過去20年にわたり、ドイツと中国の経済関係は「理想的な補完関係」と言われてきた。だが現在、中国製造業の急速な台頭と、低価格製品の欧州市場への流入は、中国がもはやドイツを必要としていない現実を浮き彫りにしている。その一方で、実際に打撃を受けているドイツ側では、中国との関係を見直し、「距離を取る」ことを模索する動きが強まりつつある。
かつて世界貿易が拡大を続けていた時代、中独の経済関係は双方に莫大な利益をもたらした。ドイツは高度な機械設備を供給し、中国はそれを用いて消費財を大量生産し、世界市場へと送り出す。役割分担は明確で、双方にとって都合の良い構図だった。しかし、その前提はすでに崩れている。米紙『 ウォール・ストリート・ジャーナル 』は14日、数十年にわたりドイツの産業競争力を支えてきた「制約のない自由貿易」について、ドイツの企業界や政界が初めて本格的な疑問を抱き始めたと報じた。
中国の競合企業は、価格が安いだけでなく、生産スピードが速く、品質も急速に向上している。こうした現実を前に、ドイツの製造業界では政府による保護を求める声が強まっている。メルツ首相は先月、国内の鉄鋼産業を中国企業との競争から守る考えを明言した。政府もまた、通信・データネットワーク分野で中国製部品の使用を禁じる規制を一段と厳格化するとともに、公共調達において「欧州製品を優先する」条項を盛り込む方針を支持している。
2025年12月10日、ドイツ・ベルリンの首相府で開かれた閣議に出席したメルツ首相(Friedrich Merz氏)。(AP通信)
さらに、メルツ政権が新設した国家安全保障会議は、11月の初会合で、中国が複数の重要鉱物分野において支配的地位を握っていることがもたらす戦略的リスクを議題に取り上げた。ドイツ政府関係者によれば、現在ベルリンでは、供給網を特定国に依存しない体制へと転換するための多角的な対策が検討されているという。
世界経済の分断化 『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、ドイツと中国の関係悪化は突発的なものではないと指摘する。低い生産コスト、 人 民元 安、そして巨額の政府補助金を背景に、中国の製造業は近年、急速に存在感を強めてきた。その進出先は中国国内にとどまらず、欧州や第三国市場にも広がり、かつてドイツ企業が優位を保ってきた分野を次々と侵食している。
この「別れ」が進行する過程は緩やかだったが、関係が明確に転換した時期は、米国のトランプ政権と深く結びついている。経済学者や企業幹部によれば、米国が中国製品に高い関税を課した結果、もともと米国向けだった中国の低価格商品が、化学製品から自動車部品に至るまで、一斉に欧州市場へ流れ込むようになった。
2025年11月30日、中国東部・山東省青島の港に停泊するコンテナ船。(AP通信)
その結果、かつて自由経済の象徴とされたドイツも、関税や規制といった保護主義的な手段を受け入れ始めている。こうした政策は、以前であればドイツの政界や経済界から「誤った選択」として批判され、揶揄を込めて「フランス的手法」と呼ばれてきたものだった。
欧州で最も影響力を持ってきた自由貿易の推進論者が次第に表舞台から退く姿は、米中の大国間競争と、西側諸国に広がる反グローバル化の潮流の中で、世界経済が分断へ向かっている現実を映し出している。
もっとも、ドイツの方針転換は一様ではない。中国への依存度が高い企業ほど軌道修正は難しく、自動車メーカーや化学企業の一部は、なお中国への投資を拡大し続けている。政界もまた、各国が「中国と対峙するのか、宥和するのか」の間で揺れ動く同盟国の動向を慎重に見極めている。
対中デカップリングの方向性は明確に それでも、全体の流れは次第に鮮明になってきた。最初に動いたのは企業であり、その影響は主要な産業ロビー団体へと波及し、ここにきてようやく政府レベルの政策判断へと移りつつある。
ドイツ工業連盟(BDI)は2019年、いち早く従来の親中姿勢を転換し、中国を「制度的な競争相手」と位置づける報告書を公表した。今年に入ると、ドイツ機械・プラント工業連盟(VDMA)も、中国による不公正競争を公然と批判し、欧州の規制を無視する中国輸出企業に対して反ダンピング措置や制裁を求めている。
VDMAの対外貿易担当責任者オリバー ・リッチバーグ 氏は、「自由貿易そのものには賛成だが、不公正な貿易慣行はもはや容認できない。中国がルールを守らないのであれば、守らせるしかない」と語る。
ドイツ政府内の議論に詳しい関係者は『ウォール・ストリート・ジャーナル』に対し、政府は来年、新たな経済安全保障戦略を打ち出す予定であり、中国との関係を通じて高まる経済・技術・安全保障上のリスクに対応する複数の施策を進めていると明かした。今月初めて訪中したドイツのヨハン・ヴァーデフル外相も、欧州企業がより公正に中国市場へ参入できる環境と、中国が生産する重要資源へのアクセスの必要性を強調している。
英ノッティンガム大学でドイツ・中国関係を研究するアンドレアス・フルダ教授は、「ここまで語調が変わったのは驚くべきことだ」とした上で、「今後ドイツに求められるのは、リスク低減と生産拠点の国内回帰を後押しする、具体的な政策だ」と指摘している。
中国市場での存在感、過去最低水準に 中国は、設備投資の「買い手」から、自らが「作り手」へと驚くべきスピードで転換した。調査会社ロジウム・グループが近く公表する報告書によると、2019年から2024年にかけて、発電設備や機械分野でドイツが長年維持してきた世界シェア首位は中国に奪われた。化学や自動車分野でも、優位性はもはや紙一重にまで縮小し、電気機器分野では中国に大きく水をあけられている。
