9月に開催されたSEMICON国際フォーラムでは、改めてサプライチェーンの安全性に視線が集まった。同時に、米国が進める半導体分野の「232国家安全保障調査」はいまだ結論が出ず、市場には大きな不確実性が漂う。TSMCと台湾サプライチェーン各社の米国進出をめぐり、「護国神山(国を守る山)」であるTSMCが台湾を空洞化させてしまうのか、それとも台湾が世界市場へ踏み出す“次のステージ”なのか、国内では議論が続いている。
この「空洞化」か「好機」かを分ける本質は、地政学的な大勝負にある。米中テクノロジー戦争が加速するなか、米国は再び保護主義へ回帰し、高関税と補助金を軸に自国生産の再構築を急ぐ――その狙いはサプライチェーンの再編と強靱化だ。世界の半導体を牽引してきた台湾は、同盟国の戦略的要請と自国の利益の間で、これまで以上に重い選択を迫られている。これは技術競争を超えた、国家戦略と産業構造の真っ向勝負でもある。
『風傳媒』 は、行政院前副院長の施俊吉氏、米シンクタンク RAND の台湾政策イニシアティブ・ディレクター 郭泓均(Raymond Kuo) 氏、そして聚芯キャピタルのパートナー陳慧明(Eric Chen)氏にインタビューを行い、政策・産業・人材・文化の視点から、米中テクノロジー戦争下の台湾が直面する選択肢を深掘りした。
世界の半導体をリードする台湾は、同盟国の戦略的ニーズと自国の利益の間で、難しい選択を迫られている。写真はTSMCの工場外観。(写真/顏麟宇撮影)
高関税の副作用と同盟国の「信頼性危機」 米国は高関税と補助金で製造業とサプライチェーンの再編を促そうとしているが、郭泓均氏は「その代償は極めて大きく、得られる効果は限定的だ」と指摘する。
「現在の関税範囲は非常に広く、税率は過去の10倍。平均1.5%だったものが15%以上に跳ね上がり、これは大恐慌以来見られない規模だ」。その実態は“米国民への増税”に近く、最終的には消費者に負担が転嫁されるだけで、サプライチェーン強化にはあまり寄与しないと語った。
さらに、米国の投資がAIデータセンターなど一部産業に偏り、免除措置も頻発しているため、政策としての一貫性を欠いている点も問題視した。
より深刻なのは「信頼性の揺らぎ」だと郭氏は続ける。 「同じ政府が締結した協定を、次の政権が『悪い協定だ』と言い出すなら、同盟国は米国の長期的なコミットメントをどう信じればいいのか」。 米国が短期的な利得を優先し始めれば、各国は“代替案”を探さざるを得なくなるという。
一方、国内で注目される「232国家安全保障調査」について、施俊吉氏は“本当のリスクは関税そのものではなく『差別的取り扱い』にある”と指摘した。
さらに施氏は、これはかつての日米半導体摩擦とは異質だと強調する。当時の米国は日本を“競合相手”として扱ったが、現在台湾は米国のテクノロジー戦争における重要な同盟国である。「情勢の認識を誤れば、同盟国に対する過度な強圧は、長期的な戦略信頼を揺るがしかねない」と警鐘を鳴らした。
郭氏もまた、米国の経済・安全保障上の影響力が低下しつつあると分析する。「各国は米国への全面的依存が危険だと気づき、他の選択肢を模索している。国内で縮小を求める声に押され、米国は自国の対外政策がもたらす代償を十分に考慮していない」という。
その結果、米国が高関税を維持しても、同盟国は完全には中国との経済関係を断ち切らず、一定の相互依存を残すだろうと語った。
米シンクタンクRANDの台湾政策イニシアチブ・ディレクターを務める郭泓均(Raymond Kuo)氏。(写真/郭泓均氏のXより)
護国神山の分身術と「空洞化」の真相 こうした背景のなか、TSMCが米国で相次いで工場建設を進めている事実は、単なる企業戦略ではなく、国家戦略そのものの縮図として受け止められている。
聚芯キャピタルの陳慧明氏は、米国がAIチップを戦略資産と位置づけるようになった以上、TSMCに米国内での製造能力を持たせようとする動きは必然だと語る。「米国はTSMCの戦略的価値を深く理解している。TSMCは中国の弱点であると同時に、米国にとっても弱点になり得る」。そのうえで彼は、ホワイトハウス関係者が語ったという「我々は台湾から80マイルしか離れていないが、中国から見れば8000マイルも離れている」という言葉を引用し、距離が示すリスクこそ、米国がTSMCに圧力をかける最大の理由だと説明した。
香港の聚芯キャピタル管理パートナーである陳慧明氏は、『風傳媒』のインタビューで、TSMCが米国進出を迫られている核心的な理由を分析した。(写真/柯承惠撮影) さらに陳氏は、「AIチップには代替がない」と強調する。「GPU、ASIC、あらゆるICにしても、世界はTSMCに頼る以外に方法がない。今のところ“第二選択”は存在しない」。TSMCは台湾GDPの15%以上を占め、利益貢献度はそれ以上であることが、米国が生産能力の一部を取り込みたいと望む根拠だという。
一方で陳氏は、効率という観点で見れば、米国進出は「遅ければ遅いほど台湾に有利」と語る。
