスカルのラジョリナ前大統領など、アフリカの要人が一堂に会した。
台湾当局が事前にアピールしていた今回の訪問の最大の成果は、これらアフリカ諸国の政要との直接的な交流にあるはずだった。しかし、当日の会場で人々の目を引いたのは、主賓席にぽつんと残された「台湾の空席」であった。これまでの当局の威勢の良い説明とはあまりにかけ離れたその光景は、あまりに切なく、そして痛烈な皮肉として刻まれることとなった。
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国王即位40周年記念式典に出席するため、エスワティニを訪れた林佳龍外交部長(中央、背を向けている人物)。(エスワティニ政府公式Facebookより)
「TAIWAN」の空席が物語る代替案の不在、林特使の強行軍と国安チームの誤算 林佳龍氏は4月25日の未明、エスワティニの「ダブル・セレブレーション」2日目の夜明け直前に、ようやく現地に到着した。初日の国立競技場での式典には間に合わず、強行軍の末の合流となった。この事態は、国安・外交チームが頼清徳総統の出訪実現に向けて最後まで奔走したことを物語る一方で、訪問が不可能になった際の「代替案」が全く用意されていなかったという致命的な欠陥を露呈させた。初日の式典で「台湾の欠席」という象徴的な場面が世界に発信されてしまったことは、泥縄式の対応による代償と言わざるを得ない。
実際、現地では周到な準備が進められていた。国家安全局の蔡明彦局長は早い段階で現地入りし、国王ミスワティ3世との会談や写真公開を行うなど、異例のパフォーマンスを展開。さらにトゥリシレ・ドラドラ副首相との会談では、安全保障協力や情報交換、中国による不当な浸透工作への対策についても協議していた。また、外交部の先遣隊も現地で待機しており、頼氏の到着に合わせて「台湾・エスワティニ・ビジネスセミナー」を開催し、台湾産業イノベーションパーク(TIIP)の進展をアピールする計画だった。
「航路の兵器化」は想定外、ソマリランド関与説は否定 今回の事態について知情筋は、中国が飛行情報区(FIR)を「武器化」し、元首の外交訪問を阻止する手段に出ることは、国安チームにとって全くの想定外だったと明かしている。エスワティニへの直行便は本来シンプルな航路であり、北京が航空安全を脅かし、国際的な慣例を打破してまで妨害に動くとは予測できていなかった。
一方、今回の出訪中止について、頼氏がソマリランドを「電撃訪問」しようとした計画や、ソマリランド外交部が頼氏を歓迎する意向を公表したことがアフリカ連合(AU)の不評を買い、中止に追い込まれたとする憶測が浮上している。しかし、これに対し知情筋は「ソマリランドは全く無関係だ」と断言。台湾側が把握している情報によれば、セーシェル、モーリシャス、マダガスカルの3カ国が変節したのは、あくまで中国による背後での強力な圧力と工作によるものだとしている。
事前にエスワティニを視察し、国王ミスワティ3世(左)との会談を異例の形式で公表していた蔡明彥(さい・めいげん)国家安全局長(右)。しかし、総統の訪問計画は暗転した。(国家安全局提供)
中国の周到な「根回し」と想定外の代償、片道20万ドルの「苦肉の策」 マダガスカルにとって、中国は2015年以来最大の貿易相手国であり、すでに数億ドル規模の低利融資が提供されている。セーシェルとモーリシャスについても同様だ。エスワティニが台湾に招待状を送った直後の今年3月下旬、中国の韓正国家副主席がセーシェルを電撃訪問し、1億人民元(約23億円)の追加無償援助を表明した。
またモーリシャスでは、2万人以上の中国系住民が居住しており、その数はフランス系住民を上回る。アフリカで唯一、旧正月を祝日に定めている国でもあり、政府高官は地元メディアに対し「中国との特殊な関係を損なうべきではない」と言い切る。
つまり、中国が3カ国に対して総統専用機の飛行許可を取り消すよう圧力をかけた背景には、長年にわたる膨大なリソースの投入と「工作」があった。台湾側にとって、中国が航空安全や国際慣例を度外視してまでこの手段に出ることは想定外だった。しかし、特使派遣のために急遽手配されたカタール航空傘下の「ガルフストリーム G650ER」ビジネスジェットは、官公庁価格が適用される中華航空とは異なり、片道だけで20万米ドル(約3100万円)を超える高額な費用を要することとなった。
「アフリカ計画2.0」の理想と、厳しい外交の現実 2023年9月、蔡英文前総統がエスワティニを訪問する直前、当時の呉釗燮外交部長と林佳龍総統府秘書長は、アフリカ11カ国の要人が訪問を歓迎しているとアピールしていた。当時、蔡氏は「アフリカ計画2.0」を次期政権に引き継ぐと表明し、「次の総統はエスワティニだけでなく、他のアフリカ諸国も訪問できるようになることを願っている」と語っていた。
しかし、それから約3年が経過した今、台湾の総統によるアフリカ訪問は「八方塞がり」の状態に陥っている。他国への立ち寄りどころか、唯一の国交樹立国への空路さえも遮断された今回の事態は、台湾の首脳外交が直面している「生存空間の縮小」を象徴する、最も象徴的な事例として刻まれることになった。