マドゥロ拘束後のベネズエラ、トランプ政権が選んだ「理念より石油」の冷徹な実利主義
トランプ政権によるマドゥロ拘束は民主主義の回復ではなく、石油利権と治安維持を目的とした実利的な政権すげ替えであり、国民の拒絶反応が強い旧体制幹部との野合による統治が模索されている。(写真:日本記者クラブ)
日本記者クラブ(JNPC)で2026年1月27日、アジア経済研究所主任研究員でベネズエラ研究の第一人者である坂口安紀氏が登壇し、1月3日に米軍によって実行されたニコラス・マドゥロ大統領(当時)の拘束劇と、その後の混乱する情勢について詳細な分析を行った。坂口氏は、マドゥロ政権下での壊滅的な経済破綻と人権侵害の実態を振り返りつつ、2024年大統領選で反体制派が科学的に証明した「真の勝敗」を解説するとともに、トランプ米大統領が拘束後の移行パートナーとして、選挙で勝利した民主派リーダーではなくマドゥロ派の重鎮デルシー・ロドリゲス氏を選んだ背景には、民主主義の理念よりも石油利権と治安維持を最優先する冷徹な「実利主義」があると指摘した。
坂口氏はまず、マドゥロ政権下の13年間でベネズエラ経済が壊滅的な打撃を受けたことを強調した。国内総生産(GDP)はわずか7年で5分の1にまで縮小し、ハイパーインフレは政府発表でさえ13万%、IMF推計では100万%を超え、食糧や医薬品の欠乏により多くの国民が命を落とす人道的危機に陥ったと説明した。また、情報機関の施設「エリコイデ」が拷問の場となり、反体制派への弾圧が常態化する中で、国民の4分の1にあたる約800万人が国外へ脱出した事実を挙げ、マドゥロ政権の正当性が完全に失われていた背景を詳述した。
講演の白眉となったのは、2024年7月28日に行われた大統領選挙に関する分析である。マドゥロ政権が支配する選挙管理委員会がマドゥロの勝利を発表した一方、反体制派リーダーのマリア・コリーナ・マチャド氏らは6万人の市民ボランティアを動員し、投票機から出力される集計レシート(Actas)の回収作戦を展開した。坂口氏は、反体制派がレシート上のQRコードを読み取り、全投票の85%に及ぶデータをデジタル化して瞬時にウェブ上で公開した手法を紹介。そのデータにより、反体制派候補のエドムンド・ゴンザレス氏が67%、マドゥロ氏が30%という圧倒的な差で勝利していたことが科学的に証明され、マドゥロ側の主張が虚偽であることが国際的に明らかになったと語った。
しかし、2026年1月3日に米軍がマドゥロ氏を拘束した後、トランプ大統領が見せた動きは、民主主義の回復を期待した人々の予想を裏切るものであった。坂口氏は、トランプ氏の言説が拘束前の「麻薬テロ対策」から、拘束後には「モンロードクトリン(西半球への不干渉)」や「石油」の重視へと急旋回したと指摘。さらに、米国が暫定政権のパートナーとして、選挙で正当な勝利を収めたマチャド氏やゴンザレス氏ではなく、マドゥロ政権の副大統領であり欧米の制裁対象でもあったデルシー・ロドリゲス氏を指名した点に注目した。
(関連記事:
【衆院選2026】高市首相が仕掛けた「二者択一」の究極の戦略 台湾学者が読み解く「自民単独過半数」のシナリオ
|
関連記事をもっと読む
)
なぜ米国は旧体制の幹部を選んだのか。坂口氏はその理由を、トランプ政権の徹底した「実利主義」にあると分析する。マドゥロ氏がいなくなっても、軍部や警察、そして「コレクティーボ」と呼ばれる武装市民組織は旧体制側が掌握している。民主派のマチャド氏には民意の支持はあるが、これらの武装勢力を抑え込む武力はない。対して、デルシー・ロドリゲス氏とその兄ホルヘ・ロドリゲス氏は長年政権中枢におり、軍や武装組織と交渉し、秩序を維持する能力を持つ。トランプ政権は、ベネズエラの混乱を最小限に抑え、石油生産を迅速に回復・管理させるための「使える駒」として、民主的・道義的な正当性を無視してでも彼女を選んだのである。
この米国の判断とベネズエラ国民の感情には、深刻な乖離が生じている。坂口氏が紹介した現地世論調査によれば、トランプ氏によるマドゥロ排除に92%が感謝している一方で、デルシー・ロドリゲス氏が移行期を主導することには93.5%が反対している。旧体制幹部への信頼度は極めて低く、デルシー氏を信頼すると答えたのはわずか0.5%に過ぎない。この状況下で、完全に蚊帳の外に置かれる危機感を抱いたマチャド氏は、自身が受賞したノーベル平和賞のメダルをトランプ大統領に贈呈するという異例の行動に出た。これは批判を浴びるリスクを承知の上で、トランプ氏の関心をつなぎ止め、民主化プロセスを終わらせないための苦渋の戦略的決断であったと坂口氏は解説した。
