台湾の与党・民進党の台北市長候補、沈伯洋氏は、自身を支持する潮流「洋流」を追い風に、最大野党・国民党所属で現職の台北市長、蔣万安氏を追い上げている。
一方、第3党である台湾民衆党(以下、民衆党)の支持者は「小草」と呼ばれる。過去に無所属で台北市長選に出馬し、34万票を獲得した民衆党の黄珊珊元立法委員(国会議員に相当)は、「真の第3極とは特定の政党を指すのではない」と語る。黄氏の旧友である民進党の王世堅立法委員は、現職の蔣氏について、多くの面で活気がなく、保守的で現状維持に終始していると指摘し、「小草」の多くは沈氏を支持するだろうとの見方を示している。
一方、信民協会の世論調査で、台北市内の民衆党支持者の一部が沈氏を支持する可能性が示されたことについて、民衆党主席の黄国昌氏は、同協会が台湾半導体大手・聯華電子(UMC)創業者の曹興誠氏から資金面の支援を受けているとして、「分析に時間を費やす必要はない」と一蹴した。
ただ、民衆党立法院党団主任の陳智菡氏は、党支持者が絶対に沈氏に投票しないとは言い切れないと率直に認めている。
「洋流」は実際に民衆党へ影響を与えているのか。そして、なぜ「小草」の中から沈氏を支持する人が出始めているのか。
陳智菡氏(写真)は、民衆党支持者が必ずしも沈伯洋氏に投票しないとは限らないとの見方を示した。(資料写真/柯承惠撮影)
「洋流」の勢いと波紋 かつて柯文哲氏を非難した民進党へ流れる若年層 民進党がつくり出した「洋流」は、台湾全土の民進党支持層や若年層の関心を集め、国民党の蔣氏を脅かすだけでなく、若年層を主要な支持基盤とする民衆党にも強い警戒感を抱かせている。
「小草」の動向に詳しい民衆党幹部によると、党の最盛期と比べ、現在は実際に3~4割の「小草」が民進党へ流れているという。こうした層は沈氏や、民進党の新北市長候補・蘇巧慧氏に投票する可能性があるだけでなく、政党支持そのものも民進党へと移りつつあると指摘する。
つまり、かつて民衆党の「理性的、実務的」という訴えを支持し、前主席の柯文哲氏を支持していた「小草」の相当数が、現在は民進党に傾き始めているということだ。蔣氏の勝敗にかかわらず、民衆党の支持層は流出していることになる。
過去2年間、民衆党創設者で前主席の柯氏は「小草」の象徴的な存在だった。柯氏は京華城(コア・パシフィック・シティ)の容積率を巡る事件への関与が疑われ、2024年9月から接見禁止を伴う勾留措置を受け、2025年9月に自由の身となった。
それにもかかわらず、柯氏が自由の身となってから1年がたった現在、なぜ「小草」の一部は、かつて柯氏を厳しく批判していた民進党を支持するようになったのか。
かつて民衆党の「理性的、実務的」という訴えを支持し、前主席の柯文哲氏(中央)を支持していた「小草」のうち、現在は相当数が民進党に傾き始めているという。(資料写真/柯承惠撮影)
沈伯洋氏が若年層を引きつける理由 柯氏・黄氏への攻撃を抑制 民衆党関係者の分析によると、沈氏が若い「小草」を引きつけている背景には、主に3つの理由がある。
第1に、沈氏は過去に物議を醸す言動があり、黄氏と激しく応酬したこともあったが、選挙戦に入ってからは打ち出すイメージを大きく変え、穏健で親しみやすい印象を前面に出している点だ。一時は柯氏の台北市長時代の政策である「東区門戸計画」などの実績を評価する姿勢も見せた。
この関係者は、「有権者は非常に忘れっぽい」と指摘する。
加えて、蔣氏が国民党所属であることに加え、台北市では学校給食を巡る問題やネズミを巡る騒動、警察によるゲイバー捜査などが論争となり、若者の反感を招いているという。「政党ではなく人物で選ぶ」傾向のある「小草」にとって、蔣氏が、民衆党と関係が悪化した国民党の新竹県長候補・徐欣瑩氏の応援に入ったことも強い不満につながったとしている。
第2に、沈氏が政策を中心に訴えている点だ。民衆党関係者は、沈氏は多くの時間を政策の説明に充てており、内容も一定の具体性があると評価する。
