高市早苗首相が国会で「台湾有事」に関する見解を明確にしたことについて、東京大学東洋文化研究所の特任研究員・林泉忠氏は、「高市首相の目的は、中国が台湾への武力行使を決断するコストを引き上げることにある」と分析した。林氏は、この発言が挑発ではなく、むしろ戦争を防ぐための戦略的な威嚇(デタレンス)であると指摘している。
高市首相「台湾有事は存亡危機事態の可能性」
高市早苗首相は11月7日、衆議院での質疑の中で、「台湾有事(台湾での緊急事態)」が発生し、武力行使を伴う場合には、日本の安全保障法制上で定められた「存立危機事態」に該当する可能性があるとの見解を示した。ただし、具体的な判断は「実際に発生した個々の事例によって異なる」とも述べ、慎重な姿勢を見せた。
香港紙『明報』10日付に掲載された林泉忠氏の寄稿によると、この発言は「高市政権が台湾海峡の安全保障問題において、日本を『受動的な関心国』から『能動的な関与国』へ転換させようとする意思を示したもの」だという。
日本は「防衛本土」から「周辺関与」へ
林氏は、「台湾有事は日本有事」という概念を最初に提唱したのは安倍晋三元首相(2021年)であり、以降の3代の首相はこの立場を明確に表明しなかったと説明する。今回の高市首相の発言は、戦後日本が掲げてきた「専守防衛」方針に変化をもたらすものであり、「防衛本土」から「周辺干渉」へと踏み出す政策的転換点を意味していると指摘した。
「条件付きの明確化」 北京への警告とワシントンへの安心感
林氏は、高市首相の発言が明確なメッセージを含みながらも、「個別の状況に応じて判断する」と条件を付けた点に注目する。これは戦略的表明であると同時に心理戦の一環であり、「中国に対して軽率な行動を取るなと警告しつつ、アメリカに対しては『日本も台湾防衛のリスクを分担する意思がある』と伝える二重の意味を持つ」と分析した。
すなわち、高市首相の戦略は「予防的明確化(preventive clarity)」であり、目的は中国の武力侵攻を抑止することにある。これは衝突を誘発するための明言ではなく、あくまで戦争を防ぐための計算された発言だとみている。
「北京が激怒するのは容易に想像できる」
林氏は、高市首相の今回の発言が中日関係に及ぼす影響についても言及。「北京がどのように激怒するかは想像に難くない」と述べた。林氏によると、高市首相は最近の日中首脳会談でも台湾・香港・新疆問題への懸念を表明し、さらに台湾のAPEC代表・林信義氏と会談したことも中国側の強い不満を招いていたという。今回の発言は、今後の日中関係に不安定な影を落とす可能性が高い。北京は今後、高市政権の対台湾政策を厳しく監視していくとみられている。
「日本は唯一の『可視的抑止力』となる可能性」
林氏はまた、高市政権の新たな安全保障方針が、中日関係だけでなく、オーストラリア、フィリピン、韓国など近隣諸国の対台湾政策にも影響を与える可能性を指摘した。オーストラリアのシンクタンク「ローウィー研究所(Lowy Institute)」も、「日本の台海危機対応方針の明確化は、中国による台湾武力統一を抑止する唯一の『可視的抑止力』となり得る」との見方を示している。
日米「曖昧」と「明確」――異なる戦略
林氏は、アメリカのトランプ大統領が「戦略的曖昧性」を交渉カードとして利用している一方で、高市首相は明確な立場を取ることで、日本が地域問題での主導権を失わないようにしていると分析する。しかし、「明確さ=安定ではない」とも警告。「高市首相の路線は戦略的勇気を示す一方で、日本をリスクの高い最前線に押し出す可能性もある」と述べた。
林泉忠氏は最後に、「今後の高市政権の最大の課題は、原則と現実のバランスをどう取るかにある」と結論づけている。
編集:柄澤南 (関連記事: 高市早苗首相、「台湾有事は日本有事」発言で波紋 安倍晋三氏の遺志を継ぎ「戦略的曖昧さ」転換へ | 関連記事をもっと読む )
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