日本の法務省は2011年、トランスジェンダーなど性自認に関わる事情を持つ被収容者の処遇について行政指針を策定した。そこには、入浴や身体検査の方法から、髪を伸ばせるかどうかに至るまで、細かな配慮事項が盛り込まれている。しかし、この制度はいま、大きな課題に直面している。一方、台湾では依然として「性別により厳格に分離する」との規定にとどまり、具体的な制度設計はほぼ空白のままだ。
近年、日本社会では性の多様性への理解が少しずつ広がっている。しかし、いまだ明確な答えを見いだせない場がある。刑務所などの刑事施設である。
出生時の性別も法的性別も男性だが、女性としての性自認を持つトランスジェンダーの人が罪に問われ、刑事施設に収容される場合、男性施設と女性施設のどちらに収容されるべきなのか。一見単純に見えるこの問いをめぐり、日本ではすでに20年以上にわたって議論が続いている。
日本の現行対応 基準は戸籍上の性別
日本法務省の現在の実務対応は、戸籍上の性別を基準とするものだ。戸籍上の性別が男性であれば男性施設に、女性であれば女性施設に収容される。
当事者が性別適合手術を終え、外見上は女性として生活していたとしても、戸籍上の性別変更が完了していない限り、原則として男性施設に収容される。刑務所側は、単独室への収容や入浴時間をずらすといった措置を通じて、リスクの軽減を図ることになる。
この制度は現在、大きな課題に直面している。改革を求める立場からは、刑務所内でトランスジェンダーの受刑者が性的暴力、いじめ、差別を受けるリスクは一般の受刑者より高いとの指摘がある。また、服役中にホルモン治療を継続できず、深刻な心理的ストレスを抱える人もいる。
一方で、女性施設への収容に慎重な立場からは、別の問題も提起されている。男性の身体的特徴を残す受刑者が女性施設に収容された場合、他の女性受刑者の安全やプライバシーはどのように保障されるべきなのかという点である。
各国で相次いだ実例 処遇をめぐる議論が表面化
1991年、米メイン州では、性別適合手術を終えていないMtF(出生時の性別は男性で、性自認は女性)の受刑者が、本人の意向に基づいて女性と同室に配置された。これに対し、同室の受刑者がプライバシー権を侵害されたとして提訴した。
日本では2001年、海外で性別適合手術を受けたトランスジェンダー女性が薬物事件で拘留された際、収容先の施設が男性として処遇したことがメディアで大きく報じられた。これが、日本社会においてトランスジェンダー被収容者の処遇問題が広く注目を集める契機となった。
2023年には、スコットランドでMtFを自認する受刑者が女性刑務所に移送されたものの、他の女性受刑者から強い抗議が起こり、最終的に男性刑務所へ戻される事態となった。同じ2023年、デンマークでは、手術を受けていない一方で法的性別を女性に変更していた受刑者について、裁判所が男性刑務所で服役すべきだとする判断を維持した。
各国では、徐々に異なる対応策が模索され始めている。性別適合手術の有無を基準とする国もあれば、トランスジェンダー専用の収容区画を設ける国もある。イタリアでは2010年、世界初とされるトランスジェンダー専用刑務所が設立され、米ロサンゼルスでは2012年、トランスジェンダー女性を専門に収容する施設が設けられた。
訴訟と議論を経て生まれた日本の行政指針
日本では現在に至るまで、トランスジェンダーの被収容者に関する制度は正式に法律として明文化されていない。主に法務省の行政指針に基づいて運用されている。そしてこの指針は、長年にわたる訴訟、要望書の提出、社会的議論の蓄積を経て、段階的に形づくられてきた。
2011年、法務省は「性同一性障害等の被収容者の処遇に当たっての配慮事項等について」と題する処遇指針を策定し、2015年に改訂した。この文書では、刑事施設内のトランスジェンダー被収容者を以下の4つの類型に分けている。
- 性同一性障害者(専門的知識を有する2名以上の医師による診断・認定が必要)
- MtF(身体的性別が男性、性自認が女性)
- FtM(身体的性別が女性、性自認が男性)
- その他(診断書の提出、または指定医師の診察を受けた者)
入浴、身体検査、頭髪まで規定
入浴や身体検査について、MtFのうち外見の移行が進んでいる人、特に関連する器官を摘出している人については、可能な限り女性職員が対応する。外見の移行が進んでいない人については、複数の男性職員が対応に当たる。
トランスジェンダー受刑者の入浴や裸体検査は単独で実施することとされ、羞恥心に配慮するため、衝立を設置することも認められている。
