冷戦終結後、核兵器の問題は長らく国際社会の関心から遠ざかっていた。しかし、4年目に突入したウクライナ侵攻、トランプ氏によるNATO(北大西洋条約機構)への支持撤回示唆、そして開戦から2ヶ月を迎えた米イラン紛争を受け、状況は一変した。かつて「非核」を堅持してきた日本や韓国でも核武装を巡る議論が噴出し、世界は再び核軍拡の時代に足を踏み入れようとしている。
トランプ政権下で揺らぐ「核の傘」と欧州の危機感 米国の「核の傘」は、第二次世界大戦後、欧州と東アジアの平和を支える根幹的な保証だった。しかし、昨年再登板を果たしたトランプ氏は、従来の親欧州政策を否定。米国が主導してきたNATOからの離脱をちらつかせ、欧州諸国に対し「自国の防衛は自ら担え」と迫っている。さらにはグリーンランドを勢力圏に組み込む野心も見せており、長年米国の核に依存してきたドイツやポーランドでは、独自の核保有の可能性が公然と議論される事態となっている。
東アジアでも高まる「独自の核武装」論 一方、東アジアでは中国による近隣諸国への軍事的脅威が日増しに強まっている。トランプ政権の防衛公約が変遷を繰り返す中、米軍が駐留する日本と韓国では危機感が急増。この2年間、両国内では「独自の核保有」を容認する声が公の場で議論されるという、かつてのタブーが破られる異例の状況が続いている。
軍備管理の枠組みも崩壊の危機にある。米露間の「新戦略兵器削減条約(新START)」は今年2月に期限を迎え、1970年発効の「核兵器不拡散条約(NPT) 」も多くの課題に直面している。既存の国際的な枠組みでは、もはや高まる核武装への渇望を抑え込めなくなっているのが現状だ。
国連傘下の国際原子力機関(IAEA)は、国際的な核軍備管理条約を執行する重要な機関である。(写真/イタリア政府公式ウェブサイト提供)
米イラン交渉、第1ラウンドは平行線 トランプ氏は「グランド・バーゲン」を狙う パキスタンの仲介で先週末に開始された米国とイランの和平交渉は、第1ラウンドから暗礁に乗り上げた。焦点となっているのは「イランの核計画」「ホルムズ海峡」「戦争賠償」の3点だ。特に核計画を巡っては、濃縮ウラン抽出の停止期間について、米側の20年要求に対しイラン側は5年を主張しており、両者の溝は極めて深い。
交渉を率いるJ・D・バンス副大統領は4月14日(火) 、「相互不信は根深く、一朝一夕には解決しない」と言及。その一方で、トランプ氏が求めているのは「スモール・ディール(小規模な合意)」ではなく、すべてを一気に解決する「グランド・バーゲン(包括的な大取引)」であると強調した。
イラン核合意の崩壊と、米イスラエルによる「先制攻撃」の代償 これが1970年以来、NPT(核不拡散条約)が築いてきた国際的な核管理体制の基盤を揺るがしただけでなく、今回の米国とイスラエルによるイラン核施設への爆撃は「極めて危険な前例」を作ったと指摘されている。
もし米国やイスラエルが、自国の判断で他国の核施設を一方的に爆撃できるのであれば、将来的に中国やロシアもまた、「自力で核開発を行っている疑いがある」と見なした国に対し、同様の単独行動に出る大義名分を与えかねないからだ。
2025年6月22日、東京で新聞を読む市民。見出しには「米、イラン核施設を攻撃」とある。(写真/AP通信提供)
韓国で核保有支持が過去最高の76%に 揺らぐ「核の傘」への信頼 核武装を巡る議論の台頭は、欧州や中東にとどまらない。長年、核問題をタブー視してきた日本や韓国でも、この2年間で民意は劇的な変化を見せている。
韓国の牙山(アサン)政策研究院が昨年末に発表した報告書 によると、自国での核開発を支持する韓国国民の割合は76%に達した。これは2024年調査の70.9%を上回り、過去最高を更新する数字だ。
