英国BBCは今週、精子提供をめぐる衝撃的な事例を報じた。ある精子提供者に遺伝子変異が確認され、その精子によって生まれた子どもたちが、将来的にがんを発症するリスクを大きく高める可能性があるという。
さらに問題を深刻にしたのは、その後の調査で、この提供者の精子がすでに14か国に流通し、少なくとも197人の子どもが誕生していたことが判明した点だ。なぜ一人の提供者の精子が、これほど多くの国に渡り、これほど多くの家庭で使われていたのか。ここに、国境を越えた生殖医療を巡る監督体制の大きな空白が浮かび上がった。
精子提供は、不妊に悩むカップルや同性カップル、単身で子どもを望む人々のニーズを支え、いまや急成長する国際産業となっている。市場予測では、2033年にはヨーロッパ市場だけで20億ポンド(約3,700億円)規模に達するとされる。
Lots of people will discover their sperm donor fathers someday on AncestryDotCom, and find their hundreds of half-siblings … “Why are sperm donors having hundreds of children?” — BBChttps://t.co/HwKLH2v0d4
— Dr. Carl Hindy (@DrCarlHindy)December 13, 2025
しかし、精子提供は「誰でも簡単になれる」ものではない。実際には、応募した多くの男性が、自身の精子の質が基準に達していないことを知り、落胆するという。業界統計では、最終的に基準を満たすのは志願者の5%未満にとどまる。
合格精子に求められる厳格な条件
量(Sperm Count):十分な精子数があるか
運動能力(Motility):精子が正常に泳げるか
形態(Morphology):精子の形状が正常か
冷凍生存:冷凍・長期保存に耐えられるか
遺伝子スクリーニング:嚢胞性線維症や脊髄性筋萎縮症など、重篤な遺伝病の原因となる変異を持つ提供者は除外される

この厳しさゆえに、合格者は極めて希少だ。進歩教育信託(Progress Educational Trust)の責任者サラ・ノークロス氏は、現在の市場では精子が「貴重な資源」となり、精子バンクが既存の提供者を最大限活用せざるを得ない状況にあると指摘する。
「デンマーク精子」が世界で人気?
現在の国際精子市場で、特に存在感を放っているのがデンマークだ。デンマークは世界有数の精子輸出国となり、「ヴァイキングベビー」という呼び名でも知られている。
大手精子バンク「クリオス・インターナショナル」の創業者、オーレ・ショウ氏は、その理由を「開放的な社会文化」と「利他的な国民性」に求める。精子提供者の多くが献血経験者でもあり、社会貢献への意識が高いという。また、金髪・碧眼といった外見的特徴を好む層が多いことも、デンマーク精子の人気を後押ししている。

デンマーク人に多い「金髪・碧眼」の遺伝子は、多くが劣性形質にあたる。つまり、これらの特徴は父母の双方から遺伝しなければ子どもに現れない。そのため、受け入れ側となる母親の優性形質(たとえば暗い髪色)が子どもに表れやすく、結果として受贈家庭にとって受け入れやすい選択肢になっている、という側面もある。
今回の「がんリスクを伴う遺伝子」事例で、最も深刻な問題として浮かび上がったのが、精子が国境を越えて流通することに対する規制の不在だ。



















































