トップ ニュース 80年続いた平和は終わるのか 欧州指導者が国民に異例の警告「ロシアとの衝突はすぐそこまで来ている」
80年続いた平和は終わるのか 欧州指導者が国民に異例の警告「ロシアとの衝突はすぐそこまで来ている」 2025年12月17日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領(左)と、ロシア軍参謀総長のワレリー・ゲラシモフ氏が、モスクワで開かれた国防省の年次理事会に出席した。(写真/AP通信)
約1世代にわたる平和な時代を経て、欧州の安全保障環境が大きく転換しつつある。各国の政府・軍・情報当局のトップからは近ごろ、ロシアとの軍事的衝突に備える必要性を強調する発言が相次いでいる。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナル は15日、欧州ではほぼ隔週のように、政府高官や軍幹部、安全保障当局者が国民に向けて「戦争の可能性」を警告する演説を行っていると報じた。第二次世界大戦後、平和と経済的繁栄を軸に再建されてきた欧州にとって、これは極めて大きな心理的転換といえる。
こうした中、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相は 先週末 、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるウクライナ侵攻戦略を、1938年のナチス・ドイツになぞらえた。当時、アドルフ・ヒトラーはチェコスロバキアのドイツ語圏「ズデーテン地方」を併合し、その後も侵略を拡大していった。 メルツ氏は党内会合で、「ウクライナが崩れれば、彼(プーチン氏)はそこで止まらない。1938年のズデーテン地方がヒトラーを満足させなかったのと同じだ」と述べ、事態の深刻さを訴えた。
2025年12月11日、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相(左)とNATOのマルク・ルッテ事務総長が、ベルリンの首相府で会談した。(AP通信)
北大西洋条約機構(NATO)のマルク・ルッテ事務総長も11日の演説で、「衝突はすでに我々の家の門口まで来ている」と警告した。そのうえで、「祖父母、さらには曾祖父母の世代が経験した規模の戦争に備える必要がある」と述べ、ロシアが今後5年以内にNATOに対し軍事力を行使する能力を持つ可能性があるとの見方を示した。
また、フランス軍の最高司令官も先月27日 、「フランスは危険な状況にある」と明言し、「我々はまだ、自らの子どもが戦場で命を落とす現実を受け止める心理的準備ができていない」と語った。
緊張感をさらに高めているのが、ドナルド・トランプ氏が率いる米国政権の動きだ。政権はウクライナ戦争の終結に向けた仲介を模索しているが、欧州各国では、ウクライナにとって極めて不利な和平案を受け入れさせるのではないかとの懸念が広がっている。
仮に停戦が実現すれば、ロシア軍の人的・物的資源が解放され、欧州の別地域、とりわけ東側への再展開が可能になるとの見方もある。これは将来的な新たな軍事行動への「準備期間」を与える結果になりかねない。
2025年12月2日、ウクライナのゼレンスキー大統領が、アイルランド・ダブリンでの共同記者会見で発言した。(AP通信)
もう一つの不安要素は、米国の関与そのものだ。今月初めに 公表 された米国の「国家安全保障戦略(NSS)」では、欧州での戦争拡大を防ぐと同時に、「ロシアとの戦略的安定の再構築」が掲げられた。近年の同文書で、ロシアを明確な敵国として位置付けなかったのは初めてとされる。 この点について欧州では、孤立主義傾向を強める米国が、有事の際にどこまで欧州防衛に関与するのか、不透明感が増している。
一方、大西洋の東側では危機認識がより鮮明だ。英情報機関、秘密情報部(MI6)のブレーズ・メトレウェリ長官は15日に公表した年次脅威評価で、「ロシアはプーチン氏が計算を改めざるを得なくなるまで、欧州の安定を揺さぶり続ける」と警告した。
同日、英軍トップにあたるリチャード・ナイトン国防参謀氏も、「現在の状況は、私の軍歴の中で最も危険だ」と述べ、国民に覚悟を促した。「より多くの家庭が、国家のために犠牲を払うとはどういうことかを、現実として知ることになる」と語っている。
2025年12月15日、英秘密情報部(MI6)の新長官、ブレーズ・メトレウェリ氏がロンドンで初の公開演説を行った。(AP通信)
