米電気自動車(EV)大手テスラ(Tesla)のイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が、宇宙企業スペースX(SpaceX)とテスラから得た巨額の報酬パッケージは、表向きには目を見張るような壮大なビジョンを掲げている。100万人規模の火星コロニーの建設、100万台の自動運転タクシー(ロボタクシー)による運行網の構築、そして100万台の人型ロボットの販売だ。
しかし、複数の役員報酬や企業統治の専門家は、時価総額が合わせて数兆ドルに上る両社をマスク氏が合併させれば、こうした高いハードルの事業目標を一つも達成しなくても、自身の企業帝国に対する支配権を確保できる可能性があると分析している。
マスク氏は先月、スペースXの決算説明会で、両社の取締役会がそれぞれ特別委員会を設置し、合併の可能性について検討を始めたことを認めた。この再編が実現すれば、現行の報酬制度に盛り込まれた厳しい事業目標を達成しなくても、マスク氏が望んできたテスラでの議決権による支配力を確保できる可能性がある。
ロイター通信が報酬計画の文書を精査し、6人の役員報酬専門家に取材したところ、合併当初の段階でマスク氏が得られるのは、昨年承認され物議を醸したテスラの総額1兆ドルの報酬パッケージのうち、ごく一部の株式にとどまる可能性がある。ただ専門家らは、合併完了後、スペースXの取締役会が報酬制度を見直し、新たな報酬パッケージを付与する余地もあると指摘する。
経済的権利より先に議決権 スペースXの報酬設計
スペースXの報酬計画では、マスク氏が株式の経済的利益を実際に「獲得」する前から、その株式に伴う議決権を行使できる仕組みになっている。この「議決権先行」の仕組みが、マスク氏にとってテスラでの支配力を高める近道となる可能性がある。
取材に応じた複数の専門家は、世論の注目を集める火星移住や人型ロボットといった未来的な目標は、報酬制度の本質ではないとみている。
米デラウェア大学(University of Delaware)ワインバーグ・コーポレートガバナンス・センターの創設者、チャールズ・エルソン氏(Charles Elson)は「事業目標はまったく重要ではない」と指摘。「この巨額報酬パッケージは本質から人々の目をそらすものであり、核心は最初から『完全な支配』にある」と述べた。
SpaceXの報酬制度 事業目標達成前から議決権を付与
昨年テスラの株主総会で承認されたマスク氏への1兆ドルの報酬案は、時価総額の拡大と事業目標を段階的に達成しなければ、新株の取得や議決権の拡大ができない仕組みになっていた。
合意文書によると、マスク氏は火星移住や宇宙データセンターなどの目標を達成できなければ、これらの株式から経済的利益を得ることはできない。
ただ、マスク氏は契約締結後ただちに、これらの譲渡制限付き株式に対応する議決権をすべて行使できる。この仕組みにより、事業目標を一切達成していない段階でも、マスク氏のスペースXにおける議決権比率は85%に達した。マスク氏はそれ以前から、スペースX株の半数近くを保有していた。
米ペンシルベニア大学ウォートン校(Wharton School)のマシュー・ブルームフィールド准教授(会計学、Matthew Bloomfield)は、IPO直前に打ち出されたスペースXの報酬計画について、実質的には「マーケティング資料」に近いと分析する。
ブルームフィールド氏は「野心的で壮大なビジョンを契約に盛り込めば、世間は『見ろ、マスクがまた自分に大きな賭けをしている』と驚く。だが実際には、この計画の主な役割は人々の期待を盛り上げることにある」と指摘する。
こうした分析について、マスク氏本人、テスラ、スペースXはいずれもコメントの要請に応じなかった。
マスク氏、支配権こそ核心と公言
これに対し、テスラの報酬設計は異なる考え方に基づいている。昨年マスク氏に付与された総額1兆ドルのテスラ株式報酬も、同社への支配力を高めることを目的としていたが、マスク氏が時間をかけて特定の事業目標と時価総額の目標を一つずつ達成することが前提となっている。
現時点で、マスク氏はテスラの計画のいずれの目標も達成していない。テスラの取締役会が昨年投資家に提出した資料によると、たとえマスク氏がすべての目標を達成し、テスラの時価総額を8倍近くに押し上げたとしても、テスラにおける議決権比率は約29%にとどまる。
昨年、テスラの取締役会が株主に報酬案への支持を求めた際、マスク氏は支配権こそが自身の核心的な要求であることを公に認め、人工知能(AI)ロボットの開発がもたらす潜在的なリスクを特に強調した。
