中国の経済・科学技術体制を長年研究してきた米国の専門家は、新型コロナウイルスのパンデミックや2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、中国がいわゆる「極限状況」や極端な事態に備え、自らを「要塞経済(フォートレス・エコノミー)」へと作り変えつつあると指摘している。
軍事、経済、社会の各分野で備えを進め、極端な状況下でも一定水準の国家機能や経済活動を維持できる体制を整える狙いがあるという。
中国政府による経済面の備えの一つとして、重要産業や工場を南東部から内陸部へ移転する構想も進められているとされる。こうした動きは、1960年代半ばに当時の中国共産党最高指導者、毛沢東が推進した「三線建設」を想起させる。
こうした分析が正しければ、中国政府が将来起こり得る不測の事態を念頭に、多方面から事前の備えを進めている可能性を示すもので、台湾にとっても継続的な注視が必要となる。
2026年10月20日、国防安全研究院(INDSR)が開催した国際シンポジウム「国際政治経済の変動下における中国大陸の発展動向と影響」に出席した、米カリフォルニア大学世界紛争・協力研究所(IGCC)のシニアフェロー、ジェームズ・グッドリッチ氏(右から2人目)。(劉煥彥撮影)
グッドリッチ氏「習近平氏は『極限状況』への備えに繰り返し言及」 米カリフォルニア大学世界紛争・協力研究所(IGCC)のシニアフェロー、ジミー・グッドリッチ(Jimmy Goodrich)氏は20日、台湾の国防安全研究院(INDSR)、国家科学及技術委員会(国科会)、大陸委員会(陸委会)が共同開催した国際シンポジウム「国際政治経済の変動下における中国大陸の発展動向と影響」に出席した。
グッドリッチ氏はセッションの一つで「中国におけるビッグサイエンスの夜明け(The Dawn of Big Science in China)」と題する研究論文を発表し、ラウンドテーブル・フォーラムではパネリストを務めた。
同氏は流暢な中国語で、新型コロナウイルスのパンデミックやロシアによるウクライナ侵攻以降、中国共産党指導部が「要塞経済」の構築を重視するようになったと指摘した。
「実際、第20回党大会以降、中国共産党指導部は、いわゆる極限状況や極端な事態への備えを繰り返し強調している。習近平氏自身も『我々はいくつかの極限状況に直面することになる』と何度も言及している」と述べた。
さらに「いわゆる極限状況について明確な定義はないが、中国側の研究者の中には戦争状態を指すとの見方もある」と説明した。
その上で、「こうした枠組みの中で、習氏や李強首相をはじめとする中国共産党の指導者は、極端な状況下でも一定水準の経済活動を維持する必要があると述べている。エネルギーや食糧などの国家備蓄も拡充し、経済安全保障や要塞経済の戦略を構築しようとしている」と語った。
中国、第15次5カ年計画で「極限状況」への備え その中には、「強国を支える大規模な備蓄体系」の構築や、重要産業や工場を南東部から内陸部へ移転させる「重要産業の内陸部移転計画」が含まれているとし、「実のところ、毛沢東時代の三線建設の政策にやや似ている」と指摘した。
さらに、「さまざまな兆候が、中国が極端な状況に対応するため、国家の経済、産業、安全保障の体系を構築する準備を進めていることを示している。一体どのような危機を想定しているのかについては、さまざまな推測が可能だ」と述べた。
「軍事面や国家政策にとどまらず、産業面でも中国が多方面から備えを進めていることを認識する必要がある。これは台湾を取り巻く安全保障環境にも比較的大きな影響を与えるだろう」と語った。
2026年10月20日、国防安全研究院(INDSR)が開催した国際シンポジウム「国際政治経済の変動下における中国大陸の発展動向と影響」に出席した、米カリフォルニア大学世界紛争・協力研究所(IGCC)のシニアフェロー、ジェームズ・グッドリッチ氏。(大陸委員会のフェイスブックより) 同氏はまた、中国が極端な状況下、特に国家が封鎖された状況でも正常に機能できるよう備える上で、新型コロナ禍での都市封鎖が一つの経験になったと指摘した。
「都市封鎖や感染対策を通じて、中国は複雑な状況下でも国民経済の重要産業をいかに維持するかを学んだ」と述べた。
さらに、「こうした経験は、平時から有事への迅速な移行、いわゆる『平戦転換』の政策にも取り込まれる。つまり、平時から極端な状況へ迅速に切り替えるための備えにつながる」と説明した。
毛沢東、1964年に戦争への備えとして「三線建設」 中国共産党の公式な歴史認識によると、毛沢東が1964年に推進を始めた「三線建設」は、「戦争に備え、飢饉に備える」との考えを掲げ、国防、科学技術、工業、電力、交通インフラなど幅広い分野を対象とした大規模な建設政策だった。
当時は国際情勢が緊迫し、中ソ対立も深刻化していた。毛沢東は将来的な戦争の可能性に備えるため、中国中西部の13省・自治区を中心に工場や重要施設を配置する方針を打ち出した。
立地にあたっては、「山間部に置き、分散させ、秘匿する」ことを重視し、大中規模都市や主要交通幹線から離れた山間部などに工場や重要施設を建設した。
国防工業では、四川省攀枝花を一つの中心として、成昆鉄道(成都―昆明)などの交通網を通じ、重慶やその周辺地域にも関連施設を展開。中国南西部と北西部に重要な国防工業拠点を形成した。
三線建設はおおむね1964年から1980年にかけて実施された。
中国が1964年から1980年にかけて進めた「三線建設」の概略図。(新浪財経より)
中国、国防動員法を改正 「平戦転換」を法制化 さらに、中国の全国人民代表大会(全人代)は今年8月末、国防動員法の改正案を可決 し、平時から有事への迅速な移行、いわゆる「平戦転換」を保障する内容を新たに盛り込んだ。
改正法では、国防動員について、国家の主権や統一、領土保全、安全、発展利益が脅かされた際に必要な措置を取り、「平戦の迅速な転換を保障し、経済・社会の力を国防力へ転換する活動」と定義している。
9月上旬、台湾の与党・民主進歩党(民進党)立法院党団の幹事長、荘瑞雄氏は、中国が台湾にとって最大の脅威だとの認識を示した上で、中国が平戦転換を法律に盛り込んだことは、国家安全保障が国防部(国防省)だけの問題ではないことを示していると指摘した。
その上で、台湾は国防力の整備や非対称戦力の強化に加え、市民の安全保障・防衛意識を高めるなど、社会全体の防衛レジリエンスを強化する必要があると訴えた。
荘氏は「最大の脅威である国が平時から有事への移行を法律に明記し、戦時に資源動員を強化できるようになれば、台湾への脅威は事実上高まる。我々は当然、社会全体の防衛レジリエンスと国家安全保障意識を高めなければならない。それこそが対応策だ」と述べた。