今年はさらに象徴的な転換点となった。ドイツが中国から輸入する資本財の額が、初めて中国向けの輸出額を上回ったのである。
ドイツ経済研究所によれば、2025年第2四半期には、中国から輸入されるマニュアルトランスミッションが前年同期比でほぼ3倍に急増。一方で、ドイツ自動車メーカーの中国市場でのシェアは、わずか2年で約50%から3分の1程度にまで落ち込んだ。
総じて見ると、ドイツの対中輸出総額は2019年以降で約25%減少した一方、輸入は大幅に増加している。政府系の貿易促進機関は、中国が今年、2010年以来初めてドイツの輸出先上位5か国から外れ、7位に後退すると予測している。ドイツの対中貿易赤字(モノ・サービス合計)は、過去最高となる880億ユーロ(約15.9兆円)に達する見通しだ。
2025年12月8日、中国・上海のコンテナ埠頭を上空から撮影。(AP通信)
これについてドイツ連邦外貿・投資庁(GTAI)は、中国国内市場の減速に加え、多くのドイツ系サプライヤーが「輸出」ではなく「現地生産」を選ぶようになったことが背景にあると説明する。中国がドイツ全体の輸出に占める比率は、2021年の約7.5%から、今年は5.2%へと低下する見込みだとしている。
雇用機会の流出 『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、こうした変化がすでにドイツ経済に深い傷を残していると指摘する。ドイツの製造業生産は2017年のピークから14%減少。コンサルティング会社アーンスト・アンド・ヤング(EY)によれば、工業部門の雇用は2019年以降で約5%失われ、自動車産業に限ると減少幅は約13%に達している。
圧力を直に受けている企業のひとつが、家族経営のトンネル掘削機大手ヘレンケヒト(Herrenknecht)だ。中国が世界的な影響力を拡大し始めた初期には、中国の地方政府が大規模インフラ向けに同社の機械を大量購入していた。しかし、その後の相次ぐ企業統合を経て、中国企業が世界市場をほぼ掌握する状況へと変わった。
同社の広報担当者は、中国政府の補助金を背景にした中国企業との競争が「極めて厳しい」と語る。現在はインドなど新興市場の開拓を進めると同時に、より大型で高度なプロジェクトに注力しているという。また、欧州に対しては、中国企業を対象とした反ダンピング調査の実施や、公共調達での「欧州優先」原則の採用を求めている。
競争の波は、ドイツ有数の化学産業集積地にも押し寄せている。その中心が、旧東ドイツのライプツィヒ周辺地域だ。『ウォール・ストリート・ジャーナル』によると、この地域は19世紀に炭鉱を背景に欧州屈指の化学工業地帯として発展し、東ドイツ時代には産業の中枢を担った。統一後は炭鉱が閉鎖され、ロシア産天然ガスを基盤に化学産業が維持されてきた。
しかし今年、中国製の化学製品が欧州市場に大量流入。DOMOケミカルズの商務責任者は、幅広い用途を持つプラスチック原料「ポリアミド6」における中国製品の市場シェアが、前年の5%から一気に20%に跳ね上がったと明かす。中国企業は「ほぼ至る所に存在し」、価格は欧州メーカーより平均で20%安いという。
ドイツ最大級の化学工業団地のひとつ、ロイナ(Leuna)の運営責任者クリストフ・ギュンター氏は、中国からの輸入急増に企業が苦しんでいると語る。「この地域では影響を強く実感している」とし、園区内の企業は利益を出せず、コスト削減や人員削減に追い込まれているが、それでも「持ちこたえられるのは一時的だ」と述べた。
2025年12月10日、ドイツ・ベルリンの首相府前で、ピンク色のインフレータブルのサンタクロースが「成長なくして贈り物なし。安心できる休暇には経済成長が必要だ」と書かれたプラカードを掲げる。(AP通信)
実際、ダウ・ケミカルは最近、この工業団地内の2工場を閉鎖し、500人以上を削減すると発表。BASFをはじめとするドイツの化学大手も、国内では数千人規模の人員削減を進める一方、中国での事業拡大を続けている。
ドイツ国営開発銀行KfWのエコノミスト、ディルク・シューマッハ氏は、ドイツは今後、中国からの輸入を受け入れてよい分野と、自国で生産を維持すべき分野を明確に区別する必要があると指摘する。それは、戦略産業に対する一定の保護措置を意味する可能性があるという。
調査会社ロジウム・グループの上級顧問ノア・バーキン氏は、欧州は依然として中国からの投資に門戸を開いているものの、政策当局は「技術移転や雇用創出という具体的な見返り」を求めていると語る。問題は、中国がそれを受け入れるのかどうか、そして受け入れない場合、欧州が本当に市場を閉ざす覚悟を持てるのかだという。
バーキン氏はまた、ドイツがいわゆる「上海症候群」に逆戻りする可能性も否定しない。短期的な経済利益を優先して中国を刺激しない一方、長期的なリスクを見過ごす姿勢だ。ドイツが予測不能なトランプ氏に備える必要があると判断すれば、そうした選択に傾く余地もあるとする。
米国トランプ 大統領。(AP)
ドイツ保守派の国会議員で外交政策の専門家、ノルベルト・レットゲン氏は、このジレンマを率直にこう表現した。「我々は中国への依存を減らさなければならない。しかし、もし米国が期待に応えてくれなければ、それは我々が中国との関係をどう再定義するかに、必ず影響してくる」
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編集:田中佳奈