最近では街頭に演説台を設けて若者と直接対話し、過酷な労働環境に置かれた若手公務員や教師を演壇に招き、市政府への不満を語ってもらう企画も進めている。こうした取り組みが若年層の心を動かしているという。
選挙チームも非常に若く、ネットでの発信力が強い。「船員証」や「市民によるくじ引き代行の募集」といった企画も、若者やネットユーザーの参加意識を高めている。「洋流」に加わる人が増えるにつれ、若年層の間で一つの潮流になりつつあるという。
第3に、民進党全体としては国民党と民衆党に対する批判を続けているものの、沈氏本人は選挙戦入り後、個人へのネガティブな攻撃をほとんど行わず、柯氏や黄氏に対しても悪口をほぼ口にしていない点だ。
民衆党関係者は、「小草」の多くは理性的な中間層であり、理屈の通った穏健な政策や理念に引かれやすいと分析する。要するに、少なくとも現在の沈氏が打ち出しているイメージは、「小草」の好みに合っているという。
さらに、民進党が支持者の参加先となる「洋流」をつくり出す一方、民衆党は台北市と新北市で独自の市長候補を擁立しておらず、柯氏や黄氏には支持者を結集させる主戦場が乏しい。これが一部の若者の支持先の変化につながっているという。
民衆党関係者は、沈伯洋氏(左端)が街頭の演説台などを通じて市民と交流し、若年層の参加意識を高めていると分析する。写真は10月15日に林森公園で開かれたイベント。(資料写真/中央通信社)
「小水滴」が集まり「洋流」に 民衆党の「小草」と似た発想 一方、沈氏陣営の関係者によると、沈氏のチームは選挙戦で訴えかける対象を「全市民」と位置づけており、「小草」や特定政党の支持層を個別のターゲットとして設定してはいないという。
また、関係者によると、沈氏は最近、黄氏や柯氏への批判を意識的に控えている。民進党主席を兼ねる頼清徳総統は内部会議で、沈氏の勢いは良いものの、蔣氏にはまだ「HP」が多く残っているとして、沈氏には「良いことをし、良い言葉を語る」ことを続け、ネガティブキャンペーンを避け、ミスをしないよう求めたという。
一方、民進党と沈氏の「洋流」では、支持者を、集まって流れをつくる「小水滴」と呼んでいる。
頼総統は10月上旬、沈氏の応援に入った際、沈氏が従来のネガティブな選挙から脱却し、台湾の選挙に前向きな変化をもたらし、「台湾の選挙文化を変えた」と評価した。
民衆党内では、この「小水滴」という考え方が、かつて同党が掲げた「集まれば草原になる」という「小草」の発想に似ているとの声が出ている。
さらに、頼総統が語る「洋流が台湾の選挙文化を変える」という考え方も、柯氏が過去に台北市長選や総統選で訴えた「選挙を、政治文化を変える社会運動にする」という主張と非常に近いという。
つまり、かつて柯氏が民進党から学び、若者を引きつけるために使ったとされるスローガンや発想が、現在は民進党によって再び取り入れられつつあるということだ。
関係者によると、頼清徳総統(前列左)は内部会議で、沈伯洋氏に勢いはあるものの、蔣万安市長にはまだ「HP」が多く残っているとして、沈氏には「良いことをし、良い言葉を語る」ことを続け、ネガティブキャンペーンを避けてミスをしないよう求めたという。(資料写真/中央通信社)
黄国昌氏が危機感 「流量モンスター」沈氏に対抗 若年支持層の流出に対し、黄氏も強い警戒感を抱いている。
関係者によると、沈氏の「洋流」が勢いを増し始めた9月ごろ、黄氏は党内各部門に対し、ネット戦略を必ず強化するよう求めた。
具体的には、インフォグラフィックスやショート動画を増やし、立法院党団が週3回記者会見を開くなど、政治課題への対応力や発信力を強め、ネットを主な活動基盤とする「小草」の支持を固める狙いがある。圧倒的なネット集客力を持つ「流量モンスター」ともいえる沈氏に対抗するためだ。
また、黄氏は党内各部門や候補者、立法委員に対し、ライブ配信を増やし、目新しく興味を引く宣伝を展開するよう求めているという。沈氏のように既存の支持層を超えて支持を広げる「破圏」を実現し、「小草」以外の有権者を取り込むことが目的だ。
黄氏自身も前面に出ている。教師の日には突然「黄教授」に戻るとして、2時間にわたり民事訴訟法についてライブ配信した。