新竹と台南は半日で会議もできるほど高度に統合された「一日生活圏」であり、研究開発から製造、人材移動まで一気通貫で回る。しかし、日本の九州と北海道のように地理的に離れた拠点を運用すれば、リソース分散による効率低下が避けられない。「ファウンドリーの観点では、リソース集中こそ最も効率の良い戦略だ」。 そのうえで陳氏は、米国工場は現状“次世代のN+1”の位置づけにあり、将来的には台湾と同時並行で「同時N」に近づく可能性もあると見ている。
陳慧明氏は、AIチップにはもはや実質的な代替手段がないとみている。「世界がAIを発展させるには、GPUでもASICでもICでも、TSMCに頼るしかない」と指摘する。(写真/柯承惠撮影) “空洞化”の懸念については、郭泓均氏と陳慧明氏は共通して「リスクはあるが、まだ形成されていない」と語る。
陳氏は、現在の米国の半導体生産能力は全体の5%未満で、「空洞化の実害はまだ小さい」と話す。「むしろ今心配すべきは、計画のスピードが速すぎること」。 しかし、米国の生産能力が将来15〜20%を超える段階に入れば、台湾への影響は明確になり、米国の追い上げを過小評価すべきではないと警告した。
サプライチェーンの“追随度合い”も空洞化リスクを測る重要指標となる。陳氏は、多くの台湾企業が「部分的追随」を選んでおり、全面移転の動きはないと分析する。TSMC以外の台湾産業は近年伸び悩み、成熟プロセスは中国の低価格攻勢を受けている。
米国にまず移るのは、「高付加価値と将来性があり、規模の大きい企業」だという。 たとえば、日月光によるパッケージ・テスト、広達(クアンタ)によるAIサーバーといった高利益率分野は移転しやすい。しかし、PCやノートPCなど低利益率製品は移転しない。「利益率が低く、現地の保護政策や工場再建コストが重い環境では、誰も行きたがらない。しかもトランプ政権下の政策は変動が大きく、企業は身動きが取りづらい」。
台湾はチップ以外の盾も持っている 米国の圧力が強まる一方で、台湾は一方的に受け身ではない。施俊吉氏は、台湾の本当の交渉カードはチップだけでなく「AIサーバー」でもあると強調する。
多くの人がTSMCのチップシェアばかり注目するが、サーバー組立と輸出は見逃されがちだ。鴻海や広達は米国のAI・クラウド企業にとって欠かせない存在であり、米国が求めているのはチップ単体ではなく「フルセットのAIサーバー」だ。
施氏はこれを「台湾の実力だ」と語る。巨大な計算需要を支えるAIサーバーは“価格弾力性がゼロ”であり、関税をかけても代替がなく、最終的には米国の消費者がコストを負担せざるを得ない。短期間での代替は不可能だからだ。
行政院前副院長の施俊吉氏は『風傳媒』のインタビューで、「台湾は最近、南アフリカ向けのチップ輸出規制を自主的に実施した。これは台湾が主体的に制裁措置を発動した初めてのケースだ」と語った。(写真/陳品佑撮影) また施氏は、 台湾が最近南アフリカ向けの半導体輸出を自主的に規制した点にも触れる。これは台湾が自ら制裁措置を打ち出した初めてのケースであり、「台湾は経済的レバレッジを政治ツールとして使える主体であって、ただ受動的に制裁されるだけの存在ではない」という政治シグナルを国際社会に送った出来事だと位置づけている。
ただ、こうしたハードパワーだけでは足りない。台湾には内部のアップグレードが必要だと郭泓均氏は見る。 彼が挙げる改革の柱は「移民・投資環境・産業構造」の三つだ。まず移民について、台湾は韓国と同様に少子化のプレッシャーに直面しており、労働力を補い、社会に活力を注入するためには移民の受け入れが欠かせないと指摘する。「アジアの中では悪くない水準だが、まだ改善の余地は大きい」という評価だ。
投資環境については、地方レベルの制限やローカルコンテンツ規定が多すぎるとみており、ここを緩めれば外資を呼び込みやすくなると見る。あわせて、米国側にも現実的なハードルがある。たとえばアリゾナ州は気候が厳しいうえ、教育制度の評価も高くなく、若手エンジニアを引きつけにくい。「TSMCが高給やグリーンカードを提示しても、大量の優秀な技術者を一気に引き抜けるとは限らないし、米国の移民制度そのものが不確実要因になっている」と話す。
そして最も根本にあるのは「文化」だと郭氏は言い切る。台湾社会には失敗に対するスティグマが根強く、スタートアップや新規事業がリスクを取りづらい。「シリコンバレーの精神は、失敗を受け入れ、再挑戦を許容すること。台湾も『間違える勇気』を持てないと、イノベーションは育たない」と強調する。
そのために、政府は「二次創業ファンド」や「高リスク型ベンチャーキャピタル」を整備し、挑戦した起業家がもう一度立ち上がれる場を用意すべきだと提案する。また、英語環境の底上げも必須だとし、「英語職場」を整えることで、海外人材とローカル人材が自然に混ざり合い、協業できる土壌をつくる必要があると主張する。
最後に郭氏は、台湾が築くべき盾は「シリコン盾」だけでなく、文化と制度の盾でもあると強調した。