張鈞凱コラム》戦争は本当に必要か?

2025-05-26 11:28
2027年の台海戦争議題の熱度は衰えを見せず、平和反戦の主張は台湾で「降伏主義」と非難されている。しかし、歴史的経験から見て、「戦争は本当に必要なのか?」(資料写真、AP通信)

メディア上では「2027台海の戦い」についての議論が増えるばかりであり、賴清徳総統の520就任周年のスピーチこそ両岸について触れなかったが、彼は日本メディアのインタビューで「中国脅威」論を述べ続けた。また、国防部長の顧立雄も就任周年のインタビューで強調し、国軍は2027年に「高い備戦能力」を達成するべきだと述べた。さらに軍武備戦に関する様々な分析が、名人や学者の間で次々に口にされている。

台湾社会は長期にわたってこのような情報爆撃にさらされており、時に感情が高揚し、時に落ち込むことがある。それは政治家がどのように動員し、米国、日本などの「同盟国」がどのように発言するかによる。恐慌と不安、そして傲慢の矛盾心理が入り混じり、冷静に考え直したり、息抜きする余地は全くない。

世界の若い姿を記録する台湾の科学者

台湾大学ジャーナリズム研究所は23日午後、「抵抗と希望を見る:民族浄化政策下のイスラエル・パレスチナ平和の叫び」というドキュメンタリーの上映と討論を開催し、香港の著名な戦場記者張翠容を招いた。会場に着くと、ある白髪のマスクをつけた女性が私を呼び止めた。彼女はマスクを下ろして「私は倪慧如です」と言った。

あの再会の瞬間を思い出すたびに、深く感動する。台湾大学化学科を卒業し、アメリカのイリノイ大学で博士号を取得した倪慧如先生は、引退後に夫の鄒寧遠博士とともにスペイン内戦に参加した中国人の歴史調査に取り組み、『橄欖冠の召喚』(新版タイトルは『世界が若かった時』)を書き上げた。私は『ファシズム」はいかに「反ファシズム」を記念するのか?』というコラムで、この本を紹介したことがある。

倪慧如先生と初めて会ったのは十年以上前のことだった。その時、彼女は私に「歴史を共有し、未来を共に創る」と題した署名を書いてくれた。十年以上経った今でも、倪先生が私を覚えていてくれたことに感激した。倪先生は「今回の台湾滞在はほんの一瞬で、4月末にはベトナム戦争終結50周年の活動に参加し、アメリカの砲撃が今も残る傷痕を見た」と語った。

彼女は強いが哀しげな目で私を見つめ、「戦争は本当に必要なのか?」と言った。倪慧如先生は『世界が若かった時』の増補のため、最近スペインを訪れたという。地元では「ファシズムが通過を許さない!」(No Pasaran!)の歴史を忘れず、「国際旅団」によってスペイン人民を支援するため訪れた世界各地の人々の記憶として18本の木が植えられている。その中には中国の義勇兵に捧げられたイチョウの木もある。 (関連記事: 吳典蓉コラム:大罷免はなぜ大民主ではないのか 関連記事をもっと読む

2014年4月23,筆者(右)初識《當世界年輕的時候》作者倪慧如(左),中為二二八與白色恐怖親歷者陳明忠。(作者提供)
2014年4月23日、筆者(右)初めて『世界が若かった時』の著者、倪慧如(左)に会った。真ん中は、228事件と白色恐怖の体験者である陳明忠。(作者提供)

虐殺を記念しつつ、ガザの惨状に無関心であること

その後、張翠容の共有が始まった。ドキュメンタリー上映前に、彼女はいくつかの写真とビデオを流した。それは2023年10月7日にハマスがイスラエルを襲撃し、イスラエルがガザとヨルダン川西岸のパレスチナ人に対して大規模な「報復」を行った直後、彼女がエジプトのカイロで目撃したものだった。中でも印象に残っているのは、ガザの友人の7か月の赤ちゃんが頭から血を流していたけれども、一言も泣き声をあげなかったという写真だ。張翠容は、その赤ちゃんが何が起こっているのか全くわかっていなかったという。子供を持つ親なら、この状況を見ると必ず心がえぐられる。まして、それ以上に残酷な場面が日夜ガザで繰り広げられている。