マスク氏は2025年10月のテスラ決算説明会で「テスラでどれだけの議決権を持つかについての根本的な懸念は、私が巨大なロボット軍団を築き上げた後、将来のある時点で取締役会から追い出される可能性があるのではないか、ということだ」と語っていた。
合併は支配力拡大の近道か アナリストは議決権56%と試算
両社の合併は、マスク氏がテスラでより大きな支配力を得る近道となり得る。
英銀バークレイズ(Barclays)のアナリストは最近の投資リポートで、両社の現在の時価総額を基に計算すると、スペースXがテスラを買収した場合、マスク氏は新たに誕生する巨大企業グループの経済的持ち分の約37%を保有する一方、過半数となる約56%の議決権を握る可能性があると試算した。
さらに、マスク氏のスペースXとテスラ双方の報酬契約には、いずれも合併などの可能性を想定した条項が盛り込まれている。
テスラの報酬契約では、スペースXによる買収などの「支配権の変更」が起きた場合、マスク氏は時価総額の拡大目標さえ満たせば株式報酬を獲得でき、「ロボタクシー100万台の運行」といった事業目標の達成は求められなくなる。
時価総額の算定基準は、合併直前のテスラ株価か、取引でテスラ株主が最終的に受け取る1株当たりの価値のいずれか高い方となる。
テスラの現在の時価総額は約1.6兆ドル。マスク氏が第1段階の株式報酬を得るには、合併取引を通じてテスラの時価総額が2兆ドルに達する必要がある。
2兆ドルで試算すると、この段階で付与されるテスラ株の価値は約200億ドルとなる。ただ、報酬計画では2025年9月の計画公表後の時価総額の増加分のみが補償対象となるため、実際の経済価値は200億ドルを下回る。
合併後に時価総額が2.5兆ドル、3兆ドル、さらにそれ以上に膨らめば、マスク氏は理論上さらに多くの株式を得られる。だが取材に応じた6人の報酬専門家は、合併取引でそれほど巨額のプレミアムが付く可能性は極めて低いとの見方で一致した。
条項改定の余地を持つスペースX取締役会
一方、スペースXの報酬計画は、合併が起きた場合の扱いについて比較的あいまいだ。報酬専門家らは、取引が完了すれば、スペースXの取締役会がマスク氏の報酬体系を大幅に見直す可能性があると指摘する。
スペースXにおけるマスク氏の報酬計画は、大きく二つの柱からなる。一つは時価総額目標と「火星に100万人規模のコロニーを建設する」こと、もう一つは時価総額目標と「年間100テラワット規模のコンピューティング能力を提供する宇宙データセンター」の建設だ。
マスク氏は今年初め、X(旧ツイッター)への投稿で、この「年間100テラワット規模」のコンピューティング能力について「現在の地球全体の発電量の200倍」に相当するとし、月面で衛星を製造して深宇宙に打ち上げ、運用する必要があると説明していた。
調査会社イクイラー(Equilar)のデータを基に、スペースXの現在の発行済み株式数と最高の時価総額目標で試算すると、マスク氏の報酬計画に含まれる株式の価値は最大7190億ドルに達する。
マスク氏はすでにこの計画のすべての株式について議決権を行使できるが、事業目標を達成するまでは実質的な経済的利益を得ることはできない。
つまり、スペースXの時価総額を3倍以上に引き上げ、50万人を火星に送り込むことに成功したとしても、100万人という最終目標に届かなければ、これらの株式から経済的利益を得ることはできない。
2018年のマスク氏の巨額報酬をめぐる訴訟でテスラ側の証人として出廷した、南カリフォルニア大学(USC)マーシャル・スクール・オブ・ビジネスのケビン・マーフィー教授(金融学、Kevin Murphy)は、取締役会とマスク氏が既存の報酬計画の枠組みを維持し、時価総額や利益の目標を引き上げ、付与株式数を微調整することで、合併後の巨大な企業規模に合わせる可能性が高いとみている。
スペースXが今年初めにAI新興企業xAIを買収した際にも、同様の方式でマスク氏の報酬契約を引き継いでいた。
4人の報酬専門家はさらに、マスク氏がすでにスペースX株の半数近くを保有し、取締役会が報酬条項を変更する大きな権限を持つことを踏まえれば、マスク氏が最終的に本当に100万人を火星へ送り、追加の株式から経済的利益を得られるかどうかは、もはや中心的な問題ではないと指摘する。支配権こそが、この仕組みを理解する上での核心だという。
マーフィー教授は、火星移住のような目標は「かなり高遠で非現実的」だと認めつつも、マスク氏は決して短期的な現金化を求める人物ではないと強調する。
「彼は『オール・オア・ナッシング』の人だ」とマーフィー氏は評し、「彼が欲しいのはクッキー数枚ではない。袋ごと全部持っていくことだ」と語った。