今後の展望について坂口氏は、「ボールはトランプ大統領にある」と結んだ。デルシー・ロドリゲス氏は米国の意向に従う姿勢を見せつつ、旧体制の延命を図ろうとしている。トランプ政権が石油ビジネスと当面の安定を優先し、ロドリゲス体制による「管理された権威主義」を容認し続けるのか、それともマチャド氏ら民主派の訴えを聞き入れ、真の民主化へと舵を切るのか。ベネズエラの運命は、米国の出方と、それに対するベネズエラ国民および国際社会の反応にかかっている。
更多新聞請搜尋🔍風傳媒日文版
最新ニュース
呉典蓉コラム:「自由はタダではない」がスローガンになるとき、真に代償を払うのは民主主義だ格言がプロパガンダと化した時、そこには危険が潜んでいる。米国在台協会(AIT)台北事務所長のレイモンド・グリーン氏は先般、演説の中で「自由はタダではない」という名言を引用した。人々が自由のためにあらゆる代償を払うという崇高な精神を指しているのであれば、それは確かに尊いものである。しかし、もしこれが1兆2500億台湾元に上る国防特別予算という「白紙小切手」を通......
3兆円の巨額投資、日本が水素エネルギーに「国運」を賭ける理由2021年の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)以降、世界各国が「2050年カーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)」へと舵を切る中、日本は数年にわたる技術実証と方針策定を経て、2025年、ついにエネルギー戦略の重要な転換点を迎えた。経済産業省が発表した最新の『エネルギー白書2025』において、欧米によるグリーンエネルギー分野での攻勢や、EV......
【評論】米中対立下で中国貿易が過去最高を記録 米国の「封じ込め政策」は失敗か中国が発表した2025年の貿易統計は、驚異的な数字を叩き出した。この「輝かしい成績表」が物語るメッセージは一つである。すなわち、米国による中国封じ込め、および抑圧政策は全面的に失敗したということだ。中国海関総署(税関総署)の統計によると、2025年の中国の対外貿易総額は45兆4700億元(前年比3.8%増)。そのうち輸出は26兆9900億元(6.1%増)、輸......
ベッセント長官「介入否定」で円急落 専門家が警告する「高市リスク」と2026年のインフレ衝撃ドル円相場の急激な変動を受け、市場では日本政府だけでなく米国政府も協調介入を行っているのではないかとの観測が浮上していた。しかし、米国のスコット・ベッセント財務長官はこれを明確に否定。「円相場を支えるための市場介入は絶対にしていない」と発言したことで、ドル円相場は再び円安方向へと振れた。台湾の金融業界関係者は「現時点では、米国が台湾やその他のアジア諸国に対し......
【掲仲コラム】張又侠氏「粛清」の深層と衝撃 習近平氏が恐れた「2つのレッドライン」とは2026年1月24日午後、中国国防部が突如として発表したニュースは、各界に激震を走らせた。中国共産党中央軍事委員会の張又侠副主席(上将)および、同委員・軍委連合参謀部参謀長の劉振立(上将)に対し、「重大な規律違反・法律違反」の疑いで立件・審査調査を行うというのだ。張又侠氏と、それに先立ち失脚した苗華氏への厳罰は、単なる汚職問題ではなく、独裁者の「越えてはなら......
政府、尖閣漁船に「水面下」で自粛要請 高市首相「台湾有事」発言でトランプ氏介入も沖縄県・石垣島の漁師、仲間均氏(76)は長年、尖閣諸島(台湾名:釣魚台)周辺海域での漁を続け、実効支配の守護者として活動してきた。中国海警局の船に取り囲まれながらも操業を続ける彼の行動は、これまで日本政府によって黙認されてきた。しかし、2025年末からその風向きが変わり始めた。政府当局が中国を刺激し、日中間の緊張をさらに激化させることを避けるため、当該海域へ......
「韓国国会はなぜ批准しないのか」トランプ氏、米韓協定を破棄、25%の報復関税を即時適用へトランプ米大統領は2026年1月26日、自身のSNS「トゥルース・ソーシャル(Truth Social)」への投稿で、韓国からの輸入自動車、木材、医薬品などの品目に対する関税率を、現行の15%から「直ちに」25%へ引き上げると発表した。トランプ氏は投稿の中で、韓国国会が「米国との約束を履行していない」と激しく非難している。この突然の発表に、ソウル側は虚を突か......