頭髪を巡る問題
頭髪についても規定がある。日本の刑事施設では、男性受刑者に丸刈りまたは短髪を義務づけている。しかし、MtFの被収容者が髪を短くすることを望まない場合、施設側は「強制しないことが処遇上有益である」との理由から例外を認めることができる。本人がリンスや整髪料を持参することも可能で、長髪の場合はヘアピンの使用も認められている。
衣類の規定
衣類については、原則として戸籍上の性別に基づいて決められる。ただし、MtFで豊胸手術を受けている場合はブラジャーの着用が認められる。一方で、FtMについてはナベシャツ、いわゆる胸つぶし用の衣類の着用が認められておらず、この規定は論理的な一貫性を欠くとして研究者から批判されている。
最も深刻な課題 ホルモン治療の中断
トランスジェンダーの人がすでに性ホルモンを分泌する器官を摘出している場合、ホルモン補充が中断されれば、更年期障害に似た症状が直ちに現れる可能性がある。未摘出の場合でも、治療が中断されれば、月経の再開や髭が再び生えるといった変化が生じることがあり、情緒不安定やうつ状態につながる恐れもある。
日本の研究者の一部は、手術を終えた一部のトランスジェンダーにとって、強制的なホルモン治療の中断がもたらす苦痛は、憲法が禁じる「残虐な刑罰」に近いとさえ指摘している。
しかし、日本法務省の指針は「ホルモン剤の投与を継続しなかったとしても、直ちに生活上回復困難な損害が生じるものではない」と規定している。この条項は、被収容者の人格権を十分に尊重していないとして批判されており、現在も訴訟や議論の争点となっている。
台湾では制度的空白が続く
台湾では2020年、刑務所運営を定める「監獄行刑法」が改正された。従来の「女性は女子刑務所に収容する」との規定は、より中立的な「性別により厳格に分離する」との表現に改められた。
しかし、トランスジェンダー被収容者の処遇方法については、踏み込んだ規定が設けられなかった。トランスジェンダーの人を実際にどのように収容すべきかについて、法律は明確な答えを示していない。
台湾の立法院(国会に相当)は付帯決議で、法務部(法務省に相当)に対し、被収容者のジェンダー表現、性自認、性的指向などを考慮し、特別な保護措置を講じるよう求めた。行政院が委託した研究の草案でも、「矯正機関は被収容者の性自認に基づいて収容を配置すべきだ」と提言された。しかし、法務部の回答は「個別の事案に応じて対応する」というものにとどまった。
注目されるのは、台湾では外国人や香港・マカオ出身者の短期収容については、すでに一定の規定が存在する点だ。当事者の身分証明書上の性別や性別違和に関する診断に基づき、単独室での収容を手配することが可能とされている。一方、台湾人の刑事収容については、依然として制度的な空白が残っている。
「個別対応」のままでよいのか
問題の根底には、台湾では現在も身分証明書上の性別変更に手術が要件とされていることがある。トランスジェンダー受刑者が手術を受けられない、または望まない場合、外見や性自認と一致しない刑務所に割り当てられる可能性がある。その結果、一般の受刑者よりもはるかに高い差別や暴力のリスクに直面することになる。
長期にわたる単独室への収容は、当事者を保護する一方で、他者と交流する機会を奪うことにもなる。これは、将来の社会復帰に悪影響を及ぼす可能性がある。
日本では2001年に初めてトランスジェンダー被収容者の処遇をめぐる問題が世論の関心を集めてから、2011年に法務省が行政指針を策定するまで、10年を要した。訴訟や要望書の提出、社会的議論を通じて、関連する規定が段階的に整備されてきたのである。
それでも、2016年以降も新たな訴訟や論争は続いており、研究者は関連する問題が現在も真に解決されたとは言いがたいと指摘している。日本はいまだトランスジェンダー被収容者の制度を正式に法制化しておらず、現行の行政指針も戸籍上の性別を収容基準としているため、多様な個別事情に完全に対応しきれているわけではない。
台湾では、法務部が立法院の付帯決議や研究者の制度提言に対し、一貫して「個別の事案に応じて対応する」と述べるにとどまっている。この問題を研究した学者は、こうした対応について「法務部の冷淡な姿勢は、実に憂慮すべき事態である」と厳しく指摘している。
参考出典:江玉女「日本跨性別收容人之監獄刑事政策」(仮訳:日本のトランスジェンダー被収容者をめぐる刑事政策)、『日本與亞太研究季刊』第10巻第1期(2025年1月)。