米ドル覇権は黄昏か?トランプ氏の政策にハーバード教授が警鐘

2025年5月1日、アメリカ大統領トランプがアラバマ大学の卒業式でスピーチを行った。(AP通信)

ハーバード大学のケネス・ロゴフ教授(Kenneth Rogoff)は英『エコノミスト』の依頼を受け、ドル安の要因と影響を分析した。経済学部教授であり、『国家は破綻する:金融危機の800年(This Time Is Different: Eight Centuries of Financial Folly)』、『現金の呪いーー紙幣をいつ廃止するか?』などの著書を持つロゴフ氏は、「ドルはすでに以前から弱含んでおり、“人選ミス”のトランプ氏がその進行を加速させている」と指摘し、トランプ氏への助言として「あなたの“ラスプーチン”(ロシア帝政末期の怪僧)を解雇せよ!」と語った。

ロゴフ氏によると、今回のドルの状況は過去とは異なる。トランプ氏とその「ラスプーチン」(ロシア帝政末期の怪僧)こと通商顧問ピーター・ナヴァロ氏(Peter Navarro)の愚行が世界経済を混乱させ、ドルの覇権すら危うくしているという。ロゴフ氏は「ドルが基軸通貨の座を完全に追われることはない」としつつ、「その地位は数段階低下し、人民元やユーロの挑戦を受ける。暗号資産も地下経済で同様の役割を果たす」と述べた。市場シェア減少は、ドル建て長期債の金利上昇、米国の金融制裁力低下を意味する

ロゴフ氏はまた、トランプ氏以前からドルの支配力は緩やかに低下していたと指摘。中央銀行の準備通貨保有量、貿易決済通貨、国際借入の計算単位などが指標になるが、特に各国中銀が為替の基準に何を選ぶかが重要だと説明。2015年にドルの支配力はピークに達し、その後人民元の重要性が高まったという。中国のような大国は米国と異なる景気循環を経験し、米連邦準備制度(FRB)の政策に追随する必要はなく、変化はすでに進行していた。米国の対ロ制裁や、台湾問題での対立の可能性も中国の「脱ドル化」を後押ししている。

人民元の地位上昇により周辺国の為替政策も変化。多くの国にとって中国は米国と並ぶ貿易相手であり、アジア諸国の約半分がドルブロック内にある中、こうした国々はすでに分裂を始めている。さらに欧州も米国のドル支配に不満を募らせ、欧州中央銀行(ECB)のデジタル通貨構想もドルへの対抗策とされる。しかしロゴフ氏は、ドル覇権の最大の脅威は米国内の持続不可能な債務累積だと指摘する。

長期実質金利が極端に低い状況は続かず、ドルはすでに米国債利回り上昇の圧力にさらされている。トランプ氏の混乱が続けば、金利はさらに上昇する恐れがある。加えて、トランプ氏(および民主・共和両党)がFRBの独立性に挑戦し続ければ、現時点で「ドル衰退」とは言えないが、トランプ氏が強力な引き金になる可能性は高い。トランプ氏は、米国を世界貿易体制の「最大の勝者」とする秩序を覆し、違法移民抑制、大学研究抑圧、大統領権限拡大、法の支配への信頼崩壊など、「ドル特権」を支える柱を破壊し、投資家の米国資産への信頼を損なうとしている。

かつてソ連のチェス界独占を揺るがせたベント・ラーセン(Bent Larsen)は、「幸運と実力のどちらが好きか」と問われた際、「両方とも好きだ」と答えた。米国は常に自国のシステムの優秀さを強調してきた。なぜなら、米ドルはソ連、日本、欧州、さらには中国や暗号通貨といった挑戦者を退けてきたからだ。しかし、米国はその歩みの中で幾度となく幸運な転機に恵まれてきたことを忘れがちだ。たとえば、ソ連の経済改革の失敗、1985年のプラザ合意における日本の誤算、ユーロ圏がギリシャを早期に加盟させたことなどが挙げられる。ケネス・ロゴフ氏はこう述べた。「残念ながら、今回は事情が違う。トランプ氏が混乱した貿易政策を抑え込まない限り――彼はまず“ラスプーチン”を解任するところから始めるべきだ――米国の幸運は尽きてしまうだろう。

編集:梅木奈実