長年続けている毎週月曜夜の定例配信に加え、最近では毎週木曜にも政界の大物を招いた対談配信を始め、台中市長の盧秀燕氏や蔣万安市長らを相次いでゲストに招いた。ネット上で民衆党の存在感を維持し、若者の注目を集める「洋流」に対抗する狙いがあるという。
黄国昌氏はライブ配信に政界関係者を招き、対談を行っている。写真は10月15日、ライブ配信で共演した黄氏(左)と蔣万安市長(右)。(資料写真/陳品佑撮影)
「小草」にも疑問 柯文哲氏の主張は本当に妥当だったのか しかし、こうした取り組みにもかかわらず、勢いを増す民進党と「洋流」を前に、民衆党は最近、多くの政治課題で主導権を取り戻せずにいる。
ある党幹部は、その顕著な例として、台湾の全民健康保険(健保)の保険料を65歳以上で免除する案を挙げた。
立法院で法案が可決された後、民進党寄りのネットユーザーらが、国民党と民衆党は世代間の公平性を無視し、若者の負担を重くしているなどと批判した。
関係者によると、こうした状況には柯氏自身も強く困惑しているという。65歳以上の健保料免除は、2024年の総統選で柯氏自身が掲げた「医療の平権」に関する公約だったからだ。
それにもかかわらず、現在はこの政策を巡って民衆党への批判が強まり、柯氏は対応に苦慮している。柯氏は「医療の平権に、藍(国民党)も緑(民進党)も白(民衆党)もない」と支持者に説明し、事態の沈静化を図ったが、民衆党には少なからぬ打撃となった。
党関係者は、ネット上の若者や、「青鳥」と呼ばれる民進党寄りの若者や市民層だけでなく、一部の「小草」コミュニティでも「認知戦」の影響を受けているとの見方を示している。その中では、柯氏が当時掲げた主張が本当に妥当だったのかと疑問視する声も出始めているという。
65歳以上の全民健康保険(健保)の保険料免除は、柯文哲氏(写真)が2024年総統選で掲げた「医療の平権」に関する公約だった。現在はこの政策を巡って民衆党への批判が強まり、柯氏は「医療の平権に藍(国民党)も緑(民進党)も白(民衆党)もない」と訴えている。(資料写真/柯承惠撮影)
若者も「洋流」へ 打開策を見いだせない柯文哲氏 実際、多くの「小草」にとって、柯氏への政治的な忠誠心は「信仰」に近いほど強いものだった。
柯氏が総統選に出馬した際には、7キロある柯氏の巨大な風船を背負い、1カ月かけて台湾を徒歩で一周した支持者もいた。総統選後には、午前7時半から柯氏の自伝を持って民衆党立法院党団の前に立ち、大声で朗読する支持者もいた。
柯氏が勾留された際には、土城拘置所の外で何度も徹夜の座り込みを行う支持者がいたほか、黄氏とともに街頭に出て頼政権による司法の不公正を訴え、勾留前に撮影された柯氏の映像を見て涙を流し、声を上げて泣く支持者もいた。
党関係者は、かつて「何を言っても正しい」と受け止められていた柯氏の主張に、「小草」自身から疑問の声が上がっていることが、事態の深刻さを示していると指摘する。
党幹部も、もともと小政党である民衆党は、メディアでの発信力で国民党、民進党の二大政党に対抗することが難しいうえ、「洋流」の台頭で状況はさらに厳しくなったとみている。
柯氏による反論や説明も、世論への影響力という点で以前ほどの重みを持たなくなっており、今回の健保料を巡る問題で民衆党が大きな打撃を受けたことは、重大な警告だという。
この幹部は、民衆党は2026年の地方選挙で候補者が少なく、国民党や民進党のように候補者を通じて支持者の熱気を呼び起こすことが難しいと指摘する。
今では若年層まで民進党の「洋流」に奪われつつあり、軽視できない状況だという。
柯氏自身もこの状況に苦悩しているが、現時点では有効な打開策を見いだせていない。黄氏は早い段階から危機感を持ち、自ら前面に出て対応しており、一定の効果は出ているものの、対談に招ける大物にもいずれ限りがある。
民衆党が局面を打開するには、別の方法を模索する必要がある。そうでなければ、民進党にとっての「救命の洋流」は、民衆党にとって「致命的な津波」になりかねない。