台湾、見えない「サイバー戦争」の最前線に 9割が破壊目的、1530億回の攻撃が示す異常事態

2025-12-20 08:10
台湾電力(台電)は電力設備への侵入を防ぐため、IDS(侵入検知システム)導入の予算確保を迫られている。(写真/柯承惠撮影)
台湾電力(台電)は電力設備への侵入を防ぐため、IDS(侵入検知システム)導入の予算確保を迫られている。(写真/柯承惠撮影)

もし世界のサイバーセキュリティを「煙の見えない戦争」と呼ぶなら、台湾はいま、その砲火が最も集中する前線に立たされている。最新の統計によると、台湾はわずか直近約3四半期の間に1530億回ものサイバー攻撃を受け、その約9割が破壊を目的としたものだった。これは単なる地政学リスクの反映にとどまらず、サイバー犯罪が高度に「産業化」している現実を映し出す数字でもある。

本稿は『2026年・世界サイバーセキュリティ危機』シリーズの第1弾として、「台湾という戦場」から、この秒単位で進行する見えない戦争の実像を追う。ハッカーはいかにして犯罪を高収益ビジネスへ変えたのか。AIエージェントは攻撃をどう自動化しているのか。そして、身近なプリンターやX線装置が、なぜ静かな侵入口になり得るのか。に向き合う第一歩は、「見える化」にある。

「アジア太平洋地域は確かに『騒がしい』。しかし台湾は、明らかに別格だ」。米フォーティネットの2026年サイバー脅威予測説明会で、グローバル脅威インテリジェンス担当副社長のデレク・マンキー氏は、赤点が密集したヒートマップを示しながら、そう語った。

異常な数字が示す攻撃の変質 狙いは「金」ではなく「破壊」

フォーティネット傘下のFortiGuard Labsによるテレメトリーデータでは、2025年の最初の3四半期だけで、アジア太平洋地域全体で検知された悪意ある通信は約5800億回に達した。そのうち1530億回が台湾を標的としたもので、地域全体の4分の1以上を一国で受け止めている計算になる。

だが、専門家が本当に警戒しているのは「量」よりも「意図」だ。

Fortinet グローバル脅威情報副社長デレク・マンキ。(YouTubeより)
Fortinetのデレク・マンキー氏は「世界のサイバーセキュリティが見えない戦争だとすれば、台湾は最前線にある」と述べた。(写真/YouTubeより)

サイバー攻撃の分析には、攻撃者の戦術を分類するMITRE ATT&CKフレームワークが用いられる。通常、金銭目的の侵入では、偵察から横展開、窃取まで戦術は比較的分散する。しかし、台湾のデータは極端に偏っていた。

「台湾では、攻撃者の行動の約90%が『Impact(影響・破壊)』段階に集中している」。マンキー氏はそう指摘する。

Impactとは、サービス停止、運用の妨害、データの破壊や暗号化、重要システムの機能停止などを指す。他地域ではこの比率は40〜50%程度にとどまるのが一般的だ。それが台湾では9割に達している。つまり、狙いは情報窃取や身代金ではなく、意図的な機能不全と社会的混乱にある可能性が高い。

マンキー氏は「これは極めて戦略的なアプローチだ」と述べ、攻撃者が長時間の偵察を重ねたうえで、製造業、半導体、ハードウェア供給網、そして社会を支える重要インフラを明確に標的化していると分析する。

重要インフラを直撃する脅威 ITとOTの境界が消えた現場

破壊的な攻撃が水、電力、エネルギー、交通といった重要インフラに向けられると、防衛の最前線に立つのはOT(運用技術)の領域だ。

「国家レベルの攻撃者やランサムウェア集団は、いまや重要システムへと重心を移している」。台湾の資安企業・安碁資訊 (Acer Cyber Security Inc.) のシニアマネージャー、呉榮昌氏は、こう警鐘を鳴らす。背景にあるのは、IT(情報技術)とOTの急速な融合だ。かつて発電所や水処理施設の制御系は、外部と切り離された「孤島」だった。しかし、データ分析、遠隔保守、AI活用が進むにつれ、ITとOTは深く接続されるようになった。「その結果、隔離されていると思われていたOT環境の『露出面』は、むしろ拡大している」。呉氏はそう指摘する。

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