2025年11月29日早朝、ドナルド・トランプ米大統領は自身のSNS「Truth Social」に、大文字のみで書かれた強硬なメッセージを投稿し、カリブ海地域の緊張を一気に高めた。
トランプ氏は「すべての航空会社、パイロット、麻薬密売人、人身売買業者に告ぐ。ベネズエラ上空および周辺の空域は全面的に閉鎖されたものと見なせ」と呼びかけた。
この投稿が行われたのは、感謝祭の連休中の週末で、米国防総省の高官らがカリブ海の同盟国を頻繁に行き来していた最中だった。
『ワシントン・ポスト』紙は、国際法上、米大統領には他国の主権空域を「直接閉鎖」する権限はないものの、これはホワイトハウスからの警告であり、実務上はしばしば米軍の攻撃開始を示す前兆として受け止められると指摘する。2011年にオバマ政権がリビア空爆を開始する直前の動きと重なるためだ。
今回の発信は、マドゥロ政権への最後通牒であるだけでなく、地政学的な駆け引きを一気に危険域へ押し上げる賭けでもある。
SNS上での外交が生む戦争の影 海上包囲から地上攻勢へと向かうのか
トランプ氏がSNSでマドゥロ政権を威嚇した一件は、単発の出来事ではない。これは、同氏の二期目における対ラテンアメリカ強硬路線が一気に噴き出した象徴でもある。ここ数週間、ワシントンとカラカスの応酬は口先の衝突から、実際の軍事的なにらみ合いへと段階を上げていた。
米南方軍はこの地域に、過去数十年で最大規模となる兵力を展開。1万5,000人規模の米軍に加え、フォード級空母「ジェラルド・R・フォード(USS Gerald R. Ford)」を中心とする十数隻の艦艇が、すでにプエルトリコやカリブ海に待機している。
トランプ氏の投稿の数日前には、米連邦航空局(FAA)がパイロットに対し、ベネズエラ空域で「最大限の警戒」を呼びかける通告を出した。理由は「治安情勢の悪化と軍事活動の増加」だ。さらに象徴的だったのは、トランプ政権が今週、いわゆる「太陽のカルテル(Cartel de los Soles)」をテロ組織に指定したことだ。米側は長年、この組織がマドゥロ氏と軍上層部に掌握され、ベネズエラを麻薬流通の拠点にしていると主張してきた。
専門家は、この組織が伝統的な意味での厳密なカルテルとは言い難いと指摘する一方、今回の法的指定が、国防総省に武力行使の法的根拠を与えるのは間違いないとみる。単なる麻薬取締りから「対テロ戦」へ位置づけを引き上げることが可能になるためだ。
トランプ氏は感謝祭メッセージでも率直だった。「もし簡単な方法で人々を救えるならそれでいい。だが、力を使わねばならないなら、それも構わない」と述べ、軍事行動の可能性をにおわせた。さらに、これまで海上封鎖が中心だった作戦が拡大することにも触れ、「陸上の作戦は取り組みやすい。まもなく始めることになるだろう」と語った。
マドゥロ氏の反撃 尊厳と航空路線遮断の二重戦略
北側から迫る「雷鳴」のような圧力に対し、ベネズエラの強権指導者マドゥロ氏は典型的なナショナリズムで応じた。政府はインスタグラムに声明を投稿し、トランプ氏の指示を「ベネズエラ国民に対する、またもや贅沢で違法かつ不当な侵略だ」と非難。「ベネズエラは、いかなる外国勢力の命令や脅しも受け入れない」と強調した。
トランプ氏の「領空封鎖」発言に対抗するかのように、マドゥロ政権は米国との間で週1回行ってきた不法移民の送還便を一方的に停止すると発表した。皮肉なことに、トランプ政権が不法移民を急いで送り返そうとする一方、その軍事的威嚇によって送還ルートが自ら断たれる形となった。
さらに強硬な報復措置も続いた。政権の「ナンバー2」とされるカベジョ内相(Diosdado Cabello)はテレビ演説で、国際航空会社に最後通牒を突きつけた。「これは主権の問題だ。48時間以内に運航を再開しないのなら、二度と飛ばなくていい。あなたたちが飛行機を守るなら、我々は尊厳を守る」。
その後、ベネズエラ当局はスペインのイベリア航空(Iberia)、ポルトガル航空(TAP)、アビアンカ航空(Avianca)、ターキッシュエアラインズ(Turkish Airlines)など主要6社の運航許可を実際に取り消した。経済制裁によってすでに世界から隔絶されつつあるベネズエラ国民にとって、外の世界へつながるわずかな「へその緒」がさらに断たれる結果となった。
カリブ海の大きな盤面 ドミニカ共和国が前哨基地に?