欧州にとって、こうした対外メッセージは冷徹な方向転換を象徴している。欧州連合(EU)はもともと、米国の支援のもと、20世紀に大陸全体を破壊したような全面戦争の再発を防ぐ目的で発足した枠組みだ。冷戦終結後、各国は軍事支出を削減し、その分を社会保障や公共サービスに振り向け、いわゆる「平和の配当」を享受してきた。 しかし今、欧州の政治指導者たちは、国民に再び「戦争を想定した思考」を求めると同時に、今後避けられない厳しい予算配分の説明という難題に直面している。
米ギャラップ(Gallup)が昨年実施した世論調査によると、「自国のために戦う意思がある」と答えた欧州人は約3分の1にとどまった。米国では41%にのぼり、両者には明確な差がある。欧州当局者の間では、有権者が必要な犠牲、すなわち国防費の増額や徴兵制復活といった措置を受け入れるのは、「戦争が現実に起こり得る」と本気で信じた場合に限られる、との見方が共有されている。
オランダ海軍大将で、北大西洋条約機構(NATO)軍事委員会の前議長を務めたロブ・バウアー氏は、欧州が本気で平和を維持したいのであれば、「備戦による抑止」が不可欠だと指摘する。とりわけ、ロシアの軍需産業は、現在生産している兵器の量がウクライナ戦争の消耗分をすでに上回っており、戦力再建のスピードが想定より早い可能性がある点に警鐘を鳴らした。
欧州の安全保障当局は、ロシアがすでに軍事衝突未満の手段を用いる「グレーゾーン攻撃」を欧州に対して展開しているとみている。狙いは経済活動を妨害し、社会的混乱を引き起こすことにある。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、ロシアは欧州各地の重要インフラや軍事施設を標的とした破壊行為に関与した疑いが持たれている。企業へのサイバー攻撃のほか、倉庫や商業施設への放火、さらには無人機による領空侵犯も報告されている。実際、ロシアの無人機がポーランド領空に侵入したほか、戦闘機がエストニア上空を高速で飛行した事例も確認された。
8月、ロシア軍機がエストニア領空を威嚇飛行したとされ、同国に展開するイタリア空軍のF-35が緊急発進して対応した。(写真/NATO)
先週、ドイツ政府は、2024年に同国の航空管制システムが受けたサイバー攻撃について、ロシアが背後にいると非難した。加えて、偽情報を拡散し、ドイツの選挙に影響を及ぼそうとした疑いも指摘している。ここ数か月、欧州各地の空港では、ロシア軍の無人機出没が疑われる事案により、航空便が一時的に妨害されるケースが相次いだ。ドイツ当局は、モスクワによる一連の破壊活動やスパイ 行為について、将来的にポーランドやバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)で起こり得る武装衝突を見据え、NATOの後方支援ネットワーク を混乱させ、東欧への部隊展開を遅らせる狙いがあるとの見方を示している。
フランス軍が通常戦力の訓練を実施している。(写真/フランス国防省)
こうした情勢を受け、欧州各国は具体的な対応に踏み出し始めた。フランスは若者を対象とした志願制の制度を復活させ、ドイツ、ベルギー、オランダも同様の動きを見せている。ドイツでは、ロシアによる攻撃を想定したシミュレーションを強化し、有事の際に部隊を迅速に前線へ展開する体制づくりを進めている。 英国も、欧州域外での軍事訓練を縮小し、ロシアへの対応に重点を戻した。
欧州全体の軍事支出も急速に膨らんでいる。NATOの欧州加盟国は今年、2035年までに通常の国防費を国内総生産(GDP)比3.5%へ引き上げることで合意した。現在の目標である2%を大きく上回る水準だ。さらに、インフラ強化など安全保障関連分野に追加で1.5%を投じ、ロシアの「ハイブリッド攻撃」への対抗力を高める方針とされる。ドイツは今後10年間で、軍事および基盤整備に1兆ドル(約155兆円)超を投資し、欧州最大規模の通常戦力を構築する目標を掲げている。
もっとも、西欧の主要経済国では、備戦に伴う負担が一般市民の生活に本格的に及んでいるとは言い難い。例えば英国では、国防費増額の一部を、開発途上国向けの対外援助削減で賄っている。それでも複数の軍高官は、「ロシアのさらなる侵略を本気で抑止するには、現在の水準でも十分とは言えない」と公に指摘しており、欧州の軍事支出は今後さらに増える可能性がある。
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