国民党主席の鄭麗文氏は、「非典型的な国民党主席」の名に恥じない存在感を見せている。党主席選挙では沈滞した空気を一変させ、当選後も「プーチンは独裁者ではない」「台湾はATMではない」といった発言で話題を振りまいてきた。世論調査での好感度より反感度が高いものの、民衆党主席の黄国昌氏の反感度の方がさらに高く、与党・民進党主席である頼清徳総統も信頼度を上回る不信任度を抱えている。要するに、台湾社会における政治や政党、政治家への民意は依然として疎遠、冷淡、さらには反感の域にあり、「権力など我と何の関係があるのか」という距離感が続いている。
「話題を生む存在」鄭麗文と民進党の過剰反応
こうした中で、話題を創り出せるほぼ唯一の政治家となった鄭麗文氏の存在は、退屈な政界に温度をもたらしている。民進党関係者でさえ無視できず、反応せずにはいられない。
鄭氏が当選時に「SNS担当」による「2つの期待と1つの注意」を発表した際、頼清徳総統は「格局を失ったのは台湾の悲哀だ」と批判した。これに対し、民進党の徐国勇幹事長は「彼女は今後も悲哀を感じ続けるだろう」と皮肉を返し、さらに「共産党を批判してからでなければ(民進党の)祝電を論じる資格はない」と述べた上で、「SNS担当の文章を祝電と見なさない方が不自然だ」と主張した。
徐氏の発言は、台湾政治における論理の混乱を示している。SNS担当者の投稿を「党主席からの正式な祝電」と同列に扱う発想そのものが異常である。
呉思瑶の質問が「閣僚の笑い話」に
鄭麗文氏への批判で民進党議員が次々に発言する中、特に目立ったのは元民進党幹事長の呉思瑶立法委員だ。かつては党を代表する立場にあったが、現在は個人発言と党の立場の境界が曖昧になっている。呉氏は立法院の質疑で行政院長の卓栄泰氏を追及し、在野党主席である鄭麗文氏の発言を国会の記録にまで残す結果となった。鄭氏にとってはむしろ「宣伝の機会」となった形だ。
呉氏が問題視したのは、鄭氏が『ドイチェ・ヴェレ』のインタビューで発した「プーチンは独裁者ではない」という発言である。政治評論出身の鄭氏は、気迫ある応答で記者にひるまないが、時に言葉が先走る。「プーチンは独裁者ではない」という発言は確かに誤りであった。しかし、彼女は間違いを恐れず、批判にも耐える。むしろ、どの批判を受け入れ、どれには反論すべきかを見極めている。また、プーチンが独裁者か否かは台湾に直接関係しない問題でもあり、仮に「習近平」という名前に置き換えれば、はるかに扱いが難しいテーマとなるだろう。
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卓栄泰の発言も外交リスク
鄭氏が誤った発言をしたとしても、それを国会に持ち込むこと自体が問題である。野党党首の発言が誤っても政治的影響は限定的だが、行政院長(首相に相当)が「プーチンは独裁者だ」と答弁することは外交上の問題を孕む。台湾とロシアは互いに代表処を設置しており、政府の最高責任者が他国元首を名指しすることは波紋を呼ぶ可能性がある。卓氏は「プーチンを独裁者でないと考えるなら、鄭氏自身が独裁的傾向を持っている」と批判したが、他者を独裁と断じる思考こそ独裁的であるという矛盾に気づいていないようだ。
呉氏は立法委員としての経験が長いが、台北市長選に挑戦するだけの求心力を欠く。その理由は、現職の蔣萬安市長が強すぎるからではなく、呉氏自身が弱すぎるからだ。市議として10年、立法委員として9年近い経歴を持ちながら「首都の格」を身につけられず、権力者への迎合ばかりが目立つ。行政院長への質問でも、民進党にとって都合の悪いボールを投げず、むしろ「閣僚が空振りするボール」を投げて笑いを誘う。本人は気づいていないが、与党の議員として恥ずかしい行動である。
野党党首・鄭麗文の発言と、民進党の過剰反応
民進党の呉思瑶立法委員は、国民党主席・鄭麗文氏に対し「間違った側に立たず、誤った人物を支持しないように」と忠告した。発言内容自体は間違いではないが、問題はその「場」である。鄭氏が誤った発言をしたとしても、民進党がSNS上でどれほど皮肉や批判を展開しようと自由だ。しかし、それを立法院(国会)の質疑テーマにすることは筋違いである。
立法委員は行政院を監督する立場にあり、政党立場の違いはあっても、野党党首の発言は監督の対象ではない。行政院長(首相に相当)は国家行政を統括する立場で、人事から自然災害まで幅広く対応するが、プーチンが独裁者か否かを判断・発言する権限までは持たない。外交・国防を所管するのは総統であり、仮にプーチンを独裁者と見なすかどうかを外交的に調整するのは総統府の職務である。
つまり、呉氏の質疑は「場違いな空論」であり、国会で取り上げるべきテーマではなかった。結果として、鄭麗文氏の「誤った一言」と呉思瑶氏の「的外れな質問」を比べれば、どちらがより的確かは明らかである。
鄭麗文の「非典型的」国民党スタンスと五つの旗印
鄭麗文氏はもともと学生運動と民進党出身であるが、その「非典型性」は経歴以上に顕著である。台湾民意基金会の游盈隆理事長によると、彼女の背後には「五面の赤旗」が掲げられている──
①中国人アイデンティティ(「私は中国人」)
②九二コンセンサスの支持
③反独立(反台独)
④統一志向
⑤国防予算の削減
これらのうち「反独立」や「九二コンセンサス」は、国民党の伝統的立場である。「中国人か否か」という問いには曖昧さが残るものの、大多数の国民党関係者は「私は中国人ではない」とは口にしない。統一に関しても、「どのような条件・過程での統一か」が焦点となる。
「台湾はATMではない」──鄭麗文発言の背景
鄭氏が発した「台湾はATMではない」という言葉は、単なる挑発ではなく、台湾の防衛政策の現実を突いた発言とも言える。トランプ政権以降、米国は台湾への新規軍事支援や軍事援助案を承認していない。これまで台湾が支払い済みの兵器契約の多くも、納入が数百億から二百億台湾ドル規模で遅延している。
最新鋭のF-35はもちろん、改良型のF-16Vでさえ一機も引き渡されていない。仮に台湾がGDPの10%を防衛費に計上したとしても、米国がF-35を台湾に売却する保証はなく、韓国のように原子力潜水艦を自主建造する許可が下りる見込みもない。
そのような現実の中で、防衛予算をどこに使うのか。地雷の敷設か、「台湾シールド」への投資か。政府は明確に説明する責任がある。「国防は議論してはならない」という風潮こそ、民主政治の否定である。
議題設定力を失った民進党
呉思瑶氏は、在野党主席が外国メディアで発したコメント(たとえ誤りであっても)を国会質問に持ち込むことで、結果的に鄭麗文氏に「主導権」を与えてしまった。民進党は与党でありながら、すでに政治議題を主導する意欲を失っているように見える。党主席である頼清徳総統はSNS運営スタッフの発信に埋もれ、国民統合を掲げた「朝野対話」の旗も形骸化している。