今回の駆け引きで、米国は孤立しているわけではない。国防長官のピート・ヘグセス氏(Pete Hegseth)や、米軍制服組トップであるダン・ケイン統合参謀本部議長(Gen. Dan Caine)が、ここ最近カリブ海の同盟国を相次いで訪問している。
ヘグセス氏はドミニカ共和国訪問中に戦略的な前進を勝ち取った。同国は、米軍による「一時的な」利用を認め、サントドミンゴの主要空港であるラス・アメリカス国際空港(Las Américas International Airport)とサン・イシドロ空軍基地(San Isidro Air Base)を、米軍機の給油や人員・物資輸送に開放することに同意したのだ。これは、米軍の航空攻撃能力がベネズエラの「玄関口」まで前進したことを意味する。
一方、ケイン氏はプエルトリコに展開した米軍増援部隊を視察した後、ノースカロライナ州のフォート・ブラッグ(Fort Bragg)米軍特殊作戦司令部(USSOCOM)の拠点を訪れた。これらの軍事的な動きに加え、米軍が9月以降、海上で数十人の「麻薬密輸容疑者」を射殺した事案(米側は死亡者が太陽のカルテル構成員であるという証拠を公表していない)も発生している。
こうした一連の状況を総合すると、大規模な軍事行動がすでに「引き金に指をかけた」状態になっていることは明らかだ。
カラカスの魔法的現実主義 スーパーマーケットのパニックと「ゴドーを待ちながら」
米軍の攻勢が今にも始まりそうな空気のなか、一般のベネズエラ市民の生活は「二つの平行世界」に割れている。ワシントン・ポスト紙はこう描写する。一つの世界では、米軍戦闘機が沿岸の外側で戦略爆撃機を護衛し、国営テレビは兵士が空へ向けて発砲する愛国的映像を繰り返し流す。東カラカスのスーパーマーケットには缶詰を買いだめし、棚を空にする人々が押し寄せ、まるで終末が迫っているかのようだ。だが、もう一つの世界では、翌日のカラカスの街が奇妙な静けさを取り戻し、地下鉄は通常運行し、露店商はいつものように商売を続け、人々は不確かな恐怖のなかで日常を維持することを余儀なくされている。
「月曜日は誰も外に出ていませんでした」と、身の危険を感じて匿名を希望した女性住民はワシントン・ポスト紙に語った。「ところが水曜日には、ここは再び「普通の国」に戻ったんです。政府は人々の感情を操るのが本当にうまくて、支配を揺るがす恐れのある脅威なら何でも過小評価してみせます」。
この「オオカミ少年」的な疲労感は街全体に漂っている。長年続くハイパーインフレ、水道・電力の慢性的不足、そして強権的な政治に、国民の感情はすでに消耗し切っている。カラカスのある料理人は苦笑しながら言った。「アメリカが何か言うたびに、『今度こそマドゥロが退陣するかもしれない』と期待する。でも結局、何も起きない。もう何度も経験してきた。結局は、何も起きないんですよ」。
政治学者コレット・カプリレス氏はこの状況を次のように表現する。「これは終わりの見えない連続ドラマのようなもの。盛り上がりの回があり、落ち込む回があり、そして決して訪れない『最終回』がある」。だが、空港に足止めされた旅行者たちにとって、これはドラマではなく、現実の絶望だ。「子どもが泣いているんです。妹にはもう一年会えていません」。先の女性住民は、キャンセルされた便の通知を見つめながらそう語った。
空中禁制区域の虚実
トランプ氏の「SNSによる渡航禁止令」は、軍事面と法的側面の双方で激しい議論を呼んでいる。元米軍関係者やベネズエラ軍の元幹部らは、仮に米軍が本格的な攻撃に踏み切る場合、標的はベネズエラ軍基地、マドゥロ氏の側近グループ、あるいはコカイン精製施設や空港滑走路などに絞られる可能性が高いと指摘する。しかし、現実に「飛行禁止空域(No-Fly Zone)」を構築するとなれば、膨大な軍事資源と持続的な航空パトロールが不可欠であり、SNSへの投稿とは比べものにならないほど複雑な作戦になる。
2011年のリビア情勢を振り返ると、当時米国は国連安全保障理事会の決議を得たうえで空爆を実施した。だが今回、トランプ氏は国際的な多国間プロセスを迂回し、「対テロ」や「麻薬取締り」を名目に独自行動へ踏み出そうとしており、国際法上の大きな論争を避けられない。さらに注目すべきは、トランプ氏が行動を「麻薬の米国流入」と結びつけているにもかかわらず、複数の現職・元米政府関係者が私下で語るところによれば、ベネズエラ発の麻薬の大半は欧州やカリブ地域に流れており、米国国境に直接入る量は限定的だという点だ。こうした状況から、この潜在的な軍事行動の動機は、麻薬取締りの皮を被った地政学的な“清算”に近いとの見方が強まっている。
夜の帳がカラカスに下りても、街の灯りは消えない。米軍の偵察機は依然として国際空域を周回し、マドゥロ政権の軍隊は国境に集結を続ける。数百万人のベネズエラ市民は、真偽が入り混じるSNSの情報の中から、明日がどんな日になるのかを必死に読み解こうとしている。
トランプ氏の「大規模封鎖」が、交渉のテーブルで圧力を最大化するためのブラフなのか、それともトマホーク巡航ミサイルが発射される前の最後の警告なのか。ミーム政治と現実の軍事力が入り交じる2025年末、その答えは次の投稿に記されるのかもしれない。