国立成功大学政治系の王宏仁(ワン・ホンレン)教授(国策研究院執行長)は、韓国で核保有論が加速している背景について、北朝鮮による軍事脅威に加え、「中国・北朝鮮・ロシア」による三カ国の軍事協力の圧力、そして米国の「核の傘」に対する不信感があると分析する。
王氏は、トランプ氏が昨年10月の訪韓時に原子力潜水艦の技術供与を表明した一方で、昨年3月に米エネルギー省が韓国を「センシティブな国」リスト に含め、核技術へのアクセスに対する監視を強化した点に注目している。これは米政府内部でも韓国への技術提供について依然として意見が割れており、供与が確約されたわけではないことを示唆している。
また王氏は、公の場での議論から実際に核兵器を保有するまでには極めて長い道のりがあり、韓国にとって核保有へのハードルは依然として非常に高いと付け加えた。
日本「非核三原則」から60年 高市政権下で揺らぐ「持ち込ませず」の壁 日本は世界で唯一の被爆国であり、長年「核を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を堅持してきた。しかし、その日本国内でも核武装を巡る議論が密かに台頭している。朝日新聞の報道 によれば、昨年12月中旬、首相官邸の安保政策担当官が記者に対し、周辺環境の悪化と米国の「核の傘」への不信感を背景に「日本も核保有の議論を始めるべきだ」と私見を述べたという。
この発言は波紋を広げ、木原稔官房長官 が直ちに「非核政策に変更はない」と火消しに追われる事態となった。
韓国で議論されている「独自の核保有」に比べれば一歩退いた形だが、現在の日本において「核共有」の議論が公にされること自体、極めて異例かつ大きな転換点といえる。
2026年1月5日、三重県伊勢市で記者会見に臨む日本の首相・高市早苗氏。(写真/AP通信提供)
王宏仁教授、台灣の戦略は「核心的利益の埋め込み」にあり 緊迫する東アジア情勢の中、核保有という選択肢を持たない台湾は、この核軍拡の潮流にいかに対処すべきか。
王氏は、台湾が取るべき道として「自国の核心的利益を、米国、日本、フィリピンといった他国の利益の中に埋め込む」思考が必要だと説く。例えば、台湾海峡の緊張緩和が東アジア全体での核軍拡競争を阻止することに繋がると説得し、各国の多層的な支援を引き出すことで、結果的に台湾海峡の情勢安定と抑止力を高めるという戦略だ。
2026年NPT再検討会議 国際秩序は「力」を抑え込めるか 2026年の「核拡散防止条約(NPT)再検討会議」が、今月27日から5月22日まで国連本部で開催される。米イラン紛争に起因する核開発問題は、191の締約国による議論の焦点となることは間違いない。国際社会は、2026年の今、この条約が依然として世界的な核軍拡競争を抑制する機能を果たせるのかを注視している。
英誌 『エコノミスト』は、一度核軍拡の波が起これば、その勢いを止めることは困難であると警鐘を鳴らす。一方で、この事態を回避できる可能性があるとすれば、それは核開発に踏み切る国が支払うべき「膨大な代償」にある。核開発が露呈した「ならず者国家(ローグ・ステイツ)」は、国際社会による厳しい経済制裁や軍事打撃を免れないからだ。
また、NPT締約国が条約に背いて核保有を目指せば、国際社会で孤立し、想像を絶する経済的・外交的コストを負うことになる。しかし現実には、核保有国として既成事実化しているインド、パキスタン、イスラエルは非締約国であり、北朝鮮も2003年に脱退している。
冷戦期から長く続いた国際条約による核管理体制は、終わりの見えないウクライナ侵攻と出口の見えない米イラン紛争の荒波の中で、踏み止まることができるのか、あるいは崩壊へと向かうのか。その答えは、もはや時間に委ねるしかない。