防衛省の防衛研究所主任研究官、杉浦康之氏は、中国人民解放軍が近年、台湾周辺での軍事活動を一段と活発化させていると分析した。2024年にはその動きがさらに強まり、『令和7年版防衛白書』で「実戦化」「拡散化」「常態化」という三つの明確な傾向が示された。杉浦氏は、これらの動向が台湾の安全保障だけでなく、国際世論やインド太平洋地域の戦略環境全体への挑戦になっていると指摘する。
杉浦氏によれば、2024年5月の賴清徳総統就任式の直後に「聯合利劍2024A」と称する大規模演習が行われ、続いて10月の双十節後にも「聯合利劍2024B」が実施された。いずれも台湾の重要な政治日程と連動し、中国軍が賴政権を念頭に置いた軍事演習を制度化していることを示しているという。

「実戦化」では、台湾の主要都市や港湾を標的とした精密誘導攻撃の模擬、台湾封鎖を想定した海空域での合同作戦訓練、中国海警局による法執行訓練の三つの側面を挙げた。特に海空封鎖の場面では、演習地や配備地点を増やし、包囲と抑止の体制を強化する姿勢が鮮明だと分析している。
「拡散化(伝播化)」については、中国軍が映像や3Dアニメーションを駆使して演習の威圧感を高め、国内外の世論操作を図っていると説明した。中国国防部は賴政権を名指しで批判し、「平和統一」を強調することで、台湾への圧力と国際社会へのメッセージ発信を同時に行っている。
三つ目の「常態化」では、軍演が年次化・番号化され、演習前後にも艦艇や航空機を長期間台湾周辺に展開させていると指摘。2024年12月、賴清徳総統が米国を経由した際には「聯合利劍」と同規模の部隊が展開され、台湾国防部も「大規模軍演と同等」と発表している。中国軍は演習の強度を自在に調整し、台湾内政や米台関係に応じて行動レベルを引き上げられる体制を整えているとみられる。

2025年4月、賴総統が中国を「海外の敵対勢力」と呼んだ直後には、新たな大規模軍演が迅速に始まり、軍事行動が政治対応の手段となっていることも確認された。杉浦氏は、中国軍が台湾への圧力を強める目的として、賴政権への強い批判、台湾を支援する米国への牽制、そして台湾社会に分断を生じさせ賴政権の正統性を弱める狙いを挙げた。
杉浦氏は、「中国が軍事力を用いて現状を一方的に変えようとする姿勢は、台湾への直接的な脅威であると同時に、インド太平洋地域全体の安全保障を揺るがす」と警告する。国際社会はこの状況を深刻に受け止めるべきであり、日本も引き続き中国軍の動向を注視し、その軍事演習の背後にある意図を見極める必要があると強調した。
この分析は『令和7年版防衛白書』の「専門家の視点」に掲載されており、杉浦氏の個人見解としてまとめられたものだが、中国の軍事行動を理解するうえで大いに参考になる内容となっている。
世界を、台湾から読む⇒風傳媒日本語版X:@stormmedia_jp (関連記事: 調査》日本の『防衛白書』は台湾に何を伝えているのか? 防衛省が台海戦略の要点を明らかに | 関連記事をもっと読む )