最新号の『米国科学アカデミー紀要』(PNAS)に、中央研究院院士の朱敬一氏、中央研究院経済研究所所長の張俊仁氏、成功大学経済学部教授の林常青氏による最新研究論文「なぜ人工知能は民主化を妨げるのか?」(Why does AI hinder democratization?)が掲載された。三人の経済学者は実証研究を通じ、人工知能と情報通信技術の革新が過去10年間、多くの国々の民主主義発展を実際に阻害し、権威主義体制や脆弱な民主主義国家の統治者が市民社会をより操作できるようになり、民主主義が侵食される結果をもたらしたと指摘している。
この論文は、かつて「スマートフォンの普及がアラブの春を促進した」という大雑把な共通認識を覆すだけでなく、2024年ノーベル経済学賞受賞者ダロン・アセモグル(Daron Acemoglu)とジェームズ・ロビンソン(James A. Robinson)の「自由な民主主義の狭い回廊」(The Narrow Corridor)という政治哲学の創見を継承する研究でもある。両者はフランシス・フクヤマ(Francis Fukuyama)の「歴史の終焉」という見解に同意せず、すべての国がアメリカ型の政治・経済制度へ収斂するとは考えておらず、「政治体制の多様性」こそが歴史の常態だと主張している。しかし同時に、人類には「社会的に制約された国家」を構築する能力があり、それによって紛争を解決し、専制を回避し、自由を促進できると肯定。
アセモグルとロビンソンが最適解とみなす「制約された国家」は、一方ではホッブズ(Thomas Hobbes)の「万人の万人に対する戦争」を避ける「リヴァイアサン」の想像を満たし、他方ではナチス・ドイツや専制的な中国のような暴政を防ぐことができる。両学者は、西洋の憲政が提唱する権力分立と抑制均衡だけでは、権力内部の癒着や腐敗を阻止することはできないと考えている。「社会が警戒していない状況では、憲法の保証はそれを記した羊皮紙よりもわずかに優れているだけだ」と述べている。

この二人のノーベル賞受賞者は、国家が強すぎても弱すぎても(つまり社会が強すぎる場合)、自由を保証することはできないと指摘。国家と社会の力関係に大きな格差がある場合、一方が他方を完全に支配し、専制政権(国家が強すぎる場合)か無政府状態(社会が強すぎる場合)かのどちらかになる。社会と国家が相互に協力し、互いに抑制し合い、両者が強大かつ均衡している場合にのみ、自由民主主義への狭い回廊が現れる。しかし、両者は継続的に闘争しながらも、分裂や対立を避け、ゼロサムの競争に陥ることを防がなければならない。さもなければ、この狭い回廊は再び閉じてしまう。 (関連記事: アメリカ「他国を養う」ことに不満 商務長官:「なぜAIチップは台湾で製造されるのか?」 | 関連記事をもっと読む )
朱敬一、張俊仁、林常青の三氏の研究は、独裁者がビッグデータの活用において市民社会をリードしている場合、この「自由の狭い回廊」はさらに狭くなると指摘。社会と国家が相互に協力し、互いに抑制し合う状態では、両者の共同生産と相互抑制のメカニズムが効率的に機能し、専制と無政府状態の間に稀有な「包摂的民主主義均衡」(inclusive democracy equilibrium)を形成できる。しかし、権威主義国家や脆弱な民主主義国家では、統治者が握るデータの優位性が極めて不均衡であり、AIと情報通信技術は国家の力との補完性が社会の力との補完性よりもはるかに高くなっている。これにより国家が社会より強くなり、「自由民主主義の狭い回廊」はさらに狭くなってしまう。