高市首相、与党過半数割れなら「即刻辞任」を明言 衆院選へ背水の陣1月27日公示、2月8日投開票の衆議院選挙を控え、日本記者クラブ主催の党首討論会が26日開催された。自民党総裁を務める高市早苗首相は、対中政策における「対話重視」の姿勢を改めて強調するとともに、衆院選で自民党と連立与党の獲得議席が過半数を割り込んだ場合、「即刻辞任する」と明言し、選挙結果に政治生命をかける覚悟を示した。7党首が激論、外交・経済で論戦討論会には......
台湾華語教育、世界100カ所体制へ 徐佳青・僑務委員長が仙台の学習センター開所式に出席台湾政府の僑務委員会(OCAC)の徐佳青委員長は1月23日、仙台市を訪問し、「MEET TAIWAN 台湾華語・文化教室」に併設された「台湾華語文学習センター(TCML)」の開所式に出席した。会場には地元の政界関係者や在日華僑の代表、文化教育関係者ら多数が詰めかけ、台湾が国際的な華語教育を深化させる重要な節目を見守った。徐氏は挨拶の中で、4年前に締結された「......
米主導の「対中包囲網」に風穴 EU・カナダが中国と相次ぎ和解、揺らぐEVデカップリングトランプ政権(第1期)による米中貿易戦争の勃発以来、米中両大国(G2)の対立は世界貿易の構造を決定づけてきた。ファーウェイ(華為技術)やZTE(中興通訊)、TikTokから、EV(電気自動車)、半導体、AIに至るまで、ワシントンはトランプ第1期からバイデン政権、そしてトランプ第2期へと続く中で、「中国製造2025」に対抗するための強固な包囲網を築き上げてきた......
【舞台裏】台湾軍「サイバー部隊」に戦力空白の危機?中国の指名手配が示す実力と、組織再編の真実「第四の軍種」と呼ばれる台湾軍の「資通電軍(情報通信電子軍)指揮部」。先日、中国・広州市公安局が同部隊の将兵20名を、中国へのサイバー攻撃に関与した「主犯格」として指名手配した一件は記憶に新しい。表向き、台湾軍は「事実無根」と否定したが、軍内部からは「(中国を怒らせるほど)何か正しいことをした証だ」と、その実力を自負する声も漏れ聞こえる。しかし、このサイバー......
中国、日本渡航制限の次は「台湾旅行解禁」か 憶測呼ぶ契約更新、台湾当局は「定例事務」と一蹴高市早苗首相による「台湾有事」発言を受け、中国外務省が昨年11月14日深夜に「日本への渡航自粛」を呼びかけたことは記憶に新しい。これを受け、中国の大手航空会社3社は即座に日本行きの航空券を無料で変更・払い戻し可能にする措置を取った。そんな中、中国文化観光省がこのほど「2026年版 台湾地区への旅行契約(モデル約款)」を公表し、外部からは「中台間の観光規制がつ......
【特別寄稿】映画『国宝』の狂気と高市早苗の覚悟 映画と政治が共振する「日台運命共同体」の行方新年を迎え、2025年の日本を振り返ると、ある奇妙な「共振」の中にいることに気づく。映画界では、吉田修一の小説を原作とする映画『国宝』が、3時間に及ぶ長尺ながら興行収入ランキングの首位を独走し、その残酷なまでに美しい舞台美学で日本人の集団的感性を揺さぶった。一方、政界では「日本の鉄の女」と称される高市早苗氏が首相に就任し、長らく続いた外交的曖昧さを雷のような......
日本の帰化条件が大幅厳格化へ 自民党が提言案、居住要件「10年」に延長 離島の国有化も明記自民党、外国人政策の厳格化を提言へ 帰化要件「居住10年」に延長、医療費滞納の入国拒否を「1万円以上」に引き下げ自民党の「外国人政策本部」は20日、外国人政策に関する「政策提言書」を正式に決定した。提言では、日本国籍を取得する「帰化」の居住条件を現行の5年から原則10年へと大幅に延長することや、所有者不明の離島を国有化することなどが盛り込まれた。この提言書は......
婚姻減が少子化の主因、現金給付より住宅支援や同棲普及が有効 八代尚宏氏らが経済学的分析で提言日本記者クラブで21日、「人口減少時代を生きる」シリーズの第6回会見が開かれ、昭和女子大学特命教授の八代尚宏氏と学習院大学教授の鈴木亘氏が「経済学から見た結婚行動の変化」と題して講演した。両氏は内閣府経済社会総合研究所のプロジェクトとして、25歳から49歳の独身・既婚男女計2万人を対象に行ったアンケート調査を基に、少子化の根本原因である「未婚化」の実態と有効......